第8話 ガイコツ令嬢さんの探し物

「……まったく凶暴でなくて、わたしたちにも危害を加えない、倒すのもベリーイージーなそんな子が迷い込んで来てくれませんかねー」


 わたしはみんなと共にダンジョンの入り口に集まり、そんなことを言ってみるのでした。


 ダンジョンのレベルはまだまだ低くて、わたしにできることは少ないです。

 その為、少しでも動物たちを捕まえて魔力を得ようと『迷子』スキルを発動させているのでした。

 ……いえ、発動しているかどうかは、正直なところわからないんですけども。

 それでも信じて祈り続けていると、洞窟の入り口から羽虫が飛び込んできました。


「あれ……?」


 羽虫はブーン、と洞窟の中を飛び回ったあと、そのまま外へと飛んでいきます。

 ……もしかして、今の羽虫さんが『迷子』スキルの成果でしょうか。

 

「……せめて中にお邪魔していってくれたらいいのに」


 わたしはそうつぶやきつつも、また念じ始めます。

 虫なんかじゃあなくて、もうちょっと大きめの生き物に入って来て欲しいんですけど……。


「……おとなしくて、そこそこデカくて、生命エネルギーに溢れる子が迷い込んで来てくれないかなー!」


 半ばヤケになりつつ欲望てんこもりにそう叫びます。

 ……静寂が洞窟の中に広がりました。


「うーん、やっぱりそこまで都合よくはいかないんでしょうか……」


「ラティならきっと行けるぞ! なにせミアが認めた女だ!」


 根拠なくミアちゃんはそう励ましてくれました。

 ――もうちょっと頑張ってみようかな。

 わたしがそう思うのと、迷宮が揺れ動いたのは同時でした。


 ドシン、ドシン。


「こ、この揺れは……」


 洞窟の入り口に影が差し込みます。


「グゥゥゥー……」


 洞窟の入り口を覗き込むようにその顔を見せてくれたのは、まるで犬とカバとドラゴンを足して割らなかったかのような大きな大きな魔獣でした。

 その魔獣は頭だけで入り口を塞ぎ、ギョロリと目玉をこちらに向けます。


「あ、あはは……! こんにちはー……」


 思わず乾いた笑いがこぼれました。


「ダークベヒモス。その巨大な体から『城喰い』とまで呼ばれる魔獣だね」


 ヨルくんがいつも通りの冷静な声をあげます。


「うーん! 『大人しい』判定なんですかねー! この方ー! ていうかこのダンジョンの周辺、魔境過ぎませんかー!?」


 ベヒモスさんは威嚇するように少し唸ったかと思うと、無理矢理ダンジョンの入り口へとその顔をねじ込ませました。


「ガァァー!」


「ぎゃー!」


 その咆哮にミアちゃんが声をあげて逃げ出し、わたしたちもそれに続いてダンジョンの奥へと走るのでした。



  §



「いや、迷い込んだってレベルじゃないですよねあれ。確実に捕食者の目でしたよ、捕食者」


 わたしは最奥の制御室に作った『繊維』ベッドに腰掛けつつ、そんな愚痴を言いました。


「……まあミアの魔法があればあんな奴、元より敵ではないがな……!」


 ふふん、とミアちゃんは少しその肩を震わせつつ胸を張ります。

 舌の根も乾かぬうちの虚勢はいっそすがすがしいですね。


「なかなか上手く使えませんねー、『迷子』スキルというやつは」


 やっぱりこのスキル、ぽんこつなんじゃないでしょうか。


「獲物を高望みし過ぎなのかもしれないッスね、ラティさん」


 うっ。

 グラニさんの言葉が胸に突き刺さります。

 そうそう都合よく世の中いきませんよねー。


「うーん……。となると、やっぱり猪さんのようにこちらも命を賭ける必要があるということでしょうか……」


 わたしは先日のグレートボアさんの巨体を思い浮かべます。

 さすがに何度もあんなことをしていれば、そのうち命を落としてしまいそうです。

 わたしは冒険者じゃありませんし。


「何かお手軽に倒せる方法があればいいんですけど」


 獲物が入ってきたら自動で捉えてくれる罠とかを作れたら楽なんですけどねー。

 残念ながらそんな技術も知識もありませんでした。

 わたしは狩人レンジャーでも盗賊シーフでもありませんので。


「やはりミアがこのダンジョンの支配者として、あらゆるものを一撃必殺する為に魔法を特訓するしかないということか……!」


「あ、練習しなきゃダメという自覚はあったんですねー」


 彼女の炎魔法、今のところ火種にしか使えません。

 しかしミアちゃんは困ったように首を傾げました。


「ただどう特訓をしたものかとは思っていてな……」


 魔法の特訓。

 ひたすら使い続けるぐらいしか思いつきませんが……。


