第87話 ラスティン21歳(勅使再び来る:勘違い)


 そんな空気を見兼ねたのか、父上が、


「ラスティン、お前に頼みがあるんだが」


と言って話しかけて来ました。そのせいで、不本意なパーティーに参加する事になった訳です。(誰ですか、逃げてきただけじゃないか、このヘタレなんて考えた人は! その通りですよ!)

 父上が、あの場から意図的に僕を遠ざける為にこの提案をした事は確かなので、それを無視する訳には行かなかったという実状もあったりします。父上に勧められて、出席したこのパーティーですが、自慢話を続ける元帥殿も、僕に話しかけてくる貴族やその令嬢達にも全然関心が向きません。ダメですね、折角の機会なのですから、きちんと対応しなくては。(これが現実逃避だと言う事は、嫌でも認識されてしまいますが)

 元帥殿の話は、終盤に差し掛かっていました。


「そういう訳で、ワシの賢明な判断により、我が軍には1人の被害も無くゲルマニア軍の包囲を抜け出す事が出来た訳なんじゃ!」


 まあ、僕と(多分ですが)あの方が、居る前で良く言えるものですね。色々言いたい事もありますが、当事者であるあの方が何も言わないのであれば、僕の出番は無い様です。


「レーネンベルク山脈が、我が国の領土となったのもワシのおかげと言う訳じゃな」


 言わせておく事にしましょう、周りの人達もあまり真面目に聞いていない様ですし。


「レーネンベルク山脈はやがて、ワシの名をとって、ナラン山脈と名前を変える事じゃろう。がーはっは!」


 うん、”これ”は黙らせましょう! 一応、周りの反応を確認しますが、”これ”の発言の問題点に気付いた何人かが、僕の方へ視線を向けています。太鼓持ち風の若い貴族以外は、無関心か不快そうかのどちらかの様です。この状況なら問題無いでしょう。マティアスの忠告が頭に浮かびましたが、”これ”には是非、敵になって欲しいと思うので無視です。


「元帥閣下、少し宜しいでしょうか?」


「おお! これはライデンの英雄殿じゃないか。君も着ていたのだな、皆さん紹介」


「先程、レーネンベルク山脈をナラン山脈と名前を変えると仰っていましたが、もしかして、陛下にお願いされるのですか?」


「そうじゃよ、退任の祝いに是非、願い出ようと思っておるよ。ゲルマニア風の”レーネンベルク”などと言う名前よりは、ワシの名前の”ナラン”の方が良かろうて」


 あれ、今のでは、”これ”には高等過ぎた様です。もう少し、易しく表現しなくてはなりませんね。どうしてあの山々が”レーネンベルク”と名付けられ、祖父が何故”レーネンベルク”の家名を選んだかは知りませんが、僕は”レーネンベルク”の名前に誇りを持っていますから、覚悟!


「”ナラン”ですか、良い名前ですね。それでは、私も父に我が家の家名を”ナラン”に変えるように言っておきましょう」


「なっ!」


「ラスティン・ド・ナラン、中々良い名前ですね。私も近く陛下にお会いする機会がありますので、その折には元帥閣下の提案を陛下にお知らせしておきましょう」


「ひっ!」


 ”これ”は、慌てた様に席を立って何処かへ行ってしまいました。太鼓持ち風の若い貴族が、僕を睨みつけるようにした後、”あれ”の後を追って行きました。突然の主賓の退場に会場には、ざわめきが起きました。


「兄は体調が優れない様で、中座した様です。皆さんは、しばらくご歓談をお楽しみ下さい」


 ”あれ”の弟で、このパーティーの主催者メルレ侯爵が、何とかその場を治め様としていますが、まあ無駄でしょうね。メルレ侯爵自身が、すぐに僕の所へやって来て、謝罪をしてくれましたので、僕の方も場を乱してしまったことを謝罪しました。別にメルレ侯爵家に恨みがある訳では無いですし、出来の悪い兄を持った侯爵自身にも同情したくなりました。

 弟が家督を継ぐですか、あまり聞かない話ですが、現実に見ると人事とは思えませんね。そんな事を考えていると、ふと閃く物がありました。なるほど、レーネンベルクの人間が集められる訳です。王家の狙いは僕に旧モーランド侯爵領を継がせて、ゲルマニアに対する盾にすると言う訳なのでしょう。婚約者(エレオノール)や弟(ノリス)までもが呼ばれている原因に納得が行きました。

