国王編

第143話 ラスティン28歳(みんなで一緒に)



 私が国王に即位してしまってから、もう一年も過ぎてしまったが、例の無気力感は相変わらずだった。だが、王としての私は不思議な程、評判が良いと言うから皮肉な物だ。この1年私は極力自分から動かない(行動を起こさないと言うべきかな?)方針を取って来たにも関わらずだ。


 正直言ってしまえば、国王としての私の評判が良いのは、周囲の支えがあってこそだったんだと思う。私的にはノーラが私の心を支え続けてくれ、公的にはキアラが私の不調を気付かない風で毎日毎日毎日・・・、途切れる事の無い仕事を供給してくれていた。(すまん、愚痴が入ったな、本当にキアラは容赦が無いのだ。それが私に妙な思考をする時間を最小限にしているのは事実なのだが・・・)


 矛盾して聞こえるかも知れないが、副王時代と違って私は積極的に現場に顔を出す事になっている。物騒な話だが、朝議の席で問題があると報告された場所には出来るだけ顔を出す様にしている。護衛隊にはかなりの負担なのだろうが、刺客の目標を定めにくくするのには役に立つかも知れない。(偉そうに言っているが、これもある種の現実逃避なんだろうな)


 現場へ顔を出すのは本当に士気高揚の意味しかなかったが、長らく国民の前に姿を現すことが無かった”王”が国民の前に、それも目の前に出るのはそこそこ意味があったらしい。(全く皮肉な結果だな)


 友人達や、部下達の働きも忘れる訳にはいかないが、私自身が”副王”時代にやってきた事が、少しずつ実を結んで来たのも大きいだろうが、それも私の手柄と言うわけでは無いのだから、私は何の為に存在しているのか分からなくなって来る。愚痴ばかり言っていても仕方無いので、この一年を振り返ってみよう。


===


 私が即位してから暫く経った頃だったと思うが、私は妙な客人を迎える事になった。


「トリステインで修行すれば、魔法の腕が上がると聞いたんだけどさ?、私にも教えてくれないかい?」


 何て話を始めたのは、誰だと思う?


「その話は、誰から聞いたのかな?」


「あ、それは、クロディー様から・・・、じゃなくって、クロディーのオバサンからだよ」


 うん、咄嗟の反応では悪ぶれない様だな。しかも、育ちの良さ(義母の教育の成果と言うべきか?)からか、お茶を出しに来た給仕にきちんと”ありがとう”と言ってしまっているのに、気付かなかった辺りも微笑ましいのだが。はぁ、色々悩んでいる時に、こんな問題まで持ち込まれるとはな。


 ガリアの愚痴王からの”よろしく頼む”だけだったら、追い返した所だぞ? しかし、カグラさんに頼まれては嫌と言えないしな。少しだけ不安そうに私に”あの子の事よろしくおねがいします”と言われてしまえば、”任して下さい”としか返答できなかった。(妙な事を言えば、カグラさんの胎教に宜しくないからな)


 大体事情は分かっただろうか? まあ、ジョゼフ王とカグラさんの間に子供が出来た訳だが、それに不安を感じたのかイザベラ姫が”家出”を敢行したらしいのだ。義母に”家出します”と告げて護衛を100人引き連れて外国に来るのが家出といえるか分からないがな。妙に悪ぶっているのは、父親に対する当て付けなんだろうな。(魔法を学ぶというのが表向きの理由らしいが、前回会った時に妙な態度だったのはこの辺りに起因するのか?)


 しかし、最近はハルケギニアの各王家で家出が流行しているのだろうか? いかん、どうも思考が空回りしている気がする。


「イザベラ姫、それはトリステインでも極秘の情報だと、ご存知ですか?」


「えっ!」


 少しだけ、威圧感を与える(と思われる)表情で、脅してみたら面白いほど動揺してくれた。あ?、どうもやる気が出ないな?


