第197話 ラスティン31歳(準備完了)
逆にアルマント・フォン・リューネブルクという人物を少し知っている程度の人間ならば、まあ、記憶喪失で多少変わった感じがすると言った所で落ち着くだろう。完全にまっさらになってしまったとすれば、それはそれで普通の平民メイジになる様に教育するだけだ。魔法の才能は保証付きな訳だし、良い錬金メイジになってくれるかも知れない。
「貴方が何をしたいかは凡そ分かりました、それで彼は何者なのです?」
「それを知ってどうするんだ、マチルダ・サウスゴータ?」
「えっ? それは、それを知っていた方が、説得しやすいと言うか・・・」
「貴女が、賢い女性だと言う事は分かるが、本当に知りたいか? アルマント・フォン・リューネブルクは名前の通りゲルマニア人の元貴族のメイジで、最近までとある施設で強制労働させられていたんだ。その体験が彼の心を蝕んでいるから、ティファニア姫に記憶を消して欲しいのだよ」
「それは、もしかして?」
「噂ぐらいは聞いているだろう、アルビオンだって出兵した戦争なんだからな」
「・・・、いいえ、今の話だけで結構です。ティファなら全力でやってくれると思います」
うむ、賢明だな、人間知らない方が良い事も多いのだ。あの話を私がジェリーノさんから聞かなかったら、私は今の立場に居ないだろう。
「宜しい、何かを守りたいと思うなら、余計な”しがらみ”は持たない方が良い。いや、今の話は忘れてくれ」
「はい、陛下。そろそろ、魔法を解いて頂けますか? ティファが寂しそうにしていますから」
「ああ、分かった。さっきから扉の隙間から覗き込んでいるからな」
私達は、ティファニア姫を忘れてしまうのを防ぐ為に、ティファニア姫が私達の存在を認識できる場所で密談をしていたのだ。まあ、ティファニア姫を寝室に押し込む形になったが、この居間での会話は聞こえていないだろう。風系統は不得意だがこの程度なら何とかなる。
「なあ、なんで人の記憶を消す事が、魔法の制御の話に繋がるんだ?」
「ルイズが、昔、まともに魔法を使えなかったのは聞いたか、明人君?」
「ああ、スティン兄様?」
「君に兄様・・・、いや、そう呼ばれる可能性もあるのか?」
「そんな呼び方するはず無いだろう!」
「そうか、別の呼び方をする事は決定なのかな?」
「・・・」
「まあ、それは追々だが、魔法というのはな、結構使う者の精神状態に依存するのさ。ティファニア姫の場合は精神に干渉するという話だけだから、水系統だろうが、大失敗が”トラウマ”になっているんだろう。あの娘は、魔法は?」
「いいえ、全く使えません。その・・・」
「そうか、先住魔法というか、精霊魔法も駄目なのか」
「はい、そもそも”精霊”が見えないそうで・・・。シャジャル様も色々されたようなのですが」
そうか、ティファニア姫の”忘却”の暴走は、彼女がハーフエルフだと言う事にも関係するのだろうか? 始祖の血と、エルフの血が相反しているのかも知れない。
「まあ、メイジが使う魔法に限って言えば、魔法に対するネガティブなイメージを一度持ってしまうと、上手く発動しないんだ」
「へぇ?、意外と不便だな」
「そうよね、あの力を良い方向に使えると知れば、何か変化があるかも知れないの!」
マチルダ嬢が、自分に言い聞かせる様に呟いた。まあ、”虚無の担い手”という特殊な事情がそれに拍車をかけたという事情もあるが、それ自体は公言するような話ではないか? しかし、いい加減にしないとティファニア姫の限界が来るな、今はもう覗き見を通り越して、首をニョキッと出してこちらを覗っている。(レディーとしては失格だが、微笑ましい。年齢的に高等学校に案内しようと思ったが、普通に公立学校に連れて行った方が良いかもしれないな)
===
「ごめんなさい、アルマント、今から貴方の記憶を消します。次に目が覚めた時には、辛い記憶を全て忘れている事を、そしてまた再び幸せな日々を迎える事が出来る様に”始祖ブリミル”に祈ります」
そんな、祈り(私から見れば送りだな)の言葉を唱えながら、ティファニア姫が”彼”に祈りを捧げた。別に特別な身振りも無かったが、暫く祈っていただけで、”忘却”が使われたらしい。正直言えば、この世界に、”彼”が何をもたらしたかったのかを知りたいとも思ったんだが、明人青年によれば、私の事を”彼”は良く思っていなかったらしいから、無駄と言うより危険な事は避ける事にした。
「終わったのかい?」
「はい、多分・・・」
多分か、そうだろうな、ルイズの様に効果が目に見える訳じゃないしな。まあ、結果は直ぐに分かるんだが、それより、ティファニア姫がしきりにテティスの方を見ているのが気になる。こっそりキュベレーを呼んでみたが当然の様に気付かなかったのだが、テティスは見えているんじゃないか?(集中を乱すと思い、指摘はしなかったのだが。相性の問題かも知れないが、さすが精霊離れした精霊さんだな)
その精霊離れした精霊は、小さな顔を見た事が無い程、不機嫌そうにしているが人間には過ぎた力を振るう事に反対でもしているんだろうか?何時だけか、テティスは人の精神に干渉するのが好きではないという話も聞いたが、この辺りも精霊離れしている気がする。
『テティス、彼の眠りを解いてくれるか?』
『はい・・・』
『気に入らない様だね、でも、これにはエルネストも絡んでいるんだよ?』
『マスターが? そうですか・・・』
テティスが少しだけ考え込んだ気がしたが、そのまま”彼”の長い眠りが終わる事になった。テティス自身は今回の企みについて知らされていなかった様だが、少し機嫌を見てからティファニア姫の対面してもらうか? おっと、早速、目を覚ましそうだ。
『テティス、もし暴れる様な事があれば、もう一度眠らせてくれるか?』
『えっ、ええ・・・』
「2人は隣の部屋に移ってくれ、明人君は見えない位置で2人を守ってくれ」
「はい、行きましょう、ティファ?」
「任せてくれ」
忘却の効果を心配そうに気にしているティファニア姫をマチルダ嬢と明人青年の2人で部屋から連れ出したとほぼ同時に、”彼”がゆっくりと目を開けた。さて、ここからは人の命が懸かった芝居の時間だぞ!
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