 中々、上手いやり方ですね、この場にいるあの方の知恵なのでしょう。折角の機会ですから挨拶をしておこうと思って、その人物を探すとあちらから声をかけて来てくれました。


「始めまして、ラスティン・ド・レーネンベルク殿」


「マザリーニ枢機卿、こちらこそ始めまして。ご無事を確認出来て、安心致しました」


「いえいえ、ラスティン殿のご助力がなければ、生きてあの地から帰ることは出来なかったかも知れません。本来であれば、すぐにお礼に伺うべきでしたが、遅くなって申し訳ありません。改めてお礼を言わせていただきます」


 枢機卿と呼びかけたのは、正解だった様です。この場で、聖職者の格好をしているのは目立ちましたが、念の為に父上から特徴を聞いていなかったら、確信出来なかったかも知れません。何せ今の枢機卿は、太っているとまでは行きませんが、かなりふくよかな体型だったからです。(コルベール先生が今もふさふさだと言う事を考えると、過大なストレスさえなければ、この人もこの体型のままなのかも知れません)


「お礼を言われる程の事はしていません。ただ、兵団を国境警備に就かせただけです」


「ほう、自慢の魔法兵団を国境警備に就けたのは、ラスティン殿の考えですかな?」


「その通りです、と言えれば良いのですが、部下と相談して決めた結果です。間違っていなかった様で、正直ほっとしております」


「そうですか。話は変わりますが、先程の騒ぎ、ラスティン殿はどのようにお考えになって、騒ぎを大きくしたのですかな?」


「マザリーニ様も、”無駄に敵を増やす”事をよしとしない方なのでしょうか?」


「はい、有体にいえば、その通りです」


「以前、私もその点について、ある人物から助言を受けました。ですが、今回に限っては故意に敵を作りました」


「故意に?」


「はい、あの元帥殿が味方にするに値しない人物だというのは、枢機卿が一番ご存知でしょう」


 枢機卿が、何度も頷いています。やっぱり、不満があるのでしょうね、当然ですが。


「そうなれば、敵かそれ以外にしかなり得ませんが、先程の騒ぎで元帥殿は敵になりました。これは多くの貴族達が知る事になるでしょう、当然私を快く思わない人物があの元帥殿に接触を図るでしょう。それを監視していれば、私の隠れた敵が分かるという事なのです」


「なるほど、そこまで考えて!」


 枢機卿は感心していますが、この理由は後付けな気もします。まあ、”あれ”が敵に回れば、僕の敵がしなくても良い苦労をするのは目に見えています。監視もキアラ辺りがやってくれるでしょう、彼女が立ち直ってくれればですが。


「折角なので、もう少しマザリーニ様を驚かせてみせましょうか? 貴方が私に接触するのが遅れたのは、私と言う人間を観察する為ではありませんか?」


「!」


「ところで、先程話題に上がった、”レーネンベルク山脈”はどうなりましたか?」


「ラスティン・ド・レーネンベルクの名前は、聖エイジス31世猊下から聞いていたので、まさかと思いましたが、どうやら王妃殿下の仰った事は事実の様ですな、交渉の落とし所としては、絶好の場所でした」


 僕が、レーネンベルク山脈をトリステインの領地として求める事を提案したのは、僕の意識がレーネンベルク山脈に向いていたからだけだったりします。以前、大地の大精霊に風石を集める場所を指定した話と、その場所を聖エイジス31世である転生者仲間のジェリーノさんに知らせた事は話したと思います。

 その聖エイジス31世から風石に関する”お言葉”が近々出される予定なのです。何故、発表までに、ここまで時間がかかったかといえば、ロマリア側で秘密裏に実際に風石の採掘を行ってみたからだったりします。まあ、僕の手紙だけでは全く証拠にならない訳ですし、外れたでは洒落になりませんから、ジェリーノさんの行動を責める積りはありません。

 レーネンベルク山脈で風石が採れるとなれば、ゲルマニアがちょっかいを出してくるのは疑い無かったので、何とか先手を打ちたいと思っていたのが、マリアンヌ様に提案した時の事情だったりします。和平交渉を、宰相派か皇帝派かどちらが主導したにしろ、何らかの諍いの種を植えつける事には成功した様です。(謀略と言われそうな気もしますが、可愛い物だと思います)


「もっと、マザリーニ様を驚かせてみせましょう。先程の騒ぎではあの様に言いましたが、トリステインの為であれば、私は喜んでレーネンベルクの名前を捨てる覚悟です!」


「!!」


 僕は受身では無く、自分の意思で旧モーランド侯爵領の領主を受ける事を表明しました。枢機卿の表情が僕の読みの正しさを証明しています。


「ラスティン殿、貴方は思ったより恐ろしい方の様ですな。私が陛下にした提案を後悔する日が来なければ良いのですが」


 僕がゲルマニアに寝返る事を警戒しているのでしょうか? 有り得ない話ですが、そんなことになったら、トリステインはとんでもない事になるでしょうね。枢機卿の立場であれば、モーランド侯爵の前例もあるので心配しない訳には行かないのでしょう。


