アイオライト

柳 衣仁子

1

―どうしても君に言いたい事があるんだ。きっと言わなければ後悔することになるだろう…


*****



鈴屋巧は行こうか行かまいか、立ち尽くしていた。


しかし、国際線空港のど真ん中という立ち位置が悪かったのか、外国人集団の持ったカートにぶつかりそうになり、動かざるを得なくなった。


―よし、決めた!!


巧は腹を決めると駆け出して行った。



出発ロビーに着くと、目当ての人物を混み合う人の中から懸命に探す。


―ちくしょう!!いない…どこだ?!


「千綾~!!!」

探し人の名前を叫んでみるが、返事は聞こえてこない。


何度も呼び掛けてみるがそれらしき人物は現れず、時間ばかりがただ過ぎていく。


しばらくしてフライト情報の掲示板を見ると、ローマ行きの便が「出発済」と表示が変わっている事に巧は気付いた。


―間に合わなかった…


その場で、崩れ落ちるように膝をつく。


―千綾…


*****



巧が初めて小塔千綾と出会ったのは、3年前の大学1年生の春だった。


なんとなく入ったサークルの1学年先輩が千綾であった。


最初のうちは「小塔さん」と呼んでいたが、お互い世界遺産が趣味だという事が分かると、「千綾さん」へと呼び名が変わっていた。


そこから二人が付き合うまでに1ヶ月と時間はかからなかった。


ようやく「千綾」と呼べるようになったのは、付き合い始めて半年経った頃である。


それから2年弱の交際は順調であった。


二人の間に陰りが見え初めたのは、千綾が就職活動に意欲が湧かず、ローマに留学したいと言い出した3ヶ月前の事である。


*****



「なぁに、結局千綾とは会えずじまいだったの?」


空港まで車を飛ばしてくれた巧の姉・梓はハンドルを握りながら言った。

同い年という事もあって千綾とは仲が良い。


「うん…」

頬杖を付き、景色を見ているフリをして巧は答える。


「どうせアンタの事だから、途中で怯んで、行こうかどうか迷ったんでしょ。」

巧の事なら何でも分かる恐ろしい姉である。


「うるせぇな…」

思わず減らず口を叩く巧。

それを梓は横目で見て、

「アンタねぇ。突然の頼みにも関わらず、ここまで車出してやったんだから、お礼ぐらい言いなさいよね。」

と、睨んだ。


「………ありがと。」

それもそうだと思い直し、巧は素直に口にした。


「分かれば良いのよ。」

梓もそれ以上説教するのは止め、

「ところで千綾、今度いつ日本に戻ってくるのか知ってるの?」

と聞いた。


「いや、知らない…」

巧は途方に暮れていた。

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