第3章 天地魔白の秘密

第3章 天地魔白の秘密【1】

 天地あまちと昼食を共にした翌日、俺はいつもののっぺりとした通学路を歩いていた。


 後から気になって調べてみたのだが、生徒手帳のページに記載されてあった。生徒の屋上の利用は原則厳禁とする……と。


 天地の事だ、どうせ知ってる上で尚且つ呼び出したに違いない。幸い、屋上から出る時も他の生徒に見つかる事は無かった為、このまま沈黙を卒業の時まで続ければ、まんまと逃げおおせる事が出来るだろう。


 それに、この世にはこんな便利な言葉もあるからな。ばれなきゃそれは犯罪にはならない……と。


 まあ些細な事ではあるし、もし白日の下に晒されようとも休学や退学程の重罪にはなるまい。せいぜい厳重注意程度だろう……多分な。


 そんなこんなで、一年の初っ端から何かと業を背負っている様な気がしなくもない高校生活なのであるが、そんな色んな物を背負っている俺の背中をポンと軽く叩いてくるやつがいた。


「やあチハ、今日もうんざりするくらい天気がいいね」


「おはようございます、岡崎おかざき君」


 それは例にも漏れず、言わずもがな、先日と同じ様に徳永とくなが神坂こうさかさんのツーペアが並んで俺に挨拶をしてきた。


 俺も徳永にはぶっきら棒に、神坂さんには背筋を伸ばしてしっかりと挨拶を返した。


「ところでチハ、昨日はどうだったんだい?」


「どうって何が?」


「決まってるじゃないか、天地さんとのお食事だよ」


 どうせ徳永がこの手の話を朝の登校時に俺に振ってくるだろう事は、昨日の昼、食堂で事の発端を話した時から分かっていたさ。凡俗なやつめ。


「まあ、普通に弁当食っただけだよ。それ以上もそれ以下も無い」


「ふうんそうなんだ……あっだったらさ、今度天地さんも誘って、みんなで食堂でご飯食べようよ!」


「はっ!!?お前何でイキナリそんな飛躍した話になるんだよ!」


「飛躍だなんてオーバーな。僕達はチハの友達なんだし、また天地さんもチハの友達なんだから、お互い直接顔合わせって事でさ」


 何が顔合わせだ、そんなの俺をダシにして天地との仲を取り持つ事と何ら変わらないじゃないか。それに、天地自身もお前と仲良くなりたいと思うかは未知数だし、もし機嫌でも損ねたらそれを処理するのは俺なんだぞ?


「だからこそのチハなんじゃないか。ねっ?ここは穏便になるよう上手く誘ってよ」


 徳永の戯言を聞いて、大きな溜息を吐く。俺はお前の交渉人でも、ましてや天地のスポークスマンでも無いんだぞ。


「ふふっ……それに神坂さんも天地さんには興味あるみたいだからね」


「えっ……そうなんですか神坂さん?」


 神坂さんに尋ねると、神坂さんは小さく首をコクンと縦に振った。


「えぇ……まぁ……同じクラスになったのに中学の頃は一度も話した事は無かったので。もし機会があるのならば、ちょっとミステリアスな人だから話してみたいなぁ~とは思っていたんですけど……」


「へぇ……意外と神坂さんって交友関係を広げる方なんですね」


「いえいえ!そんな!交友関係を広げるって程にはお友達もいませんから……」 


 神坂さんは右手の手元をブンブンと何十往復も振り、否定の意を必死に俺に伝えようとしてくる。もしかしたらこの人、自身で交友関係を広げてるんじゃなく、周りが彼女を放っておけないから自然と関係が広まっていっているのではないかと、俺はそんな小動物の様な仕草をとる彼女を見て独断の解析をしてみた。


「まっ神坂さんの希望でもあるんだし、ここはひと肌脱いでくれよチハ?」


 徳永のやつ、神坂さんの頼みでは俺が断れないのを知って、敢えて彼女を引き合いに出してきやがったな。この策士め。


「……分かったよ、一応言ってみるだけ言ってみるよ。ただし一度だけだぞ」


 結局抗いの一つも出来ず、俺はまんまと徳永の策によって天地との交渉の第一線を張る事となった。おのれ徳永!……いや、鵜呑みにした俺も俺なのだがな。


 でも、やはり神坂さんの望みなら応えるしかなかろう。それが男ってもんだろ?単純と言われちまったら、それまでなんだけどな。


 それに、俺自身も天地にこんな誘いをして、アイツがどんな表情をするのか見てみたいという気持ちも僅かながらあったしな。


「ふふっ、モチロン一度だけでいいよ。何度もしつこく付きまとったりなんかしたら、それこそチハが今後困る事になるだろ?」


 ニヤニヤと何かを含んだ笑みをしてみせる徳永。コイツが一体、俺に何を求めているのかがさっぱり分からん。


「どうか無理はなさらずに……ちょっと天地さんって癖が強そうな方そうですし……」


 その見立ては正しい……というより、アイツは癖が強いの一言では言い表せない程の、頑固な汚れレベルの癖があるからな。でも神坂さんのご鞭撻により、俺の意気も天地に立ち向かえる程には高揚感も増したので、やれる所まではやってみたい。


 それに、天地も人並みの社交性は持ち合わせているようで、実際クラスの生徒と普通に会話をしている場面も見た事あるし、だから一応、誘いを露骨に拒否するって事は無いだろう。


 あれ……でもそういえばアイツ、他の生徒と話してる時は普通なのに、何で俺と話す時はとりあえず罵ってくるんだ?おかしくないか??


「それはチハ、きっと彼女はチハの事を心の許せる相手だと思ってるからそんな事が言えるんだよ」


「……何故お前はそう言えるんだ?」


「何故って……人間ってそういうものなんじゃないかな?」


 フッと、徳永はそう言って穏やかな笑みを浮かべる。そういえば天地も昨日、似たような事を言ってたっけか……あれは愚痴の話だったが、愚痴も罵倒も同じ様なものか。


 しかし何故天地の考えが徳永にも分かるのだろうか……それが俺には理解出来なかった。


 まったく……神坂さんは特別もって全くそんな事は無いと除外して、何故俺の周りにはこんな捻くれ者ばかり集まるんだ?


 と考えた所で、俺はある答えに咄嗟に辿り着いた。


 ……あぁそうか、俺も捻くれ者だからか。結局俺の周りには種類は多少異なるものの、同族同士がいつの間にか集まっていた事を、俺はその時初めて気がついたのだった。

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