第2部 青春の続き篇
第1話 ランチタイムにて
第1話 ランチタイムにて【1】
ある約束を、俺はふと思い出した。
いつしか約束した
今はもう五月の中頃過ぎ、その約束をしてはや半月くらい経ってしまったのだが、それまでに徳永と神坂さんと会う機会も十分にあった(というか登校時と昼食時に毎日会ってる)のだが、当の二人もその話は全くしてこないので、俺自身もその約束をうっかり忘れ去っていたというわけだ。
では何故今になって思い出したのかと言うと、その原因は隣人とのこんな会話がキッカケだった。
「ねえ
朝一番、天地とのいつもの会話の中から俺はその事を思い出したのだ。
ちなみにこの日のイタズラは、いつの日にかやった感電ガムの劣化版、パッチンガム。非常に原始的だが、指の付け根がジンジンと痛み、ともあれあのパッチンの刺激が、もしかしたら俺の記憶を呼び出す良い刺激になったのかもしれない。そう信じたい。
「まあ、いるにはいるが。そういえば二人がお前とお昼を食べてみたいとかなんとか以前に言ってたな」
俺の言葉にふうんと一言言って、しばらく澄ました顔で正面を見る天地。何か考えているのだろうか。
「そう、わたしとお昼を……」
「そうだ、食堂で昼飯をな」
「そうなの」
「ああ、そういうことだ」
「そうだったんだ」
「……そうだ」
「はい岡崎君の負けね。『そうだ』を二度使ったわ。罰金は千円でどうかしら?」
「あっきたねえ!てか、何で変なゲームがいきなり始まってるんだ!それに、掛け金ってのは勝負の前に設定するのが世の常識だろっ!」
「勝った人間の言う事が全て正義という世界もあるわ」
「そんな世界滅んじまえっ!!」
どっかの地下世界なら有り得そうな気もするが、ここは地上世界、法という名の秩序で保たれている世界だ。そんな傍若無人は許されるはずがない。というか、俺が許さない。
「まったくピーピーピーピー、生まれたてのヒヨコでもそんなに鳴かないわよ岡崎君」
「俺はもう十分成熟してるよ。それに人間はピーピーなんて鳴かない」
「そう、じゃあピョーピョーかしら?」
「とりあえず俺を人類の枠に入れてくれないのか!?」
「審議却下」
「検討くらいしろよっ!!」
あーもう、話が一向に進まん。まあ……いつもの事だが。
「お昼ご飯、いいわよ一緒しても」
だが、天地はまるで今までの会話の流れをぶっつりと切断し、会話の完結部分だけを的確に、唐突に言ってのける。まるで、その合間の会話が不毛であったかのように……というか不毛だったからこそだ。まあ……これももう、いつもの事だが。
「ただ、わたしそういう複数人の人と一緒に食事をするのって、小学校の給食の時以来なのよ。だから不慣れな所はあるかもしれないわ」
「ああ……そうか……そう……だったか」
天地魔白は、小学五年生を皮切りに天涯孤独の身となった。その年の五月に母親が事故に、十二月には父親と事実上の絶縁、中学になる頃には彼女の引き取り手の母方の祖父母も他界……その後は父親を追い続けるために学校を休み続け、友達も、知り合いすらもいない、本当の意味での孤独を抱いて、一人で背負って生きてきた。
そんな天地に、というのも失礼かもしれないが、一緒に飯を食べようなんて誘ってくれる人も、誘う人もいなかったわけで、そんなブランクを四年間も持っていれば、まあ不慣れな部分が出てしまうのは仕方の無い話だ。
勿論、相手は徳永に神坂さんと俺の友人なのだから、その点は会話をカバーしながら橋渡しするのは俺の役目なのだろうが、問題なのは、天地自身がそんな状況で楽しんでもらえるのか、そして俺自身が、その場をセッティング維持出来るようなマネジメント能力を備えているのか、それだけが不安だった。
「ちょっと心配ね」
「ああ、心配だ……」
「岡崎君に頼らなくちゃならないっていうのが心配だわ……」
「…………」
平然と言ってくれるよなホント。だけどそれ、俺も思ってる事だから。こういう時だけは、天地とはよく意気投合するんだよなぁ……なんだろう、弱みを握られているというか、弱点を見透かされているというか、そういう掌握されている感じがしない事も無い。
「なあ天地、俺ってそんなに思ってる事が面に出る人間なのか」
「急にどうしたの岡崎君?人生相談?自分の泥船の人生に愛想が尽きて、もう入水自殺したいなんて早まっちゃダメよ」
「人生相談するどころか、人生終わっちまってるじゃねえかそれじゃあっ!」
うむ、今のツッコミは我ながら良い切れ味だったような気がする。天地のボケもいい感じで分かりやすかったってのもあるが。
「そうね……面に出やすいとかそんなんじゃなくて、ただ単純に、思考回路が読みやすいという考え方もあるんじゃないの?」
「ああ……」
分かりやすいのではなく、ただただ単純という事か。それが良い事なのか、悪い事なのか……哲学的な事でも考えてれば、自然と難しい考えみたいな、そんな思考パターンを持つことが出来るのだろうか?
「そんな小細工したって、岡崎君は岡崎君以上の思考なんて一生持てないのよ。それに、わたしはちょっと他とは違うと思うし」
「ちょっと違う?どういう事だ?」
すると天地は変わらず、平然としたお澄まし顔で、まるで点と点を線で結ぶくらいの気軽さでこう言った。
「わたしはただ、あなたの事を理解しようとしてるだけだから」
俺の個人的主観から言わせてもらうと、こういう事はもっと赤面になったり、もどかしそうに言ったり、そんな感じにやってくれるのがベストだというのに、コイツは相も変わらず無愛想なほど何食わぬ顔で言ってくれるよな、こういう事をぺらぺらと。
まあ……コイツにはらしくて、そっちの方がいいか。そういうのはそうだな……神坂さんにやって貰いたいかな、個人的に。
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