第7話 携帯用の情報端末

「身分証明?」

 四角い情報端末の販売店で、ヤヨイは聞き慣れない言葉を口にした。

 しばらく考え、室内のガラス窓のほうを向く。外はまだ暗くない。時計を見て、カケルに模擬戦を申し込む。

「よく分からないけど、分かったよ」

「攻撃しないで、少し待ってて」

 よく分からないことを言ったヤヨイとカケルを中心に、戦闘空間が発生した。

 スズネは隣に座って見ている。

 緑色の服になったカケルは、攻撃せずに立ったまま。


『師匠。ヤヨイです。ご無沙汰しています』

 師匠から真似た通信能力つうしんのうりょくを使い、会話するヤヨイ。

「なんじゃ。もう寂しくなったのか? 可愛いやつじゃのう」

 師匠は模擬戦の最中だった。

 四人の少年少女たちを相手にしている。全員の攻撃を軽々とかわす。

 余裕の表情を、ヤヨイが見ることはできない。

『身分証明が必要になったんです。情報端末を手に入れるのに』

「なんで必要なんじゃ」

『チームの皆と連絡を取るためです』

「もう、そんな段階に達したのか。やりおるのう」

「師匠。ヤヨイと話をさせてください」

「ええい! ややこしくなるから黙っとれ!」

 師匠は喝を入れた。

『身分証明、ありますか?』

「分かった。店の電話番号を教えてくれ。模擬戦を終わらせたら、わしが電話を掛ける」

『ありがとうございます!』

 電話番号が伝えられると、師匠は弟子たちをあっという間に倒し、電話をかけた。


 店に電話がかかる。

 さきほどヤヨイの周りで聞こえてきた声が再び聞こえ、店員は驚きを隠せない。

 師匠は育ての親を名乗り、ヤヨイと代わるように告げる。

 ヤヨイは紙にメモを取った。

 必要な情報を入手したあとでお礼を言い、ヤヨイは店員と電話を代わる。

「では、マンザエモン様の口座から引き落としでよろしいでしょうか?」

「はい」

 諸々もろもろの手続きを終えたあと、ヤヨイは最終確認を受けていた。

 そして、携帯用の情報端末を手に入れた。

「疲れた」

 ヤヨイはぐったりとしていた。

 カケルとスズネが、少女を引きずるようにして店から出る。スカートが力なくゆらめく。

 日はすっかり傾いていた。

 三人が宿に戻り、再びヤヨイの部屋に入る。

 カケルが慣れた手つきで相互登録を済ませて、ヤヨイの顔を覗き込む。

「登録したから、通話してみて」

「いいよ、今日は。ご飯にしようよ」

「仕方ないわね」

 スズネも慣れた手さばきで相互登録を済ませた。

 三人は、宿の中にある食堂へ行くことにする。ヤヨイは露骨に機嫌が良くなり、声が高くなる。

 カケルとスズネは顔を見合わせて笑った。


 大きな港町は海産物が豊富。

 和風の食堂に四人席がならぶ。色々な服の人たちに囲まれて、三人がいた。

 赤い服の少女は、魚料理が中心の定食を食べ終わる。

「ごちそうさまでした」

 深緑色の服の少年も、橙色の服の少女も、魚料理が中心の定食を食べ終わる。

「ごちそうさまでした」

「ごちそうさま。それにしても皆、健康に気を遣っているのね」

「わたしは師匠の教えで」

 ヤヨイは深く考えていなかった。

「バランスのいい食事が、身体と、心も育てるという教えか」

 カケルは深く考え過ぎていた。

 色々な話をした三人は、それぞれの部屋に戻る。どこか名残惜しそうだ。

 ヤヨイが歯磨きを済ませ、部屋の外にある共有スペースで洗濯と乾燥を終わらせた。

 再び部屋に戻ると、充電が完了していた情報端末が着信の音を鳴らす。

 ヤヨイは通話できなかった。

 部屋のドアが叩かれる。すこし悲しそうな顔の少女は、覗き窓で相手を確認したあと、鍵を開けた。

「来ちゃった」

 布製の袋を持ったスズネが、楽しそうに微笑んだ。

「ねえ。行きましょうよ」

 十代後半の少女は、おねだりしているような仕草をした。

「そういうの、あんまり興味ない」

「裸の付き合いって重要なのよ」

「うーん。分かった。行く」

 十代半ばの少女が返事をして、支度を始めた。部屋に用意されていた布製の袋を持つ。

 ヤヨイは、スズネとともに部屋を出た。

 二人は銭湯に入った。

 あまり人はいない。泊まっている客の数自体が多くないためだ。

「本当にカケルとは今日初めて会ったの?」

「うん。偶然」

「運命の出会いってやつ?」

「え? 偶然だよ」

 湯船に浸かった二人は噛み合わない会話をしていた。

 そして、浴衣姿になって女湯から出てくる。

「おやすみなさい」

「おやすみ」

 廊下で声を掛け合った二人は、それぞれの部屋に戻りドアを閉める。

 ヤヨイが布団に入り、眠りについた。

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