「……誰かそんなことを教えてくれる人でもいてくれたらいいんですけどね」


 ――都合よく知識や経験豊富な人が迷い込んでくれないものでしょうか……。

 わたしがそんなことを考えていると、ヨルくんがそのスライムの体をぷるぷる震わせはじめました。


「ラティ、侵入者だよ」


「――えっ!? 唐突に!?」


 たしかに今、頭の中で一瞬だけ『迷い込んでくれないかなー』とは考えましたけど。

 しかし、いくら何でも早すぎる気がします。

 今回の侵入者の方は『迷子』スキルの効果でなくて、偶然なのでは……?


 ともあれ、また猪さんのような凶暴な相手が迷い込んで来たようなら放置していては危険です。


「……ミアちゃん! 調査をお願いします」


 わたしの言葉に彼女は両耳の左右に手を当てて、小さく口を開けました。

 彼女の『超音波』スキルです。

 それはどうやら、ダンジョンの中を見渡すことができる様子。


「……相手は……人か? ゆっくりとこちらへ迫っているぞ」


 人。

 意思疎通が出来るのであれば、友好的にお話を進められるかもしれません。

 でももしそうでなかった場合は――。


「グラニさん、『迷彩』で待機しておいてください」


「了解ッス……!」


 そう言うと彼女は岩壁に一体化するようにその姿を周囲に溶け込ませます。

 こうしておくことで万が一の自体に対処できる……かもしれません。

 わたしはそうしてドキドキしつつも、未知の相手を待ち受けます。


「あっ」


 ミアちゃんが声を上げました。


「罠にかかった」


 ……罠?

 何か仕掛けてありましたっけ?


「――誰かー! お助けをー!」


 遠く聞こえてきたのは、そんな女性の声でした。



  §



「ひぇっ」


 七色の宝石のような水晶の下で、岩陰に隠された落とし穴のヘリに手をかける者がそこにいました。


「だ、誰かそこにいるんですの!?」


 そこに見えるのは骨です。

 ホネホネ。

 おそるおそる穴の中を覗き込むと、そこには服を着た白骨死体がカタカタ震えつつ落ちないように踏ん張っていました。


「ア、アンデッド……!?」


 わたしの声に、女性らしき声のガイコツさんは声をあげました。


「そこのお方! どうかお助けくださいませー!」


 わ、罠にハマっているのはわかりますが、もしやこれ自体が罠なのでは……?

 疑り深いわたしはそんなことを思ってしまいますが、どうもその様子は真に迫っているようなので、あまり深く考えずにその腕を握ります。


「あ、軽い」


「骨だけでございますから」


 彼女はそう言ってよじ登ると、その場に座り込みました。

 こんな場所に似つかわしくないドレスと腰に細剣レイピア、頭にかぶった羽飾りの着いた帽子からは縦ロールのような金髪がはみ出ています。

 つけ毛ウィッグみたいなものでしょうか。


「これはこれは可愛らしいお嬢さんですわ! わたくし、アリーアンス・ウィシュ・スペアリーブと申します。アリーとお呼びください」


 彼女はドレスの裾を持ってそう挨拶しました。

 あ、いいとこのお嬢さんですね? この人。

 いや、人じゃないんですけども。


「見ての通り、スケルトンをやっておりますわ。以後お見知りおきを」


「あ、やっぱりスケルトンさんなんですね……。わたしはラティメリアと申します、どうもどうも」


 やたら丁寧な自己紹介をされたので、つい正直に名乗ってしまいました。

 それにしてもアリーさん、その恐ろしい外見と違って思ったより会話が通じそうです。


「この度は危ないところをお助けいただき、大変感謝いたしますわ」


「あ、あはは」


 そもそもこのダンジョンの管理者はわたしなので、彼女が引っかかったのはわたしのせいとも言えるんですけども。

 笑って誤魔化しておきましょう。


「ええと、それにしてもどうしてこんなダンジョンの奥底に?」


 わたしは自然に話題をそらします。

 そんなわたしの言葉に、彼女はうつむきながらため息をつくのでした。


「……私は『賢者の石』を追い求めているのですわ」


「『賢者の石』?」


 わたしが首を傾げると、彼女は頷きます。


「はい。大容量の魔力を保管・増幅・変質できるマジックアイテムで、宝石とも液体とも言われる存在ですわ」


 なるほど。

 だから彼女は七色に光る水晶を追い求めて罠に引っかかったんですね。


「私は生前、自身の傲慢によって、とある御方の血族に大きな呪いをかけてしまったのですわ。しかしその過ちを、私は死の間際まで後悔しておりました……。私は生涯をかけて償いをしましたが、それでもその呪いはその御方の子孫に残り伝わってしまったのです」


