第2章 枷を負った少女
第2章 枷を負った少女【1】
終業のチャイムが鳴る。
帰りのホームルームが終わり、五組に居た生徒達は次々と教室を出て行く。
一人で帰る者、友達と共に、これから始まる夏休みについて団欒しながら帰る者達と、様々にこの教室を出て行く。
ちなみに俺の後ろの座席の住人、天地はホームルームが終わると同時に、教室を走って出て行ったわけで、その理由は明日からの合宿の準備をする為だとかなんとか。
あいつの行動力は本当に、目覚ましいものがあるというか、思い立ったが吉日ということわざを、そのままその通りに実行できるやつだからな。
でも、そういう人間じゃないとおそらく大物っていうのにはなれないのだろうな。
即時行動、チャンスを逃さない。
そんな人間こそが、大物になれるチャンスを得られるわけで、俺のような凡人はまず行動には移さず、様子を見てしまう。だからその内に、チャンスは遠退いてしまっている。
手に出来るはずのものを、手に出来ない。
天地は多分、そういう事を理解している上で、即時行動を心掛けているのだろう。なんせアイツの将来狙っているものは、それこそ大物も大物。
大企業、天地電産のトップなのだから。
そういう事もあって、俺は通学鞄を肩に掛け、一人五組の教室を出て行く。と言っても別に、今日は一人で帰るわけでは無い。
何故なら俺は、これから天使のお迎えに上がらなければならないのだから。
俺は三組の教室の前へと向かい、廊下で待機する。どうやらこちらのホームルームは今終わったようで、教室からぞろぞろと三組の生徒達が出て来た。
「あれ?チハ、どうしたのこんなところで突っ立って?」
俺は神坂さんを待っていたのだが、その前に俺のところにやってきたのは、徳永だった。
「ああ……いや……」
俺は、徳永からのその問いに対して、解答を返す前に、朝の神坂さんの姿が脳裏に
神坂さんは俺と共に下校することを、徳永の前では一切口にするどころか、意図的に隠しているように見えた。
それが一体何故なのかと問われれば、そんなこと俺に訊くなと言い返したくなるというか、むしろ俺が教えて欲しいくらいなわけなのだが、とにかく、神坂さんがそうしていたように、俺も徳永には、この事は伏せていた方がいいのではないかと、そういう自己判断を下したのだ。
しかし徳永は旧知の仲であり、俺のことをよく理解している。それも、手に取るように。
そんな相手に、果たしてどのような嘘を吐けば誤魔化せられるだろうか……などと、じっくり考えている場合ではない。時間を掛ければ掛けるほど、怪しまれるのはお定まりの心理。
そろそろ答えねば、タイムオーバー。こうなれば、一か八かだ。
「えっと……実はさ松崎先生に用事があってな。その……昨日の数学の課題を出し忘れて、再提出を受けていたんだ。だから、今から出そうと思ったんだけど……」
「ああ、なるほど松崎先生にね。先生なら、もう教室には居ないよ。多分職員室に行ったんじゃないかな?」
徳永は特に表情の色を変える事なく、別に俺を怪しむ事もなく、ただただ普通に三組の担任教師であり、数学の教師である、松崎先生の行き先を俺に教えてくれた。
どうやら無事、騙し
というのも、これは俺の失態でもあり、徳永のファインプレー(俺にとってはバッドプレイだが)でもあり、俺がこの嘘を突き通すには、今から課題を提出する
まったく……後先考えずに、下手な嘘を吐くからこうなる。
嘘は自らを守る為の盾であるはずなのに、それで自らを傷つけてどうするというのだ。
本当に、嘘を吐くのが下手だな俺は……。
「そうだ、そういえば僕、今から生徒会の用事で職員室に行かなきゃいけないんだけど、よかったらチハ、一緒に行くかい?」
絶体絶命。自縄自縛とはまさにこのこと。
いや、この場合は自縄自爆だろうか?
いや、今はそんな事どうだっていい!もしこのまま職員室へ向かう事になれば、俺は在りもしない課題を提出しに行かなければならなくなる!
何か……何かこの事態を切り抜けられる法螺は無いものか……。
「ああ……あっ!そうだ!その提出する課題教室に忘れたんだった~!ってことでスマン徳永、俺はちょっと教室に戻らねばならなくなった!」
「えっ……!」
思い掛けない俺の切り返しに、流石の徳永も度肝を抜かれたのか、動揺していた。
だがこれは好機、ここはもう、このまま振り逃げるしかあるまい。
「それじゃあ徳永、また今度会おうぜっ!」
そう吐き捨てるように言って、俺は踵を返し、もう一度五組の教室へとダッシュで戻る。
止められる言葉を、かけられる余裕が無いほどに、瞬時に、俺はその場を逃げ去る。
まあ、天地の走力には劣るものの、俺だって一応元野球部員。そこそこの足は持っていたわけだ。
すでに生徒達が全員出て行った後の、五組の教室へリターンした俺は、一応徳永が追いかけて来る可能性を警戒し、自分の座席付近まで戻りながら、背後に気を配る。
追いかけては来ない……撒けたのだろうか?
さらに念を押して、俺はその場で二、三分ほど、様子見の待機。あいつも生徒会の用事があるのだから、これくらい待っておけば、三組の教室の前からは居なくなっているだろうと踏む。
時が経ち、俺は五組の教室扉からそっと廊下を窺う。俺の視認できる範囲では、徳永の姿はもう無くなっていた。
しかしその代わりに、神坂さんが廊下に出て、右往左往している様子が見て取れた。もしかしたら、俺を探しているのかもしれない。
神坂さんを待たせるわけにはならない、というか、もう待たせているが、それならば急がねばならない!
俺は徳永から逃げた道を、もう一度ダッシュして神坂さんの元へと向かう。
「神坂さああああああああんっ!」
俺は声高く、右手をブンブンと大振りに振りながら廊下を颯爽と駆け巡る。
周りで見ていた生徒は皆、目を丸くしていたが、そんな事は関係無い。俺の目には今、神坂さんの姿しか写っていないのだからな。
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