一念少女

多田七究

第一章 一念発起

第1話 ヤヨイ対ナツゾラ

 その惑星では、喧嘩けんかが起こることはまれだった。

 統一言語が使われていた。国同士の争いもすくない。

 山に囲まれた田舎。

 みどりあふれる谷で、底にある川が涼しさを届ける。夏までにはすこし間があった。

 朝日は顔を出していないものの、薄暗くない。広い畑の中に、麦わら帽子を被った人影が見える。

「ぼちぼち休憩にしょうやぁ」

 なまりの強い年配男性が言った。日差しと虫対策のため長袖。竹のカゴを手に、トマトの収穫中。

「もう少しやります、師匠ししょう。心の硬さを、磨きます」

 真剣な表情で畑を耕しているのは、十代半ばの少女。赤い長袖。ひざまでのスカートの下に、あずき色で丈の長いパンツという奇妙な格好。

 クワを土へと振り下ろし、ひたいに汗を浮かべている。梃子てこでも動かない様子だ。

「柔らかくてええと思うんじゃがのう。ぶつかったときにいとうない」

「標準語でお願いします」

 師匠は答えない。近くの小屋へと歩いていく。木造でこぢんまりとした和風の平屋は、もうすこし大きければ民家と間違ったかもしれない。

 ロングヘアの少女は、師匠の思惑どおり休憩することになった。


 小屋の縁側に座る二人。

 すだれがあり、影になっている。山からの日差しを防ぐためのものだ。

 二人は手袋を外し、いていた長靴を脱ぐ。麦わら帽子をとった。

 禿頭の師匠が、標準語で話す。

「柔らかくていいと思うんだがなあ。ぶつかったときに痛くない」

「絶対に折れない信念のほうが、強いと思います!」

 あかい服の弟子は、頑固だった。

 師匠はいつものように受け流す。

「ヤヨイさん。お茶をれてくれますか?」

「はい!」

 すこし背の低い少女は、部屋へと向かう。イグサで織られたござの上を歩き、陶器の急須を木の机に置く。慣れた手つきでお茶を淹れた。

 再び、木製の縁側に二人が並んだ。のどかな田園風景を見ながら、お茶を飲む。服にはすこし土がついている。

「いつになったら奥義おうぎを教えてくれるんですか?」

「畑仕事は、肉体と同時に精神も鍛えられるお得な修行しゅぎょうなんじゃ」

「それは分かっているんですけど」

「昔は多かった拳法家けんぽうかも、今ではわしだけ」

「この辺りの話ですね」

「昔はわしもすごかったんじゃが」

 師匠の話は長くなりそうだ。

 ヤヨイはいつものように受け流す。

 川と対になって、畑をはさむように位置する道。舗装が傷み、両脇には草が茂る。そこから、メガネの青年が見ていた。穏やかな雰囲気で。

 すたすたと青年が近付いてきた。

 白地に黒い格子柄こうしがらの服を着ている。

「どうも、マンザエモンさん。お元気そうですね」

 二十代に見える青年は、柔らかい表情で声をかけた。重そうな荷物を抱えていた。

 師匠は何も言わない。考えるような仕草をしている。

 弟子が先に口を開く。

「お知り合いですか?」

「うーむ。誰じゃったかのう」

 師匠は記憶にないらしい。

「実は、ここに強い人がいると聞いて来まして」

「わしの若い頃の武勇伝を知っておるのか。遠くからよう来たのう」

 マンザエモンは、露骨ろこつに機嫌が良くなった。

「待ってください! 先にわたしが!」

 赤い服の少女が靴を履く。やる気満々で、拳法の構えをとった。

 メガネの青年は表情を変えた。変化は一瞬で、穏やかな雰囲気に戻る。

「私はナツゾラという者です。あなたは?」

「弟子です。ヤヨイです!」

「では、バトルといきましょうか」

 ナツゾラは、敵意のない澄んだ空のような表情を向けて言った。

こぶしで語るのじゃ」

 師匠は、ヤヨイが答える前に意思を伝えた。

