第39話 ラスティン16歳(1年目-偽自己紹介)


 魔法学院に到着した僕は、色々な手続きを終えて、やっと寮の部屋に落ち着きました。手続きでは、貴族らしく振舞う事やら、学院内では親の爵位には影響されず皆を平等に扱うなどの宣誓をさせられましたが、男爵家の3男の僕に与えられた部屋が、1階の出入口付近だという事で、宣誓が本当に守られるのか不安になりました。

 ちなみに、1階に住む学生に、挨拶がてら親の爵位を尋ねてみたら、案の定でした。僕としては、色々荷物を運び込んだりするのに都合がいいので、この部屋は望む所なのですけどね。


 入学の式典が行われるまで、数日時間があったので、学院の中を探索したり、学院の周囲を探検したりして過ごしました。森で薬草を見つけることが出来たり、川原で適当な大きさの石を拾える事が分かったのは収穫でした。早速、魔法薬を作ったり、魔法宝石(マジックジュエル)を作ったりしてみましたが、特に問題はない様です。魔法宝石(マジックジュエル)は一見貧相な木製の鞄に見える、実は超々ジュラルミン製の鞄にしまい込み、オリジナルのロック呪文で鍵をかけます。これで誤魔化しきれることを祈りましょう。


 退屈な入学の式典を乗り切ると、新入生が集まって、自己紹介が始まりました。さすがに公爵家の子供はいませんでしたが、侯爵家の次男や伯爵家の長女が自己紹介をすると、視線が一斉に集まります。それと、メイジとしての腕も注目を集める要素になるようです。とある子爵家の3男という男子が、自己紹介をすると教室が一斉にざわめきました。15歳という年齢で、水のスクエアメイジというのは確かに驚きでした。エルネスト・ド・オーネシアですか、覚えておきましょう。(どこかで聞いた事のある気がしましたが、思い出せませんでした)

 そして、僕の番になりました。


「スティン・ド・マーニュ、マーニュ男爵家の3男です。年齢は16歳で、得意系統は、水でラインです。皆さんこれから宜しくお願いします」


 僕の顔を見て、女生徒達が少しざわめきましたが、男爵家の3男で、水のラインという事で、大半が興味を失った様です。まあまあの滑り出しといった所でしょうか。そう思って、自己紹介の終わった教室を出ると、女生徒3人のグループに呼び止められました。


「ミスタ・マーニュ、少し時間よろしくって?」


「はい、構いませんよ。何の御用でしょう?」


 自己紹介されたはずですが、この3人の名前を全く覚えていません。仕方ないので誤魔化しましょう。


「ミスタ・マーニュは16歳なんのでしょう?普通、学院には15歳で入る物だと思うのだけれど、よろしければ、今年入学なさった理由を教えていただけるかしら?」


「ああ、その事ですか。恥ずかしい話なので、他人に話さないと誓っていただけるならば、お話しますが?」


「ええ、誓いますわ。是非お聞かせ願えませんこと」


 うわ、これは当てになりませんね。ですが、変な興味を持たれたままだと動きにくいので、考えておいた言い訳を披露する事にします。


「実は、恥ずかしながら、マーニュの財政は火の車でして、入学資金が都合出来なかったのです。今年は何とか知り合いにお金を借りる事が出来たので、運良く入学出来たという次第なのです。くれぐれも他の方には話さないで下さい」


 3人の女生徒は、僕の話を聞くとかなり引いた様です。


「立ち入った事を聞いてしまいましたね。他の生徒には秘密にしておきますから、ご安心くださいませ」


 それだけ言って、3人は何処かへ行ってしまいました。よしよし、これで僕が貧乏貴族の3男だという噂が広まる事でしょう。ちなみにマーニュ男爵家は、堅実な領地経営をしているので、それ程裕福という訳ではありませんが、意外とお金を持っているそうです。ただし、生活は質素なので、傍目には貧乏に見えるかも知れません。この辺りは、レーネンベルク家と通じる物があります。


===


 1日の授業が終わると、僕の嫌いな時間が待っています。それは食事です。学院の料理人の方々の名誉の為に言っておくと、料理はかなり美味しいです。しかし、量が半端ではありません。こんなに作って誰が食べるのだろうと思う程、大量にテーブルの上に用意されます。生徒たちはこれを好きなだけ食べて、満足したら席を立ってしまいます。

 特別なパーティの時なら分かりますが、毎日これでは、使われる食材が可哀想です。少しでも無駄になる量を減らそうと頑張って食べますが、直ぐに限界が来てしまいます。僕も諦めて席を立つことになります。

