第113話 ラスティン23歳(原点)
珍しい事に、マリアンヌ様から直接呼出しがかかったのは次の日の事だった。時間は任せると言う事だったので、何とか時間を作り、使いを出すと直ぐに面会する事が出来た。それ自体は良いのだが、マリアンヌ様が指定した王族専用の居間に入り、その顔を見た瞬間に何故か嫌な予感がした。
そのまま部屋を出たくなったがそう言う訳には行かないだろう。観念して話を聞くために、勧められた椅子に腰掛けたのだが、話は案の定だった。
「ラスティン、そろそろ観念したかしら?」
「何の事をおっしゃっているか、分かりかねますが、王妃殿下?」
「そう、それならマザリーニに命じて、国を挙げて貴方の結婚式を盛り上げるようにさせましょう」
「マリアンヌ様、それは幾らなんでも横暴です! それに今は戦時ですよ?」
「王軍は暇そうにしているそうですね? 国を挙げてと言う状況とは言えないでしょう」
ぐっ! 正直ここまでマリアンヌ様が知っているとは思わなかった。以前、私を迎えに来たあの(悪夢の)馬車がマリアンヌ様の手配して物だと言う事を考えれば、この方だけには手を出して欲しくなかったのだが。(何故か女性陣には好評だったから、エレオノールも嫌がったりしてくれないだろうな?)
「この状態で、王家の者が婚儀を挙げるのに、国として力を入れなければ、他国に笑われますよ!」
「そうかも知れませんが、ラ・ヴァリエール公爵がその辺りは、きちんとやってくれると思います」
想像したくない程、派手な物になる気がするのだが、マリアンヌ様のセンスで仕切られたら”派手”から”恥かしい”へ脅威の進化を遂げてしまいそうだ。
「エレオノールの方はそれで良いでしょう。ですが、貴方の方をどうするかと言う話をしていますよ? まさか、レーネンベルク風で済ませる予定では無いでしょうね?」
せめて自分の服装だけでも、よく見れば高級な物と言うレベルで済ませる予定だったのだが、拙いぞ!
「マリアンヌ様、まだ3ヵ月も先の話ですよ?」
「まあ、もうそれだけしか無いの? 早速明日にでも、仕立て師を呼ばなくてわね」
身分の高い女性と言うのは、皆こんな感じなのだろうか? そんな事を考えてしまったのは失敗だった。
「あの、マリアンヌ様!」
焦って引き止めようと声をかけたのだが、意外と素早くマリアンヌ様は部屋から出て行ってしまった。私が呆気にとられてしまうほどの身の軽さだったな。他人(いや、一応親戚なのだが)の結婚式などそれほど面白い物だろうか?
しかし、これで、私の恥かしい結婚式が国中に広まる事が決定してしまった事になる訳だな。この世界に写真やデジカメ等が無くて本当に良かった・・・? 画家は居るな、こうなったら国中の画家を一時的にでも・・・、どう考えても現実的ではないな、せめて私の姿が、自分の記憶に残らない様に努力しよう。
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どちらかと言えば、不本意な事だが私とエレオノールの結婚式の準備は進んでいる様だ。諸侯軍の方も相変わらずの状況と言う事で、私の周囲は嵐の前の静けさと言った状況である。こんな状態だと、マリアンヌ様の事を少しだけ考えてしまうな。あの張り切り様を陛下に話してみたのだが、少し悲しそうに好きにさせてやってくれと言われたのが気になって仕方が無い。
「と、言う訳なんだが、何か思い付かないか、キアラ? グレンさんも、何か知っていたら教えていただけませんか?」
「・・・」
「そうですね・・・」
キアラに聞くのは、気が進まなかったのだが、他に適当な人材が居なかったのだ(エレオノールは実家に戻ったままだし、母にこの話をすると絶対にやぶ蛇になる!)。グレンさんは、マリアンヌ様に関する噂などを聞く為に来てもらったのだが、どちらも黙り込んでしまった。キアラが少しだけ、躊躇しながらこんな考えを話してくれた。
「王妃殿下は、もしかしたら看病疲れされているのかもしれませんね」
「そうか? 基本的に侍医達が常時付いているんだし、きちんと休養されているはずじゃないのか?」
「殿下は、どなたかの看病を長期間された事はありますか?」
殿下と言われて、自分の間違いに気付かされてしまった。レーネンベルク家では、余程の事が無い限り母が治療してしまっていたからな。そう、幼い頃の私が倒れた時の様な場合を除けばだな。
「そうだな、すまない。そうなると、私はマリアンヌ様の気晴らしになっている訳か?」
「殿下!」
「いいや、マリアンヌ様には気晴らしの必要があると言う事なんだよ?」
「結婚される前の王妃殿下は、城下の祭り等は好んでお忍びで出かけられたという噂を聞いた事があります」
やはり、グレンさんを呼んで正解だった様だ。しかし、マリアンヌ様に気軽に出かけて貰う訳には行かないのだから、解決には程遠いな。あの様子では、陛下はこの事に気付いているんだろうな。