 アリーさんの生前は、悪い魔術師か何かだったのでしょうか。


「死んでも死にきれなかった私は、妄執によりアンデッドこのような姿に身を堕としてまで魂に誓ったのです……! 私のせいで大きな不運を背負うことになったの血族を、必ずやその呪いから解き放ってみせると!」


「おー」


 彼女の演説にパチパチと手を叩きます。

 どうやら彼女は壮絶な人生を送られていたようです。

 といっても、わたしには『賢者の石』に心当たりは無いんですけれども。


「ヨルくん、何か知ってます?」


「ナンニモシラナイヨ」


 ぽよぽよと跳ねながら、ヨルくんが近付いて来ます。

 それを見て、アリーさんは顎を大きく開きました。


「――そ、その魔力量……! まさか『賢者の石』!?」


 アリーさんはその顎をカタカタと震わせて、ヨルくんを指差します。


「……あれ、ヨルくんってスライムじゃなかったんですか……?」


「スライムだなんてボクは一言も言ってないよ、ラティ」


 だそうです。

 ということは、ヨルくんが『賢者の石』?


「お、お願いします! ラティメリアさん! 私にそれを譲ってくださいまし!」


 ざざっと地面にその体を横たわらせ、アリーさんはわたしにすがりついてきます。

 ひええ。

 さすがにガイコツに抱きつかれるのはちょっと不気味です。


「で、でもヨルくんを渡してしまったら……」


 ……あれ? どうなるんでしたっけ?


「ボクを洞窟から出すと、ダンジョンやボクの体ごとラティの体が崩壊するよ」


「――だそうなのでダメです」


 わたしの言葉にアリーさんは地面に項垂うなだれました。


「く……! しかし何十年もかけてようやく見つけた『賢者の石』――!」


 彼女はその腰元の細剣レイピアに手をかけます。

 『迷彩』で潜んでいるグラニさんに緊張が走り、ヨルくんはわたしを盾にして後ろへ回り込みました。

 ヨルくん、あなたって人は。


「かくなる上は!」


 カシャン、と細剣レイピアを鞘ごと地面に置き、彼女はその骨の身体を地面に擦りつけました。


「私をここに置いて欲しいのですわー!」


 どげざっ!

 たしか東方に伝わると噂の、伝説の誠意の見せ方です。


「どうか『賢者の石』を研究させて欲しいのですわ……! 何卒……!」


 彼女は地面に頭の骨を擦りつけます。

 う、これは断り辛い……!

 そんな彼女の様子を見て危険が去ったと感じたのか、ヨルくんが前に出ます。


「ダンジョンが最大まで成長すると、新たなダンジョンの『種』が作れるようになるよ。それはボクの素体だから、このダンジョンから出しても形状を維持できるんだ」


「ほ、本当ですか!? 是非それを作る為に協力させて欲しいのですわ!」


 アリーさんが希望をたたえた表情でこちらを見ます。

 いえ、ガイコツなので表情も何もよくわからないんですけど。

 わたしは少し考えたのち、ゆっくりと頷きました。


「……わかりました。いいですよ」


 べつに悪い人じゃなさそうですしね。

 彼女は喜びの声をあげわたしの手を取ります。


「あ、ありがとうございますわー!」


 彼女の様子にわたしは苦笑します。


「……ヨルくんをさらっていったりはしないでくださいね?」


「はいもちろんですとも! 私にそれをする理由はありませんわ!」


 彼女はカタカタと顎を震わせつつ、笑みを浮かべます。


「どうせ待ってるだけでもラティメリアさんの寿命が尽きれば勝手に持っていけますしね!」


「あ、あはは。そうですねー……」


 わたしが死んだ後のことまでは責任を持てません。


「灰になるから。灰になるから」


 ぷよぷよと震えながら抗議するヨルくんに、アリーさんは笑顔で答えます。

 

「それまでに持ち出せる方法をじっくりと研究しておきますわー!」


 ……正直なお方です。

 そうしてまたダンジョンに、新たな同居人が増えたのでした。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る