第6話 宣戦布告
五日って待つと長い。
私が天界に来てから五日過ぎ、召し使いたちの手もあって庭の手入れはそこそこ進んでいた。
五日前から二日かけて、庭を酷く見せていた朽ちかけの植物類は結局全て取り除いた。いつからこんなことになっていたのか、触れれば葉は崩れ、落ち、枝は折れ、幹はかすかす。処分する他なかった。
芝生も何もかもなくなった庭は土だけとなり、すっかりもの淋しくなってしまったところで、キアラン様がやって来た。
私が庭を再生させる新しい植物が欲しいという頼みを早くも果たしに来てくれたということで、天界内の配達事を担当している神様を連れていた。
その神様は大きなそりを幾つも繋げた乗り物に、大小の植木を元あった程度の本数を乗せてきて、召し使いが植木を軽々下ろしている傍ら、私に蒔けば一日で芝生が生え揃うという種、天界の花の種を何十種類かを渡した。
天界の植物は種を蒔けば花だって木だって短時間で生えてくる便利物。
さらにキアラン様は食料品も手配してくれたようで、地上から調達されたという十日分はもつ量をパン、野菜、果物、飲み物、調味料やらも召し使いにより軽々と神殿の中に運ばれていった。
神殿の台所を覗いていなかったけれど、覗いてみる必要がありそうだ。
パンを見ると急に空腹感に襲われたので、あとで早速頂こう。
仕事を終えた神様は帰り、キアラン様も「思い切りましたね」と庭を見て感想を述べ、「あと足りないものは?」と私に聞き私がないと答えると、「また来ます」と言い残し帰って行った。
私は召し使いたちと庭から見送った。
それから直ぐに植木の配置や花を植えるとはしなかった。
植木類を届けてもらったとはいえ、前と同じ配置にするのは何だかもったいない。ということで一度計画を練ることにし、土のに見取り図を描いていたら、召し使いの一人が紙とペンを持ってきてくれた。
これに書けということらしい。
「こっちの方がいいかな?」
「……」
「でも奥までの道は今まで通りの方がいいかもしれないね」
「……」
声での反応は返って来ない代わりに頷く、首を傾げる反応がある。
奥へ繋がる庭までの道は前に植木が沿って造られていたようにする線が強い。下に敷いてある石の道まで掘り返すまですることはないだろう。ちょっとくらい面影があるくらいがいい。
「奥の庭までの道の両側の植木は、前の位置通りっていうことで」
花が咲く植木にしよう。
どんな植木がいいか細かく言わなかったことで、色々と種類を持ってきてくれたようだから選ぶことは可能。
問題は……。
「……一気に届けてもらうと、ちょっと困るっていうことに今気がついた……」
廊下に座って見る前方は植木で埋め尽くされている。これでは動かす余地がない。
別の場所に運んでもらうんだった、と見ていると、見取り図(私の手製)を取り囲んでいた召し使いたちが顔を見合わせて、内二人が立ち上がった。
廊下から庭へ入ったと思うと、植木に手をかけて持ち上げる。
「え、あ、」
そのままどこかへ行く二人を目で追っていると、肩をぽんぽんと叩かれる。
「うん?」
残った召し使い二人がそっくりな顔で、私を見て、下を示す。
見取り図。
彼らがスペースを空けている間に続けようということだと分かった。
「ありがとう……」
私の計画性がないために申し訳ない。
召し使いたちは軽々運んでいるように見えるけれど、いくら天界のものといっても普通に重いのだ。私だって体力があるとは思っているのに、彼らのように疲れ知らずとはいかない。
彼らがあの場から動いてくれて本当に良かった。
新しい植物を入れる前段階の元の植物の撤去だって十分力仕事で、私一人であれば一週間あって廊下から見える部分が出来るかどうかだったろう。
そして五日経った現在。
見取り図は完成。植木の設置も出来てきた。芝生は完全に生え揃い、何と鮮やかな若緑かと感動した。
「あー芝生で寝転がりたい」
何て綺麗な芝生。
この綺麗さは何だ。枯れていた芝生を見ていた後だからか、それとも天界の芝生だからか。
良い色を出す芝生に、花は咲いていない植木。まだそれだけ。
緑が入っただけで、色の死んでいた庭に生命が宿ったように感じる。ここまで大規模に手を入れたのはさすがに前世含めてはじめてだから、五日で茶色だけの庭からの甦りようにパン片手に染々とする。
ちょっと一仕事した後、本仕事前に朝ごはん。柔らかいパンにも染々とする。おいしい。