「ラスティン様の立場ならば、何らかの公務、出来ればなるべく賑やかな物を、理由を付けて王妃殿下に代わっていただくという形にするのが良いのでは無いでしょうか?」
王家の公務で賑やかな物と言えば、幾つか思いつくが、理由と言うのが難しい。一度位なら問題ないが、何回もと言うと無理が出て来るからな。そう言えば、去年は、ガリア行きで私が参加しなかった(正確には、参加できない理由があって渡りに船だったのだが)儀式があったな。あの時は、当然の様に父上が代行してくれたのだが、あれを理由にするのは苦しいのだが・・・。
まあ、やってみるか、この提案を自分がする事になるとは思わなかったが。ここまで来たら、どう転んでも、ただでは済みそうも無いし、アンリエッタとウェールズ王子が出会うのを妨害したくはない。
「グレンさんは、王家の者が年に一度、ラグドリアン湖で”水の精霊”に祈りを捧げるという話を知っていますか?」
「はい、それでしたら、ですが、あれはどちらかと言えば厳(おごそ)かな儀式だと聞いていますが?」
「そうです、僕は理由が有ってラグドリアン湖には行けないので、儀式と同時に、あそこで各国の要人を集めて園遊会を催せないかと思うんです」
「それは良いかも知れません、ラグドリアン湖は有名な名勝ですから」
「そのラグドリアン湖に行けない理由と言うのは何なのですか?」
キアラが少し不審そうに聞いてきた。当然の疑問だろう、良い機会だから、話しておくとしようか。
「子供の頃から、多分5歳以降かな? 僕はモンモランシ伯爵領に入るとおかしくなるらしいんだよ。自分では全く覚えていないんだが、ラグドリアン湖にある程度近付くと、僕は意識を失うらしい。そして、良く分からないんだが、何故かラグドリアン湖に近付いた事自体を忘れてしまうんだ」
「それは、どういう事ですか?」
キアラが私の事を心配したのか、今度は不安げに尋ねて来た。
「いや、覚えていないのだから、詳しくは説明できないよ。ある事情があって母に連れられて、母の実家のモンモランシ伯の所へ向かったそうなんだが、領内に入った頃から私は急に無口になったらしい。そして更に進むと、急に馬車の中で倒れてしまったそうなんだ」
「それでどうなったんですか?」
「母も慌てて、休めそうな近くの村に引き返したんだが、そうすると、直ぐに起き上がったらしい。だけど、また先に進むと同じ様に倒れてしまったんだ。また、道を戻ると起き上がるから、母も魔法を使って調べたらしいが、結局原因不明だった。当時の私は身体が弱かったから、母も無理せずそのままレーネンベルクに戻ったんだが、私は自分の身に起きた事を覚えていなかったと言う結果だった。両親ともかなり心配した様で、それ以来、私はモンモランシ伯爵領に行く事を禁じられたんだよ」
自分の身に起きた事を、体調等に問題は無いのに、母から教わったのは妙な事だったし、これが私の貴族嫌い(この時点では貴族に馴染む事に失敗した程度だったのだが)の始まりだったのかも知れない。全く実感が無い事だから、ほとんど思い起こす事はないのだがね。おかげで、私は伯父のモンモランシ伯爵にさえ、数えるほどしか会っていないし、従妹のモンモランシーには一度も会った事が無いのだ。
これが、貴族に馴染めなかった理由とするなら、貴族が嫌いになったのは、まあ説明するまでも無いな。貴族の名前を覚えられないのは、やはり、これから陥れようとする人達の事は出来れば知りたくないと言う、私自身の心の弱さなのだろうな。勿論、ラ・ヴァリエール公爵家は別だぞ、あそこは無茶な支配をしていないし、何よりエレオノールの家なんだからな。
「そんな事が本当にあったんですか?」
「いや、キアラさん。その話なら、私も公爵様から聞いた事があった気がします」
グレンさん、ナイスフォロー! しかし、父も王城まで来てこんな話をする程、心配してくれていたのだな。
「今はどうなるか分からないが、態々、気絶しに行きたくはないからね」
「リリア様の実家もこの事はご存知でしょうから、口裏を合わせる等の工作も必要無いですね」
「そうですか・・・、そう言う事ならば、私の方からマザリーニ様に提案してみましょうか?」
その方が、私が自分で言い出すより説得力があるかな?
「グレンさん、機会があれば、今の事の噂を流してもらえますか?」
「副王殿下の噂なら、良い取引材料になりますよ。逆に、広まり過ぎるかも知れませんが?」
「うっ! まあ、適当に誤魔化して下さい。この話は、エレオノールにも話した事がなかった位ですから」
「承知しました」
「キアラの方も頼んだよ?」
「・・・、はい!」
むっ! キアラが何処と無く嬉しそうにしている。何かキアラに知られてはいけない事を知られた気がするぞ?
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