第146話 ラスティン29歳(タバサ)



 予定通り、ルイズ、キュルケ、そして妹のジョゼットが同じ歳にトリステイン魔法学院に入学する事になった。時々ノーラの所にやってくるルイズは何処か凛々しさを感じさせる所があるし、キュルケは例の事件以来非常に人見知りする様になってしまった。そして、ジョゼットに至ってはどうしてこんな事になったのだろう?


「スティン兄、こうして会うのは久しぶりだよね?」


「そうだな、時々交信していたから、おかしい事も無いだろ?」


「一応、僕も魔法学院に入学する事になったから、挨拶しに来たんだ」


 さっきから口調がおかしな事に気付いていたが、それに加えて”僕”?


「ジョゼット、その制服は?」


「えっ? 似合わないかな?」


「いや、そんな事は無いけど・・・」


 ジョゼットが身に着けているのは、文字通り、以前、私も身に着けていた魔法学院の制服だった。念の為に言っておくが、私は男だしジョゼットは華奢な女の子だ。私が女生徒の制服を着ていたのではなく、ジョゼットが男子生徒用のシャツにスラックスとマントを見に着けているのだ。(どう言う事だ? 私の知らない間にジョゼットが男装に目覚めたのか?)


「やっぱり男の子の制服じゃ変かな?」


「いいや、似合っているし、うん、可愛い弟に見えるよ?」


 何故か同級生の女生徒に可愛がられて、男子生徒から嫉妬される情景が浮かぶが?


「もう、僕が女の子だって知ってるくせに、スティン兄の意地悪!」


 どう反応すれば良いのだろうか? どう転んでも文句を言われる気がするぞ、どうでも良いけどな。


「ごめん、ごめん、でもどうして男の格好をしているんだい?」


「うーん、こっちの方が慣れてるからかな? 修行の時は何時もこの格好だしね」


 ああ、ドレスで剣などの武器の訓練は危ないだろうからな。それだけ本気で、師匠役のレイモンドさん達はジョゼットを鍛えてくれたのだろうな。うーむ、何か間違っている気がするよな?


「自分の事を”僕”って呼ぶのも、修行の成果なのかい?」


「あ、ついつい、こう呼んじゃうんだ。父様とか母様の前なら大丈夫なんだけど、スティン兄の前だと気が抜けちゃうのかな?」


 突込み所満載な気もするが、まあ、良いだろう。公式な場できちんと振舞う事が出来れば目を瞑ろう。(国王の前が公式じゃないのか?なんて野暮な事は言わないぞ)


「”僕”がね”僕”と呼ぶようになったのは、セレナ師匠が最後にそう勧めてくれたからなんだ」


 セレナか、何故か彼女の悪意を感じるが、今はどうしているんだろうな? 無事なのは分かっているんだがね、ただ、興味がわかないんだ。


「ノリスは嫌がらなかったのかな?」


「ノリス兄? うーんと、最初の頃は嫌がってたかな? でも最近は何も言わないよ。テッサもライルも屋敷の人達も、師匠達も”僕”の方が”私”より似合うって言ってるし!」


 何だか知らないが、周りが寄って集って妹を”ボクっ娘”にしてしまったらしい。ノリスが反対しなくなった理由が少しだけ想像出来てしまったが、何をやっているのだろうか?


「そうだ、スティン兄には良い事を教えてあげるね」


「良い事ね??」


 そんな嬉しそうな表情で言っても、嫌な予感しかしないのだが?


「うん、僕ね魔法学院には偽名で通う事にしたんだ」


 偽名ね、何だか予感が確信に変わって来たぞ。


「それで、偽名と言うのは?」


「うん、僕はマーニュ男爵家の次女を名乗るんだよ」


 はぁ、これはセレナが妙な話を吹き込んだせいなのだろうな? 自業自得とは言え、昔の自分に文句を言いたくなるな。


「テッサも、ガイヤール子爵家の長女として入学するんだから、丁度良いよね?」


「そうだな、マーニュ男爵家もガイヤール子爵家も勝ち組だからな」


「かちぐみ?」


「”勝ち馬に乗る”という意味かな?」


「ふーん」


「それで、名前の方は?」


「うん、”タバサ・ド・マーニュ”だよ、良い名前でしょ?」


「ほう、そう来た・・・!?」


 思わず自分の反応に驚いてしまった、気の緩みの為か、まともに表情に出てしまった様だ。


「どうしたのスティン兄? 顔色悪いよ?」


「いいや、国王ともなると色々考えることがあるんだよ」


「でも、そうだ! 義姉さんと、キアラさんに話してきてあげるよ。王様も偶には休まないとね」


 部屋から駆け出して行きそうなジョゼットに向けて、1つだけ問いかける事が出来た。


「”タバサ”という偽名は誰かから教わったのかい?」


「ううん、何となく思いついただけだよ。それより! 義姉さんの言う事を聞いてゆっくり休むんだよ?」


「慌しい事だな・・・、しかし、”タバサ”か・・・」


 そんな言葉が無意識に口から出たが、私の思考は全く別の事を考え始めていた。


・何故、ジョゼットがタバサを名乗ったのか?