パンがおいしいのでパンばかり食べていたら、召し使いたちがなぜか昨日の夜に突然スープを作ってくれた。おいしかった。
今日の朝もスープをそっと差し出してくれた。
久しぶりに働きはじめたから、反動で私の世話を焼いてくれているのだろうか。主がいないから。
アルヴァ様が帰って来ない。
五日とは、本来ならあれこれとしておけば気がつけば過ぎているような日数。それが待つと長い。
キアラン様は一ヶ月空けることもあるとか言っていた気がする。ときにはその倍以上の期間も、と。
これは気長にやるしかないと思う一方、地上の様子が気になる。
「……よし、やろう」
パンを食べ終わって立ち上がり、軽く伸びをして庭に入る。
召し使いたちを左右を見て探し、一度集まる。
「そろそろ花の種を蒔こう」
頷き。
「えーと……」
しゃがみこんで計画に記した花の種の入った小袋を探す。
種類が多過ぎて、何が何だか色ごとに分けてくれていることが救いだったレベルの多さ。
色で選んでみたけれど、ほとんど咲いてみて想像とは違う花が咲く可能性は十分な賭け。
まあどれにしろ天界の花だ。綺麗に咲くことは把握済み。派手になりすぎないといいなとだけ思う。
「これがあっちから蒔く花で、こっちが、」
小袋をいくつか見つけ、召し使いたちを見る。
「……どうしたの?」
召し使いたちはそれぞれ異なる方を見ていた。右、左、後ろ、前。
心なしか落ち着きが無い。そわそわとしている。
「何かあったの?」
二度目問うと、それぞれ違うタイミングで私を見る。
四人が互いに視線を交わす。
所在無さげにする。
その様子を怪訝に思い見ていた私の脳裏に、彼らが神殿の奥の隅っこにいたときがなぜか過る。
「もしかして、帰ってきたの?」
思い当たることを口に出すと、四人が一様に頷く動作をした。
私は立ち上がった。
アルヴァ様が帰って来たかもしれない。
召し使いたちに「ちょっとごめんなさい!」と言い残し、私が走った先はアルヴァ様の部屋。
途中から走ることを止め、足音を忍ばせてゆっくりその扉に近づく。
また緊張だ。
その部屋が彼の部屋だと知っている。変わらない扉、ドアノブ――触れると冷たい。
待っている間はそうでもなかったのに、心臓が打つ波がよく伝わってくる。鼓動を鎮めるようにノブを握り、扉を開いた。
「失礼します」
入ってから述べた言葉に返事はない。
部屋の内装も変わっていなかった。物はないわけではないが、調度品、装飾は必要最低限。
どこにいるのかと足音を忍ばせたまま入っていくと、部屋の奥のソファーに人影を見つけた。座っていればすぐに分かるので、横になっている。
アルヴァ様は眠っていた。たぶん。
ソファーの上に横たわり、ぴくりとも反応しないから寝ていると判断しただけ。
神様に睡眠は必要ない。睡眠は飲食と同じく趣味のようなもの。
それがここまで深い眠りになるものなのだろうか。私が近くまで行ってもアルヴァ様は瞼をぴくりともさせない。
(アルヴァ様はこんなに眠る
私が眠るついでというように寝ていた記憶もあるにはあるが、これだけじっと見ていて気がつかなかった試しはない。
部屋に入る前に五日前に向けられた目がちらついていただけに、私は何だか安堵した。
側まで行って、しゃがみ込む。
五日ぶりに帰って来たはずのアルヴァ様の姿は、戦場へ行っているかもしれないと聞いたわりには汚れていない。汚れているところなんて見たことがないから、汚れない可能性はある。
鋼色の髪の間から覗いた耳についた飾りが揺れる。銀色の鎖、鎖の先の黒い石。
顔を見ていると、よく分からない感覚が湧いてきた。懐かしさと、何か。胸にじんと来る。
ああどうにも前世の記憶を持っているだけ、とは言えないらしい。前世、この神様と関わったのは間違いなく私で、懐かしいと感じるのもそれゆえなのだろう。切り離せはしない。
だからこそ『新しい私』で会うことが怖く感じた瞬間があった。かつての『エレナ』だと会う道はない、シエラとして確かに違う人間としての道を歩みはじめていた私は、以前とは重なる点があっても異なる自分だと考えていた。
(でも、結局意味はなかった)
アルヴァ様はかつての私の記憶もないのだから。
完全に初めまして。それは予想外だった。
(まあ覚えていても、エレナとして会うつもりはなかったから……)
初めましては初めましてで、関係ないのか。
記憶がない彼。生まれ変わった私。ある意味やり易いのではないか?