 考えてみると、この行動も、貧乏貴族が日頃食べ慣れない豪華な食事を掻き込んでいる様に見えるのかもしれません。


 貴族らしくない行動といえば、給仕してくれるメイドや召使い達に、”ありがとう”とお礼を言う事もそうなのかもしれません。他の生徒たちは、彼らの行動を当たり前と感じている様です。

 先日、食事中に、空いたカップにお茶を注いでくれたメイドに”ありがとう”とお礼を言ったら、すごく驚かれてしまいました。具体的に言うと、持っていたポットを落としてしまった程の驚き様でした。それだけならば、ちょっとドジッ子のメイドさんで済んだのですが、運悪くポットから零れたお茶がメイドの脚にかかってしまったのです。


「熱っ!」


 そのメイドは、堪らず悲鳴に近い声をあげました。僕は慌てて、ニルヴァーナを取り出し、以前もこんな事があったなと思いながら、メイドのスカートから、お茶を吸い出します。ですが、熱いお茶が脚にかかったのですから火傷の心配をしなくてはなりません。女性の脚に触るのはさすがに拙いと思い、誰か女性の水メイジに治療を頼もうとして、顔をあげると周りの生徒達は、今の出来事に何の関心も無い様子でした。もっと性質が悪いのは、食事の時間に騒がしくするなとばかりに、迷惑そうな顔をしている者さえいました。

 とても彼女の治療など任せられないと判断した僕は、メイドを抱えるようにして、アルヴィーズの食堂の隅まで連れて行きました。そしてそこに、メイドを座らせると、


「これは単なる治療行為です。不埒な気持ちは持っていないので、安心して下さい」


とだけ、なるべく冷静な声で告げて、メイドのスカートを膝上辺りまでたくし上げました。メイドは、


「きゃ!」


と声を上げましたが、


「若い女性の脚に火傷の痕は似合いませんよ?」


と僕が優しく声をかけると、何とか治療を受けてくれました。水魔法による治療は、簡単に終わりました。


「はい、もういいですよ。ですが、火傷の痕が残るといけません。塗り薬を差し上げますから、後で僕の部屋まで来て下さい。僕はスティン・ド・マーニュ、僕の部屋は、男子寮の入り口を入って直ぐの部屋ですからすぐに分かると思います。それでは待って居ますからね」


 それだけ、言うと僕は食堂を出て、寮の自室に戻ってしまいます。これ以上、級友からの奇異な者を見る様な視線は遠慮したいですからね。


 部屋に戻ると、火傷に効く魔法薬を調合します。調合が終わっても、例のメイドは部屋を訪ねて来ませんでした。仕方が無いので、メイドの仕事で役立ちそうな、薬を何種類か調合する事にしました。

 火傷、擦り傷、切り傷、皸(あかぎれ)なんかの薬を用意したのですが、まだメイドさんは訪ねて来ません。今日は忙しくて、手が離せなかったのかな?そう思って、寝る準備を始めた所で、部屋のドアがノックされました。部屋の中に見られてはいけない物が無いのを再度確認して、ドアの鍵を開けました。

 ドアの外に居たのは、先程のメイドと、それより少し年上のメイドでした。1人で来る事に不安を覚えた若い方のメイドが、先輩のメイドに付いて来てもらったといった所でしょうか?


「忙しいでしょうに、わざわざ来ていただいてすみません。立ち話もなんですから、部屋にお入り下さい」


「はい、お邪魔します」


 部屋の中に入り、ドアを閉めようとしたメイドに、


「ああ、ドアは開けておいて下さい。特に疚しいことをする訳でもないですし、その方がお2人も安心でしょう?」


 僕の言葉と態度で、幾分安心したのか。メイド達から緊張感が抜けた気がします。それではお座り下さい、と言いかけて、この部屋には、机の前にある椅子と、寛ぐための1人用のソファーしかない事に気が付きました。僕は慌てて、椅子をソファーの横に並べて、座ることを勧めました。僕は多少だらしないですが、ベッドに腰を下ろします。


「火傷の方はどうですか?まだ痛みますか?」


「いえ、少しひりひりする位で、肌が赤くなった所も大分引いたようです」


「そうですか、それは良かった。ああ、来てもらったのは薬を渡す為でしたね」


 僕は出来たばかりの薬を、机の上から持ってきます。


「これが、火傷の塗り薬です。肌の状態が元の状態になるまで毎晩塗って下さい。こっちが、擦り傷や切り傷に効く物で、これは皸(あかぎれ)なんかに効くと思います。メイドのお仕事は大変ですから、使って下さい」


 若い方のメイドは、僕の差し出した薬を、何故か恐る恐る受け取りました。何故か少し傷付きますね。


「こんなお高い物を、本当に受け取ってよろしいのでしょうか?」


 ああ、値段の事を気にしていたんですね。


「材料は、近くの森などで採れた薬草なんかを使っているので、そんなに高く無いものですよ。今回は、僕が突然声をかけて驚かせてしまった上に、火傷までさせてしまった事に対するお詫びなので、無料で結構です。気に入った様であれば、1つ50スゥ位で売りますので、注文してください」