「ニルス!」


「はい、陛下」


「すまないけど、ライルを呼んできてくれるか?」


「少々お待ち下さい」


 傍に控えていたニルスに、ライルを呼びに行かせた。


「あの、ライル様というのは?」


 すこし脅しただけなのに、言葉使いが丁寧になってしまった。底が浅いというか、素直というか。


「ああ、義母様から聞いていませんか? 私の息子ですよ」


「どうして息子さんを?」


「いえ、年齢が近い方が話が通じやすいと思っただけですよ。それに、魔法の腕を上げたいと言うなら、ライルに習うのも良いでしょう。まだ15ですが、既にトライアングルの腕前ですよ、スクエアになるのも近いんじゃないかな?」


「まあ!」


 直ぐに生贄のライル君が到着したのだが、ライルを一目見たイザベラ姫の様子が露骨だった。ライルは、本当に美少年から美青年への移行期と言う感じで王城の若い女性陣からも密かに大人気なのだ。身長も170サントを超えてまだまだ育ち盛りだし、立ち居振る舞いも隙が無い。その上、性格も良いという完璧超人に育ったから、イザベラ姫が見蕩れてしまうのも無理は無い。


「父様、お呼びでしょうか?」


「ああ、こちらがガリアのイザベラ姫だ」


「始めまして、イザベラ姫。ライル・ド・レーネンベルクと申します」


「あ、え、うん、宜しく頼むよ!」


 イザベラ姫は混乱した挙句、悪ぶった態度(ツンモードか?)に入ってしまった様だが、ライルは気にした様子も無い。


「ライル、すまないがイザベラ姫の相手を頼めるか? 出来れば、悩み事を聞いて差し上げてくれ」


 後半はライルにだけ聞こえる様に話した。ライルは少しだけ驚いた風だったが、直ぐに笑顔を浮かべて、


「イザベラ姫、それでは城内を案内しましょう」


とイザベラ姫に声をかけた。一方のイザベラ姫は、


「ふん、案内されてやるよ!」


などと言いながら、満更でもない様子でライルに付いて行ってしまった。ライルもそろそろ、こう言う事が出来ると思うぞ? うん、単に押し付けただけなんだよな、自分でも分かっているんだが。


===


 何故ライルが王城に居たのか説明が居るだろうな、まあ、”トリステイン魔法学院”に入学する為だ・・・、ちなみにロドルフも友人として、王城に泊まっている。


 これで終わると色々文句が出そうだな。先程の名乗りでも分かるとおり、ライルは未だにレーネンベルクを名乗っているので、魔法学院に入るのは問題無いのだ。実は魔法学院入学はとある事を成し遂げたライルへのお祝いの意味もあるのだが、微妙な立場のライルの立場を強化する為に送り込んだと言う意味もある。(良い伴侶でも見つかれば良いと思っていた程度だがね)


 お祝いと言うのは、ライルが決闘でノリスを見事打ち負かしたからなのだが、これはライルを褒めるべきなのか、ノリスを責めるべきなのか微妙だったな。ライルが言うにはジョゼットに少しだけ協力してもらったそうだ。(レーネンベルクの将来が不安になる逸話だったぞ?)


 実は、今年”トリステイン魔法学院”に入学する生徒の知り合いがもう1人いる。同じ転生者のロドルフだった、祖父が貴族だったとは言え、今では普通の平民メイジであるロドルフが何故”トリステイン魔法学院”に入学出来るかと言えば、それだけ生徒が集まらなかったからなのだろうな。

 さすがに見栄の塊の様な貴族でも、返す目処も立たない借金を抱えたままで目の飛び出るほど高い費用がかかる魔法学院に子弟を入学させる事が出来なかったのだ。(跡取り息子などは無理をして入学させたみたいだがな。キアラが送り込んだ領主代行もその辺りは見逃すことにしていたんだがな)


 そんな話が、コルベール先生から流れて来たので、援助の積りで魔法学園の卒業生を何人か送り込むと言う提案をしてみたのだが、数日もしないうちに”学院長”自らが王城までやって来た。正直そこまで金銭的に困っていたとは思って居なかったが、母校が危機となれば援助しない訳にも行かなかった。(例の王家のしきたりでは、基本的に魔法学園へは不干渉と言われたが、構わないだろう。抜かりなく、ユニスが部下を監査役として送り込んだが、これは放漫経営を戒める為だぞ?)


 ロドルフが魔法学院行きとなったのは、彼が優秀なメイジである事と、ロドルフの両親が彼の生活態度に不安を覚えたからだった。ロドルフの両親が私の両親に相談してきた事から分かったのだが、最近のロドルフはISの研究に熱中するばかりにワーンベルの研究室に引き篭もってしまっていたらしい。この世界で引き篭もるとはな・・・、まあ、転生者の行動としては珍しくなかったりするが、親としては心配なのだろう。(おかげで、虚無の曜日の度にロドルフはワーンベルと交信する為に王城を訪れる事になる訳だな)