問題はアルヴァ様を見ていると少しばかり懐かしさが勝手に湧いてきたりするだけで、これもきっと慣れるはず。
久しぶりに見たから、その影響で最初だけ。
「それよりの問題はどうやってアルヴァ様を留めるか、かな」
問題は次から次へと出てくる。
本当にアルヴァ様は地上に戦をばらまいているというのだろうか。以前の彼を思うと、まだあまり信じられていない。
どうして彼は、何のために地上へ下りるのか。
(いや、それはそれ)
今は方法。
アルヴァ様が帰ってきた以上は庭の整備より、アルヴァ様を地上へ降ろさないことと、降りるとしても元々争いが起きている戦場とか、新たに戦を起こさないような場所に降りてもらわなければ。それか長居しないようにしてもらうとか。
(ここにいてもらう方法……方法……)
思いつくことといえば、地上へ行く隙が出来ないようにつきまとうことくらい。期間如何によってはとんでもない鬱陶しい行為になるが、背に腹は代えられない。
(うん、まあその内良い案が出てくるかもしれないし……っ!?)
手首を掴まれた。
思考に沈み表情を難しくさせていた私は、一気に驚き顔を弾き上げる。
「あ」
いつから、と心の内で呟いた。
ソファーに寝そべっていた神様が目を覚まし、黒い目を私に向けていた。黒い目と視線が直にかち合い、逸らせない。
無言で見られること、どれくらいか。
起きたアルヴァ様は手も離さず、私の姿を捉え続ける。何か、探るようにも見えなくはない。
「あ、あのー、えぇと、おはようございます?」
あまりに続く沈黙にとっさに言えたのはこれで、もっとどうにかならなかったのかと自分でも思う。
「お前は」
「はい」
「お前は、何だ」
思えば誰だと聞かれたことはあっても「何」だと聞かれることは中々ない。というかあったことがない。
これは神様や召し使いではないことを問われているのだろうか。
聞かれ方に考えた時間はわずかで、私は微笑んだ。
「名前はシエラと言います」
取った手段は名乗る。
私と彼は初対面、そして私にはここに来た理由がある。始めようではないか。
「単刀直入に言わせてもらいますけど、地上へ降り、争いをばらまくのを止めてもらってもいいですか」
「何だと?」
「地上へ下り、戦の範囲を広げる行動をやめてもらいたいと言いました」
聞こえなかったわけではないだろうが言い直したら、目の前の神様の表情が険しくなる。
「俺の存在意義に文句でもあるのか」
戦を司る神。
いいえと私は首を横に振る。存在意義自体に文句はない。
「故意に戦を起こさなくとも支障はないはずです」
戦を起こし、場合によっては意図する側を勝たせることが出来る。しかし本来は絶えず世に起こる戦や争いを見守るのだと教えてくれたのは他ならぬ彼だ。
「そうですよね?」
言うと、アルヴァ様は険しい表情に僅かに困惑した色を混ぜたように見えた。
彼がこんな表情をしていたところは見たことがあっただろうか。私が覚えているのは笑みを浮かべた顔ばかりだから、困ったものだ。
知らない表情はあまり良いものとは言えず、少し悲しくもある。
笑った顔をもう一度見たいかもしれない。
そうだ。戦をばらまくことを止めてもらうことに加えて彼の笑顔をもう一度。それを私の目標にしよう。
「私は、あなたが戦を起こすことをやめてもらうために来ました」
一種の宣戦布告、である。
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