第3話 ロシアンボトル【6】
その後の事を、少しだけ話そうか。
あの後天地は数回程(その数回とも全部俺の手を使って)、口を濯いだ後、何とか普通に喋れる程度まで回復する事が出来たのだが、教室に戻ると、俺の指示で自販機に買い出しに行っていた早良が教室に戻っており、俺の机の上には十個ほどの紙パックの牛乳が置かれていた。
その光景に、思わず絶句。
早良に財布を返され、中身を見ると空に。どうやら俺の手持ちの財産は、目の前の牛乳の束に等価交換されてしまったようだった。
流石の俺も、これには口が利けなくなる程のショックを受けたのだが、これは自分の責任だと、天地が牛乳を俺から全て買い取り、更にこんな過剰な量はいらなかったと早良がその半分を天地に手渡し、なんとかお金の問題の方はその感じで落ち着いた。
しかし、もう一つ処理しなければならなかった問題は、目の前にある大量の牛乳である。
辛さを抑え込む為に天地が二つ飲み干したのだが、なんといっても牛乳、そんなに大量に飲めるはずも無く、かと言って、教室に冷蔵庫などの牛乳を保管しておく場所など無い。
ホームルームの時間も近づいていたので、俺と早良が急遽二つずつ飲んだ後は、早良の計らいで、なんとか他のクラスメイトに四つの牛乳を手渡す事に成功し、ホームルームまでには全ての問題を納める事が出来たのだった。
そしてここからは、そのロシアンルーレットが行われた日の昼間の話である。
今日は五日学校がある内、二日設けられた、天地との二人での食事の日でもあった。
しかし月曜日ではなく、水曜日であったため、天地の手作り弁当は無く、母親の手作り弁当を手に持ち、俺はいつもの場所へと向かった。
屋上。今更言うのもなんだが、本来生徒の出入りが禁止されている、禁断の場所。
その場所で、今日も二人での秘密の昼食会が開かれる。正直、まだ誰にもばれていないのが奇跡だとも思える。
「来たわね、岡崎君。こっちよ」
いつも通り、天地は俺よりも先に屋上に到着しており、俺が来るのを待っていた。
待つのは良いが、待たせるのは嫌いらしい。
俺はいつも通り天地に誘導されて、いつも通りの屋上の座る場所へと向かい、いつも通り右側に腰を掛けた。
現在は梅雨のど真ん中、雨は降っていないものの、空は一面灰色の雲に覆われて、ぐずついているように見えた。
「天地、もう口の中は大丈夫なのか?」
朝の激辛スープの後遺症は著しいものであったらしく、授業合間の休み時間も俺は気に掛けていたが、毎時間天地は水を飲みながら舌がヒリヒリすると言っていたのだが。
「ええ、もう大丈夫。あれから四時間ちょっと経ったから、さすがに状態も安定してきたみたい」
「そうか……そりゃよかった」
天地は自分の弁当箱を開け、平然と野菜を食べている。やせ我慢ではなく、本当に大丈夫のようだった。
「でも、まさかわたしが当たるなんて想定外、考えの蚊帳の外だったわ」
「いやいや……確率は五分五分になってたんだ、想定しておけよ」
「確率はそうね、でも生まれ持っての運なら岡崎君には勝ってるとは思ってたのよ、ミドリムシとミジンコくらいの差で」
「どちらとも微生物単位の運しか持ってないってわけかよ……それはそれで悲しいな」
ちなみに今回で言うなら、俺がミジンコで、天地がミドリムシだろうか?運の大きさ的に。
「それに流れを掻き乱されたっていうのもあるわね。完全に崩されたわあの委員長に」
「流れっていうか、それただの確率操作だろ?早良が入らなかったら、完全に俺が不利になっちまってたのは明白じゃないか」
「チッ……予想以上に利口だったか」
「腹黒っ!てか、俺をどこまで下等に評価してるんだお前はっ!!」
初めてだった、女の子に舌打ちをされたのは。
思いの外、傷つくもんなんだな。
「まあでもそうね、詐欺がばれたら詐欺師になるように、イカサマもばれればイカサマ師になっちゃうものね」
「本物のイカサマ師はあんなバレバレな事しないだろ。それに、詐欺をすればその時点でそいつは詐欺師だ」
「そうでもないわよ岡崎君、この世にはばれなきゃ犯罪じゃないって言葉もあるくらいだから」
他人から言われればとんでもない危険思想だと分かるが、生憎、以前俺もこの屋上を出入りしている事について、全く同じ言葉を連想させたので、結局俺も同じ穴の狢だった。
「しかし大事には至らなくて良かったな。あのソース、瓶の半分入れたら本当に人ひとり殺しかねないもんな」
「そうね、本当は処理に困ってたから、一気に四分の一くらい使ってやろうと思ってたけれど、三滴ほどしか垂らさなくて、あの時、容赦という言葉に気づいたわたしを称賛しないといけないわね」
それ、完全に自画自賛なんだよなぁ……。
てか、処理に困るような物をお土産で買って来るなよ。圧倒的に自爆行為じゃないか。
自分を褒めたり、爆発させたり、ホント見ていて飽きない奴だ。
「ところで岡崎君、保留にしていた問題、その問いの答えはまだ出ていないのかしら?」
「保留にしていた問題?……ああ、ゲームをする前のあれか」
天地が赤裸々になるはずも無く、突拍子に告白された誤魔化し問題。
天地が最初、俺と出会った時に実験だ論文だ言っていたあれの事である。あれは全て、誤魔化し、方便だったと天地は俺に告白した。
しかしあの中に『本音を誤魔化した部分』があるらしく、その部分について答えよという、記憶力を試されつつ、まるで現代文の問題のようなものを天地から出されていたのだった。
危うく、忘れるところだった。故に、まるっきし考えてなどいなかった。
「スマン……正直に言うと思い出せないってのもあるし、あのゲームの事で頭が一杯だったから考えても無かった」
「そう、ならいいのよ。思い出さなくていいから」
一喝されると思ったら、一転、思い出さなくていいと言われた。
いつもの天地のパターンと違う……どうやら本当に本気で思い出されると恥ずかしいことなのかもしれない。
これはやはり、なんとしてでも、脳改造手術をしてでも思い出さねばならないな。俺の中での生涯の目標が、ここに一つ出来上がった。
「さて、どうしましょうね」
「どうするって何が?」
「明日よ、明日のゲームは何にしようかしらねってこと」
既に天地は明日の事を考えていた。
どうやら天地の中では、ゲームブームが起こっているらしい。一言目で『イタズラ』ではなく『ゲーム』という言葉が発せられたのだから、間違いないだろう。
まあ俺としても、イタズラよりかはゲームの方が助かる余地があるので、しばらく付き合ってやろうと思っているところだ。
とりあえず……確率操作だけは目を光らせておかないとな。
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