「父様、良いでしょうか?」


「ああ、ライル、ロドルフ君もか。どうした?」


 考え事をしている間に、ライル達が執務室に通されていた様だ。


「あの、ちょっと言い難いんだけど」


 ライルらしくも無く、何か言い淀んでいる様だ。しきりにロドルフに視線を送っているのが分かる。まあ、いいか。


「ロドルフ君、どういう用件なのかな?」


 ロドルフは少し苦笑気味に、ライルのおねだりの内容を教えてくれた。


「ライルはイザベラ殿下と一緒に魔法学園に通いたいそうですよ、陛下」


「おまっ、それは言うなって!」


 ああ、ロドルフの苦笑は、ライルの態度とイザベラ姫の態度に対する物だった訳か。”陰険かつ酷薄な性格”とは正反対の性格の女の子が、”陰険かつ酷薄な性格”っぽく振舞って失敗しているのは確かに苦笑したくなるだろう。今の私や、父なら魔法学園への干渉は容易だが、問題が無い訳では無い。


「ライル、イザベラ姫は従妹の”シャルロット”姫の事を何か言っていたか?」


「あっ!」


 ジョゼットの事をすっかり忘れていたらしい。まあ、物語(歴史)とは違って、シャルロット姫と仲違いしている訳では無いのは知っているが、色々面倒な事態になる気がするんだが。


「ライルが、責任を持つと言うなら、私から学院長に頼んでみよう。ただし偽名を使う事を忘れるなよ?」


「はい!」


 嬉しそうな返事が返ってきた、年下の叔母さんよりも”少しだけ”年上の異性の方が勝ったらしい。この短期間でライルとイザベラ姫がここまで仲良くなるとは思わなかったな。ライルは”姫”と呼ばれる存在が嫌いなんじゃないかと思ったんだが、考えてみればライルとイザベラ姫の共通点も多かったんだよな。


 少しだけ嫌な予感がするがどうでも良いか、カグラさんと親戚付き合いが出来るかもとだけ考えておこう。そんな将来の事は分からないからな。


===


 話は変わるがエルネストの診療所に文字通り担ぎ込まれて来たツェルプストー家令嬢だが、最近になってようやく復調してきたそうだ。コルネリウスの献身的な看護のお陰なのだろうが、様子を見に行ったガスパードやカロリーヌに話を聞くと、引っかき傷は当たり前で、噛み跡や青痣だらけだったコルネリウスの様子も大分落ち着いたらしい。(友人の名誉の為に言っておくが、コルネリウスは悪さをしようとした訳ではないぞ? 看病の事もあるから、指一本とは言えないだろうが、コルネリウスはあれで紳士だからな)


「それで、キュルケ嬢から話は聞き出せたのか?」


「ああ、アルマントが言うには、ヴィンドボナの魔法学院に通う為に町に滞在していた時に変装してお忍びで出かけて、”平民メイジ狩り”にあってしまったらしいんだ」


「そうか・・・」


 話を聞かせてくれたガスパードが、何故か私をじと目で睨んでいる。面倒だし、無視だな!


「まあ良いけど、護衛する身にもなってくれよ。ところで、アルマントの所には、ツェルプストーからよく使いが来るそうだよ?」


「はぁ、暴発だけはさせないようにしてくれ」


「いつまで持つかな? アルマントにしろツェルプストー辺境伯にしろね」


「嫌な事を言うな、君も」


「スティンも国王陛下なんだから、もう少し落ち着いて欲しいんだけどな」


「それは主観の差という奴だよ」


 今の私は、決して活動的では無いと言う自覚があるからな。


「まあ、スティンに口で勝とうとは思わないけど、トリステインとしての方針は早く決めた方が良いんじゃないかな?」


「そうだな、キアラに考えてもらおう」


「君が考えろよ!」


 いや、少なくとも私が考えるよりまともなアイデアが出ると思うけどな、特に今なら。しかし、コルネリウスにしろ辺境伯にしろ長期間抑えるのは難しいだろうな。


「そうだ、来年辺りにキュルケを魔法学院に入れたいって、アルマントが言ってたよ」


「来年か、それ位なら簡単だけど?」


「ああ、メイジに慣れさせたそうだよ。同世代であれば、まだ、マシらしいからね」


 来年か、ルイズも入学するし、父の話ではジョゼットも来年入学するらしい。コモンマジックしか使えないメイジが1人だけよりは、2人で一緒に入学した方が目立たないと言う事と、ジョゼット自身の希望らしい。ルイズとキュルケとジョゼットが同学年か、出来過ぎではないだろうか?

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