・そして、何故、私はジョゼットがタバサを名乗った事を当然と捉えたか?


 切欠としては些細な2点だが、非常に重要な事実を含んでいると私の直感が告げている。そう、私の人生の意味自体をひっくり返しかねない程のな。私は、まだ子供だった頃から、歴史(物語)で起こる様な悲劇を避ける為に行動をしてきた筈だった。その流れはトリステイン・ガリアを中心に確かに息づいているのは間違い無いのだが、本当に効果があったのだろうか?


 我ながら自分が何を考えているのか分からなくなってくるが、その恐ろしい、本当に恐ろしい考えを止める事が出来なかった。


・私はまだ少年の頃、ガリアの王位継承権争いに干渉した

・その旅の途中で、ゲルマニア宰相から狙われた

・ガリアは歴史(物語)から外れ、波乱はあるものの平和路線を辿りつつある

・時を同じくして、ゲルマニア宰相が、”狂気”とも取れる行動を取り始めた


 これは偶然なのだろうか? ジョゼフ王の持つ筈だった”狂気”をマテウス・フォン・クルークが引き受けたとしたら・・・? ふと少年の頃心配していた、物語(歴史)の矯正力という考えがふと頭に浮かんだが、ジェリーノさんはやってのけた筈だ。

 いや、ジェリーノさんはこうも言っていた筈だ、


「”私”以外の人間が私の思うとおりに動いていると感じてしまってね」


と。”思うとおり”と言うのが、意識してなら兎も角、無意識に考えた事までだったらどうだろうか?


「貴方、お加減が悪いそうですが?」


「ノーラか、いや、少し考え事をしている所なんだ」


「私でよければ、相談相手くらいにはなりますよ?」


 私のささやかな拒絶をノーラは無視する形でそんな事を言い出した。ノーラの様子は普通なのだが、多分私の方が普通では無いのだろうな。何時もならば、邪魔をしない様に部屋を出て行ってくれるのにな。丁度良いノーラにあの事を聞いてみようか、今更あの話をするのは気が進まないがな。


「ノーラ、もしかしたら君は怒るかも知れないけど、もしも私がわざと君との婚約を破棄したと言ったらどう思う?」


「? 何をおっしゃりたいのか分かりませんけど、私は今の自分に満足ですよ? そんな事を悩んでらっしゃったんですか? ああっ!」


「どうした?」


「あの、義母様から聞いちゃいましたよ? あの時、義母様がスティン兄様をそそのかして、私を自分好みの女に改造したって」


「ノーラさん? ちょっと過激な事を言っているね?」(”好みの女”って、夫婦間なんだけどな、でも語弊があるぞ? 私は当時13歳かそこらだったはずだったんだ、ノーラに至っては・・・)


「もし、兄様と婚約破棄されたままだったら、私はどんな女になっていたんでしょうね?」


「そうだな・・・」


 私が、私の知っている”エレオノール・アルベルティーヌ・ル・ブラン・ド・ラ・ブロワ・ド・ラ・ヴァリエール”の姿を語って聞かせると、ノーラは興味深げに聞き入っていた。私がノーラと一度婚約破棄した事だって、もしかしたら・・・。


「そうですか、兄様に出会わなかったら私はそんな悲しい人生を歩む事になったんですね」


「ノーラ、今のは私の想像・・・」


 そう言って誤魔化そうとしたが、ノーラの瞳がそれを許していなかった。


「ごめん、ノーラ、改めて聞いてくれるかな? 僕、いや僕たちが転生者だって話は知っているよね?」


「はい、勿論です」


「その前世には、”ゼロの使い魔”という小説が出版されていてね。それ小説のヒロインは誰だと思う?」


「・・・」


「ルイズなんだ」




「そうですか・・・、それで納得が行きました。ミネットもリッテンもバベットも何故か私に、何回婚約破棄されたか聞いてくるのでおかしいと思っていたんです!」


「ノーラにとっての問題点は・・・、そうだね、ありがとう」


 自分の人格が他人に故意に歪められたとしたら、普通は絶対に許せないと思うのだが、ノーラはそれ自体を受け入れた上で”今の自分に満足”と言ってくれたんだろう。本当に出来た奥さんだな。少しだけだが心が軽くなった気がする。


「貴方は、自分の意志で世界が変わる事を恐れ、変えた積りの世界が変わっていなかった事を恐れていますよね?」


「そうだね、自分でも矛盾しているのは分かるよ」


「私自身は、ごく普通の人間だと思います。貴方に助言出来るほど賢くは無いです、悔しいですけど・・・」


 ノーラが賢くないとは誰も言わないと思うがね、ただ、現実的な技術者としての考え方をするのは確かだ。


「いいや、ノーラの言葉が私を支えてくれるよ!」


 ノーラは、何故か、少しだけ辛そうにしていたが、思い切った様に思いもしなかった提案をしてきた。


「あの人、そう、あの人に相談してみたらどうでしょうか?」


「ノーラ?」


 ノーラが”あの人”と言うのは、1人しか居ないが、ノーラがこんな提案をする、いや、させている私が悪いのだろうな。キアラか、彼女が私の言う事を信じてくれるだろうか?

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