第5章 因縁の終止符【2】
「はっはぁなるほど……どうやら僕は、天地さんにそうとう嫌われちゃってるみたいだね。やれやれ……自分で言うのもなんだけど、本当に罪な人間だね。女の子の心に、こんなにも巨大な憎悪の念を抱かせちゃうなんてさ」
あまりにも嘘くさく、そんなこと思っても無いような口調で鷺崎は答える。
しかし、その嘘くさい口調すらも俺達を翻弄し、欺くための罠なのかもしれないと思うと、油断ならない。
そういう意味ではこの男、かなり口上手なやつだ。
「はあ……まあ僕自身、もうこの街には用済みだし、別に自分で去ろうが、追い出されようがどっちだって構わないんだけど、でも僕としては気になるものが一つだけある」
そう言うと、鷺崎はその場でぐるりと右回転し、俺と天地の居る方へと顔を向けた。
「僕を追い出すということは即ち、僕を追い出せるだけの何かを天地さんは握っているってことだよね?一体それが何なのか、分からず屋の僕にご教授願いたいのだけれど?」
それは、自信満々の笑顔だった。そんなものあるはずがない、ただのハッタリだという、鷺崎の自信が表情に浮かび上がっていた。
勿論天地も、ここに鷺崎と穏和な交渉をするために来たわけでは無いのだろうし、鷺崎を徹底的にこの街から排除するのであれば、そんな生ぬるいものでは到底不可能であることは、俺なんかよりも天地の方が熟知しているところではあるだろう。
そうなると考えられるのは、脅し。
鷺崎にとって、何か不都合な情報を天地が手にしていれば、ヤツは有無を言わず早々にこの街を出て行くだろう。なんせ情報というものの怖さを誰よりも知っているのは、その情報で飯を食っている鷺崎なのだから。
しかし俺はその内容というか、そんな情報を持っているかどうかすらも、天地からは聞いていない。
天地はただ、一緒に居てくれと言っただけで、俺もコイツを信じるために、あえて何も訊かなかったから。
でも、鷺崎は当然だろうけれど、俺も気になる。天地が握っている、鷺崎の弱点。
「おい天地……別にお前を疑うわけじゃないけど、鷺崎の言う通り、お前何か情報を握ってるのか?」
「……岡崎君、あんな詐欺師の言葉を真に受ける必要はないわ」
「でも……」
「大丈夫、わたしには
「魔封波って……それ、ある意味自分も死にかねないようなものってことだぞ」
「まあ……そうかもしれないわね」
「そうかもしれないって……」
ここ数ヶ月で養われ、ここ最近異様にその力を発揮している俺の嫌な予感が、またしても自身に何かを告げようとしている。
しかしここが俺の駄目なところであり、嫌な予感がするにも関わらず、それがしたところで、一体俺がどのような行動をとればいいのか、それが分からないのだ。
そして今回も、考えてる間に俺の悪い予感は、早くも的中してしまった。
「鷺崎、もし次この街に近づくことがあれば、わたしはあなたと共に地獄に落ちるわ。それがどういう意味か、あなたには分かるはず」
真っ直ぐと睨みを利かせながら、天地は鷺崎に告げる。
するとその刹那、鷺崎の表情から、今しがたまであった胡散臭いニヤケ面が消えた。
「ほう……共に地獄に落ちるか。そのためには、自分の身を切ることも惜しまないと?」
「ええ、そうよ」
「はっは~……なるほど、そこまでの覚悟があって、天地さんはここに来たってことだね。なるほどなるほど……となると僕は、それ相応の対応を取れていなかった、言ってしまえば的外れな態度を取っていたってわけだ」
腕組みをし、数回一人でに頷くと、鷺崎は何かを思いついたのか、まるで嘲るように口の端を吊り上げ、胡散臭い笑みを浮かべてみせた。
「でも、僕以上に的外れな人物がここにはいるよね天地さん?僕と天地さんがどんなことを仕出かしてきたか、無垢なほどに無知な人間が一人ね」
そう言って鷺崎が視線を向けたのは、俺だった。
そう、俺は何も知らない。それこそ鷺崎が言うように、純真無垢なほどに何も。
「そういえば岡崎君と天地さんは付き合っているんだよね?じゃあお互いのことを知っておくためにも、というか、岡崎君だけが知ることになるんだけれど、僕と天地さんが二、三年前にどれほどの悪行を働いていたのか、そのことを話しておいた方がいいかもしれないね?」
「二、三年前の……悪行?」
二、三年前となると、つまり天地や俺が中学生の頃ということになるだろうか。
その頃の天地は確か、学校にはあまり登校せず、父親の後をずっと着いて回っていたというのは以前、神坂さんや天地本人からも聞いているところではあるが。
「そう、天地さんが中学の頃、父親に付きまとっていた頃のことだね。どうやら岡崎君は、結構天地さんのことを知ってるようだね?感心、感心!話を進めるうえで、非常に助かるよ」
まるで感心してるようには見えない、口だけということがいかにも見て取れるようなニヤケ面をする鷺崎。
「じゃあ岡崎君は何故、天地さんがずっと父親の周りをうろうろしていたのか、その理由を知っているかな?」
「理由は確か……父親の会社経営のやり方を理解するためとか、そんなんじゃなかったかな」
「ふぅ~んなるほど……天地さんは、そんなことを君に言っていたのか」
苦笑いに近い、含み笑いをする鷺崎。
まるでそう、しょうもない嘘に欺かれた、憐れな人間を見下すかのようなせせら笑い。俺にはそんな風に見えた。
「まあ最初はそうだったのかもしれないね、初期の内は。だけどね岡崎君、人間はそんなに上品で綺麗なものじゃないんだ。誰の心にも嫉妬や恨み
恨みを剥き出しにしている……それは多分、本当に最近まで天地はそうだった。
父親と離縁し、ずっと父親に復讐することだけを目的に生きていた天地だったが、その考え方が七夕の日のあの夜に改められたのだ。
鷺崎は得意げに語っているが、それくらい俺だって知っていることだった。
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