第53話

 一発勝負――そういうものにはとにかく弱いのが自分だ。

 プレッシャーは、今までの中でも感じたことが無いほどに大きい。今すぐに逃げ出してしまいたかった。でも、そんな自分をここに立たせるものは――足音だ。ミナタスを必ず落とすと信じて、真っすぐに走る彼。

 こんな自分を信用してくれるあの人がいるから。

 必ず、中てる。


「……!」


 ドッ、ドッ、ドッ、ドッ


 激しい鼓動。恐怖。怯懦。怖気。焦燥。


 ドッ、トッ、ドッ、トッ、トッ、トッ、トッ


 トクッ、トクッ、トクッ


「……」


 其れを。

 振り絞った勇気が、塗りつぶしていく。


「ッ!」


 運命の一射は放たれた。





「……!?」


 ミナタスは動揺していた。

 自らの主霊が、右肩が貫かれた。

 下から炸裂した青い閃光が、離脱しようとしていた自らの速度を上回って、追いかけてきて――あまつさえ、自らの弱点を射抜いた。

 眼下に見えたのは、一人の少女。

 尻の男だけに気を取られ、軽視し、無視していた――陸前家の一人娘。


「くっ……! はっ……!」


 半身を失ったも同然。半身が四散し、あの弓の中に引きずり込まれていく。その引力に引かれ、飛ぶことなど最早不可能。

 ミナタスの下がった高度を捉えたのは――


「よう。ようやく会えたな」


 陸前を見ていたミナタスの目の前に、尻の男が現れた。


「……! クレシェンド・フステッ……!」

「おせえっ!」


 ミナタスの両肩の主霊は、その両方を仕留められた。


「う……うわ!? ごおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!」


 兼代の天照之黒影。陸前のコキュウトス。

 二方向に引かれ、千に引き裂かれ、ミナタスの体が崩壊していく。


「こ……! こんな! こんな子供如きに……! 私の、無敵の能力がああああああああああああ!?」

「無敵ですか。なら一つ教えてあげます、ミナタス」


 陸前が、いつもの平坦な口調で言い放った。


「無敵は究極の敗北フラグの一つなんですよ」

「うあああああああああああああああああ!」


 ミナタスの消滅と共に、地形が戻っていく。何事もなかったかのように隆起していた部位は凹み、組み替えられた部位はワープで戻り、平凡な道路に戻っていく。

 二人目の魔念人撃破。

 その跡に残されたのは、二人の男女と一人の犠牲者。


「……やりましたね、かねし……」


 陸前は兼代を振り向いた。

 しかし、そこにもう彼の姿はなく。手近な雑居ビルに駆け込む男の後ろ姿が見えた。






「あのですね、兼代君。そろそろいい加減にしましょうよ。どこの世界に、共同作業で敵を倒した直後にトイレに行くアホがいるんですか。ペアの相手に申し訳ないと思わないんですか。それでも日本人ですかアンタ」

「うるさいなー! 限界まで戦ってたんだから当たり前だろ!」


 陸前と合流していきなりこの非難である。俺達の間の溝はまだまだ深いようだ。

 あの地形大変動にも関わらず周りの人はごく普通に道を歩いていて、警察すらも駆けつけてはいなかった。日本の無関心さとはここまで酷いものだったのかと少し心配になる。


「ま、何にせよ二人目撃破! それでいいじゃねえか! 今日は焼肉パーティーレベルの偉業だぜ!」

「焼肉ですか。そんな貧乏臭い贅沢よりももっと凄まじい贅沢をしましょうよ。ドレスコードあるお店行きましょう」

「何でいちいち階級の差を見せつける。……それより、お前、本当は凄かったんだな。あそこでミナタスの主霊に当てるなんて」


 俺が言ったら、こいつはいきなりドヤ髪かき上げを見せた。


「まああの程度は当然ですよ。ドヤア。子供の頃から訓練してましたし命中精度はドヤア」

「ドヤり過ぎ!」

「ですがその私のポテンシャルを引き上げたのは、私の力ではありませんよ。私はそもそも本番に弱いですから」


 そう言って、くるりと半回転する。


「私を助けてくれるのは、いつだって、兼代君ですよ」

「……あ、ああ、そうなのか」


 嬉しいような。何だろう、この感覚は。しかし、ひたすら照れるような、変な言葉だ。

 しかし、いつでも?

 何なんだろう。いつでもって。

 昔に何かあったのかな?





 昔に何か、あったのですよ。

 後ろで困惑している兼代に、陸前は心で呟いた。

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