「マザリーニ様、その様なことは起こらないと、始祖ブリミルに誓いましょう」


「そうか、そこまで言ってくれるか。ありがとう、ラスティン殿」


 枢機卿は、それだけ言うと、足早に去って行きました。その後姿を見送っていると、後ろから話しかけられました。振り返って見ると、そこには1人の男性が立っていました。別に面識があるわけでも、誰かから人相を聞いた訳でもありませんが、僕ににはその男性が誰なのか分かってしまいました。その男性に付き従うようにしている若者に面識があったからです。(正確には”僕”は面識がありません)


「グラモン伯爵ですね、お初にお目にかかります。ラスティン・ド・レーネンベルクと申します」


「これは丁寧に、ライデンの英雄殿に名前を知ってもらっていると思うと、鼻が高いですな」


「後ろにいらっしゃるのは、元帥のご子息でしょうか?」


「おお、紹介が遅れましたな、息子のデニスです。私の副官の様な事をしてもらっております」


「中々、優秀なご子息だと聞き及んでいます」


「ラスティン殿にそう言っていただけると、些か恥ずかしいですな」


「謙遜をなさらなくても、魔法学院を次席で卒業されたとか。私は、代官の務めが忙しく学院には通えなかったので羨ましいと思いますよ」


「デニス、何をしている、ラスティン殿に挨拶はどうした?」


「デニス・ド・グラモンと申します」


「ラスティン・ド・レーネンベルクです。よろしくお願いします、デニス殿」


 冗談もこの辺りにしておきましょう、ミスタ・グラモンの視線が殺気を帯びそうですからね。


「それにしても、先程の騒ぎ、実に爽快でしたな」


「元上司が恥を掻かされたのに、喜んでいて宜しいのですか?」


「あれが上司ですと? 冗談ではない、居なくなって清々すると言う物!」


「父上、その様な事を大声で言うものではありません」


「すまんすまん、それにしてもラスティン殿、私が次の元帥になるとよくご存知ですな?」


「私が、元帥の前にどなたと話していたか、ご覧になったでしょう?」


「なるほど、枢機卿も愚痴をこぼされていたのではないですかな?」


「いいえ、若いとは言えさすが枢機卿まで登り詰めた方です。その様な事はありませんでした」


「そうですか、それにしても今回は残念な結果でしたな?」


「残念な結果とは?」


「私も、陸軍元帥になった者、裏の事情は心得ているますよ」


「そうですか、ですが現状では、最善の結果だと思います」


「なんと! 国軍がもう少し頑張っていれば、ブルーデス領は勿論、もう2,3の領土をゲルマニアからもぎ取れたはずだ!」


 おっと、この人は、”命を惜しむな、名を惜しめ”を地で行く人だったんですね。玉砕しては元も子も無いでしょうに。


「元帥の考えは一理あると思います。ですが今回の場合、私も最終的には、元元帥殿と同じ事を選択したと思います」


「そんな事では、国は守れんぞ!」


「元帥閣下、私がゲルマニアに逆侵攻する際に、作戦を立案する部下に要求した事が1つあります、それは何かお分かりになりますか?」


「むぅ」


「デニス殿は、いかがですか?」


「もしかして、味方の犠牲をなるべく出さない様にでしょうか?」


「ほぼ正解です。私は、”敵も味方も出来るだけ犠牲者を出さない作戦”を立案するように要求しました」


「「はぁ?」」


 グラモン親子が揃って呆れた様な声を出します。まあ、尤もな反応なのでしょうね。


「こう考えていただけないでしょうか? 玉砕覚悟で最後までゲルマニア軍を苦しめたとします、その時に両国の関係はどんな事になっているでしょう? それが本当に、トリステインの為になる事でしょうか?」


「ほう! さすがは、ライデンの英雄殿ですな。考える事が常人のそれと異なる様だ。ですが、このグラモン伯爵、今の言葉に感銘を覚えましたぞ。単なる理想論と片付けるのは簡単だが、ラスティン殿はそれを実行してみせたのだからな!」


「いいえ、その功績は作戦を考えた部下と、実行した兵団員に与えれるべきものです」


「謙遜が過ぎると嫌味ですぞ?」


 何だか、この人も僕を美化しすぎている気がします。この思い込みの深さが、グラモン伯爵家の特徴だったりするのでしょうか? 結局、誤解を解く事が出来ずに、所用があるというグラモン伯爵と別れる事になってしまいました。

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