「50スゥですか?」


「あれ?高かったですか?」


「いえ、貴族様が作る魔法薬にしては、安すぎるので」


 ふぅ、驚きました。平民の方々と価値観が違うのは分かっているので、かなり安めにしたつもりだったのが、逆に安くなりすぎでしたか。


「ああ、そう言う意味でしたか。これからはメイドの皆さんにもお世話になるので、その為に安めにしておきました。替わりにと言ってはなんですが、僕が困った時には手助けをしてもらえると助かるのですが?」


「はい、お任せ下さい」


 そう言って、若い方のメイドは軽く微笑んでくれました。


「ああ、肝心なことを聞いていませんでしたね。良かったら名前を教えてもらえませんか?」


「はい、私はコラリーと申します、ミスタ・マーニュ。そして、こちらが私達メイドを取りまとめている」


「エンマと申します。そして、最初に謝罪させていただきます」


「はぁ?」


 思わぬ台詞を聞いて我ながら、間の抜けた声を出してしまいました。ですがエンマさんは、固い表情を崩さず、話を続けます。


「最初にコラリーが、青い顔をして私の所にやってきた時には、コラリーが何か不始末をして、貴族の方に叱られたのかと思いました。ですが詳しく話を聞くと、不始末をしたのは事実でしたが、その後の展開は少し信じられない物でした。コラリーの服から汚れを落として乾かし、その上に火傷の治療までしてもらったというではないですか。少し出来すぎだと思っていたら、後で薬を取りに部屋まで来るように言われたと聞いてピンときました」


 そこで、エンマさんは少し僕の方に目を向けて、話を続けました。


「ご覧の通り、コラリーは同性の私から見ても、若くて健康で可愛らしい娘です。その貴族の方は、コラリーの身体目当てで優しくしたのだろうと、推測するのは簡単な事でした」


 こんな事を言われても、僕は特に気にしませんでした。コラリーさんは、確かに可愛い外見をしていますし、治療の為とはいえ、脚をさらけださせてしまった事も事実なのですから。


「私がコラリーに同行してここにやって参りましたのは、生娘のコラリーにそんな事をさせるのは忍びないのでせめて私の身体で我慢していただける様にお願いする為でした。もう歳で、満足いただけないかもしれないですが」


 この話を聞いたとき、僕は不意にある女性の事を思い出してしまいました。あの女性は、今何処で何をしているんでしょうね?そんな事を考えている間にも、エンマさんの話は続きます。


「ですが、この部屋に来て見て、自分の考えがいかに浅はかな物だったか、思い知らされました。ミスタ・マーニュは、私達をまるで淑女の様に扱って下さいました。その上、高価な魔法薬を分けて下さいました。私の浅はかな考えをお許し下さい」


 エンマさんはそう言って、僕に深々と頭を下げました。


「コラリーさん、エンマさんの様な方の下で働けて幸せですね」


「はい!」


「エンマさん、頭を上げて下さい。そして、ありがとうと言わせて下さい。エンマさんの言動に感動しました。エンマさんの下であれば、学院のメイドの皆さんも安心して仕事をすることが出来るというものです」


「いいえ、ミスタ・マーニュから”ありがとう”などと言っていただく程のことは」


「エンマさんも十分お綺麗ですよ、そうですね、僕が10歳も年上だったらほうっておかないでしょうね」


「ああ!エンマさんが赤くなった」


 コラリーさんがすかさず、茶々を入れます。


「ミスタ・マーニュも口がお上手なのですね。コラリーも年上を茶化すものではありませんよ」


 先程まで暗かった、エンマさんも明るい表情になってくれました。多分先程のエンマさんの話は、実体験に基づいた物なのでしょう。辛い事を思い出させたのを少しでも忘れてくれると良いのですが。


===


 ちなみに、翌日の授業後にとある男子生徒が、


「ミスタ・マーニュ、昨日のメイドの火傷の具合はどうだった?」


と聞いてきました。どうやら、コラリーさんの事が心配だった様ですが、あの場では話しかける事が出来なかった様です。


「大事ありませんでしたよ。魔法薬も渡しておきましたから、火傷の痕も残らないでしょう」


「そうか、良かったね」


 どうやら、本気で心配してくれていた様子です。彼の言葉を聞いて少し安心しました。クラスの生徒が全員、気に入らないという事態だけは避ける事が出来そうですから、そんな状態で3年間過ごすのは遠慮したいですからね。あ!彼の名前は何なのでしょう?そろそろ本気でクラスの生徒の名前位は覚えた方が良いかもしれません。

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