 ロングヘアの少女は、手を握りしめ、師匠に笑顔を見せる。


「ルールを決めましょう」

 メガネの青年が言った。荷物はすでに置いている。

「普通でいいです」

 少女は即答した。二人が立つのは、小屋の前の畑。収穫が終わり何も植えられていない区画。

「では、ゲージの表示はありで、連続ヒットはなしにしますか」

「はい!」

 ヤヨイとナツゾラが同意する。辺りの様子が変わった。二人を中心として、円形のドームが広がっていく。

 マンザエモンは涼しい顔をしている。

 小屋と畑を飲み込み、さらに広がったところでドームは広がるのを止めた。

 近くの道を、人が通る。ドームに入り、そして出ていった。草むらのバッタも気にする様子はない。

 異質な雰囲気が漂うドーム内。

 ナツゾラの身体からだを光が包み込む。

 光の壁になっている場所から、ナツゾラが現れた。服は白地に灰色の格子柄へと変わっている。

 すこし鋭い雰囲気になったメガネの青年。

 右腕を軽く構える。握った手に、あわく光るかたなを出現させた。

 ヤヨイには変化が起こらない。普段のまま。

「よろしくお願いします!」

「分離しないのですか?」

「できません!」

 ヤヨイが元気一杯に答えた。

 わずかに驚いた様子のナツゾラ。すぐに表情を戻す。

「生身を相手にしているようで、少しやりにくいですね」

 言葉とは裏腹に、すきのないメガネの青年。赤い服の少女を見つめていた。

 ヤヨイが、左右の手から小さな光のたまを発射する。

 ナツゾラは軽く振った刀で二つの弾を切り裂き、消滅させた。

 ゆっくりと歩くナツゾラ。

 ヤヨイも近付いていく。

 周りを移動しながら、弾で攻撃する少女。全て刀で切り払われる。

 ナツゾラが一気に間合いを詰める。ヤヨイは左を防御した。刀は流れるように動き、逆から迫る。

 身体をひねったヤヨイ。スカートが揺れた。

 空中に浮かんでいる二つのゲージのうち、片方が減る。左側にはナツゾラの顔が、右側にはヤヨイの顔が表示されている。縦に長いゲージの上部分、4分の1が空になった。

「強い」

 嬉しそうな顔をしたヤヨイが、言ったあとで笑う。

 右腕を軽く構え、握った手に淡く光るけんを出現させた。


 数年前。

能力のうりょくバトルしようぜ」

「うん」

 男の子と女の子が同意する。

 和風の建物の前で、戦闘空間せんとうくうかんが形成された。

 男の子は肉体から精神体せいしんたいを分離させ、服の色が変わる。

 女の子は分離しない。

 そのまま戦いになる。女の子は弾を受け、弾を発射し返して勝利した。弾が当たった庭は壊れていない。

 ロングヘアの女の子は、いろいろな相手と戦う。勝利を重ねていった。

『そのままでは、お主の強さに限界がある』

 戦いの最中、どこからともなく声が聞こえてきた。

「どこ?」

『スカートを穿くなら弟子にしてやるぞ』

 声の主は、後の師匠である。


 現在。

 ヤヨイの右手には、淡く光る剣が握られている。

「なるほど。これを真似しましたか」

 ナツゾラは、右手の刀を見る。

「完全に再現できないなんて、面白い!」

 ロングヘアの少女は、心底楽しそうな表情で吠えた。相手との間合いを詰める。

 斬りかかるヤヨイ。

 ナツゾラは流れるような動きで力をそらし、刀でダメージを与える。

 ヤヨイは怯まず斬りかかる。剣は刀によってくだかれた。刀が迫る中、ヤヨイの左手にも発生する剣。ナツゾラをとらえる。

 しかし、刀を受けたヤヨイのゲージはからっぽ。

 戦闘不能になった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る