第63話 断罪の朝!?
(やべぇ・・俺、やべぇ・・やべぇよ、これ・・やっちゃったよ)
俺は、とうとう踏み入れてはイケナイ道へ踏み込んでしまった。
まさか、ちびっ子相手に、そういう気分にはならないだろう?
いやいや、クラッと来てるけど、でも踏みとどまれるよね?
えっ?やるの?やっちゃうの?俺の守備範囲なの?
まずいって、このままだと取り返しつかなくなるよ?
ちょ・・頑張れ、理性っ!本気出せよ!
ぁ・・あっ・・
その肌理の細やかな柔らかい肌に香油で濡らした指を滑らせている間、俺は滾るような懊悩を抱えて苦しんだ。苦しんだんだ。
改めて言うまでも無い事だが、俺は極めて理性的な紳士だ。
ちびっ子の肌身に触れ、香油を塗ったくらいで理性が崩されるはずが無い・・はずが無かったのだが、密やかに漏らされる吸血姫の吐息と、微かに震える華奢な肢体が、俺の中の男の子を激しく動揺させ、ぐいぐいと煽り立てた。
もちろん、俺は全力で冷静になろうと努力した。
懸命の努力の果てなんだ!
俺は頑張ったんだよ!
別の事を考えようと視線を彷徨わせ、衣服が擦れて変な刺激を与えないよう少し前屈みになった。
だが、そうした必死の努力にも関わらず、俺の耐久値はグイグイと引き下げられ、頭の奥がボウッと熱く飽和して行くようだった。
それでも、俺は耐えようとしたんだ。
頑張ったんだけども・・。
吸血姫が薄く紅潮した顔に潤んだ双眸で見つめながら、
「とっても気持ちいいです・・お兄様ぁ」
囁くように熱い吐息を漏らしちゃったりするものだから、俺の中で何かが・・最後の防波堤っぽい何かが崩れ去ったんだ。崩落しちゃったんだ。
吸血姫、恐るべし・・。
いや、正直、もうその辺りからはよく覚えていない。
記憶に御座いません。
俺の中の別の誰かが突っ走っちゃったんだ。
つまり、俺じゃないんだ。
俺じゃない誰かが突っ走ったんだ。だから、俺は悪くないんだ。
(やべぇ・・)
俺達は床に倒れていた。
そう「達」なのだ。
一糸まとわぬ赤裸々な姿の、俺とちびっ子が床で抱き合って転がっているのだ。もう、色々と取り返しがつかない情景なのだった。
(・・ひっ、わわっ!)
不意に、静かな足音が聞こえた。
床に耳が着いていたから、やけに硬質にハッキリと響いて聞こえた。
この現場に、誰かが入って来てしまった。もう、どうしようもなくケダモノ的に乱れちゃった痕跡が残された生々しい現場である。
どうやったって、取り繕いようが無い。
不可避の一大危機である。
「ユート様・・」
そっと掛けられた声は、ヨミのものだった。
この瞬間の俺の中を吹き荒れた恐怖がご理解頂けるでしょうか?
心身を小さな震えが奔り抜けて、身体のあちこちが縮こまる感じがした。
実際、きゅっと縮こまった。
「ジルは眠りましたか?」
「・・・う、うん・・」
もう駄目です。このまま、雷撃地獄になっちゃうの?
地獄の耐久戦が始まるの?
「初めてのことで疲れたのでしょう。かなり体力を減じているようです」
なんだか、ちびっ子の事を気遣うような声音ですが・・。
物静かな、いつの通りの声のような気もしますが・・。
来るよね?嵐の前の何とかだよね?
これが、この世の見納めなの?
「そ、そう?・・はは・・あぁ、なんかね、よく覚えて無いんだけども・・うん、記憶がさ・・何て言うか、曖昧って言うか・・」
記憶が喪失ってやつ?そんな感じで何とかなりませんでしょうか?
こんな時、丸い子分は姿をくらませている。援護してよ?お前だって、勧めまくったじゃんか!ちゃんと、証言して?オヤブンを助けてっ!
「私が介抱しておきましょう」
慈愛に満ちた声音は、ウルのものだ。
俺はそうっと視線を巡らせた。
そこに、狐耳の美人さんまで立っていた。
「なんというか・・ジルを抱いちゃったんだけど・・いや、ヨミとウルから許して貰ったとか何とか・・そう聴いてね?本当だよ?」
「ふふ・・その子が望んだ事ですもの。ヨミとも話合って決めた事ですよ?」
「ぉ・・あ、ああ、じゃ、本当なんだ?二人の諒解を得たって・・」
俺、生きてても良いの?首と胴が離れずに済むの?灼かれなくて済むの?ちびりそうだったんだけど・・。
「ユート様には申し上げておりませんでしたが、ずうっと前からお願いされていたのですよ?」
狐耳の美人さんが、愛しげに微笑みかけながら、気を失ったままの吸血姫をそっと抱え上げた。
「・・そ、そうなんだ?」
「ジスティリアが、ユート様を想う気持ちは本物です。ヨミからもお願いします。どうか、この子を受け入れてやって下さいませ」
ヨミさんまでが、懸命の面持ちで依願してくる。
うん・・・どうやら、俺は生き延びたらしい。
ちょっと、何というか、香ばしい分泌物の飛び散った床上に裸で倒れている状況なんだけれども・・。暴走しちゃって、やり過ぎたんだけども・・。
とにかく、俺は赦された。
そうだよね?
俺がやっちゃった事は良かったんだよね?
「ま、まあ・・二人がそう言うんじゃ仕方無いんだけど、出来れば事前に相談して欲しかったかなぁ」
「申し訳ありません」
「いやっ・・ほらっ、俺の方も心の準備があるって言うだけで、別に責めてるんじゃないんだ。ちょっと、びっくりしちゃって・・」
腰に布を巻いて一息つけたところで、俺は改めて事情を尋ねてみた。
うちのお嫁さん達が、俺に断りも無く、大事な事を決めるのは・・たぶん、初めてのことだ。
・・・たぶん。
そうだよね?いや、俺が知らないだけで、他にいっぱいあるとか?
いやいや、まさか、そんなハズは無い!
二人の話を聴いてみると、その辺りを秘密にしていたのはジスティリアから懇願されていたからのようだ。どうやら、真っ向から申し入れて、俺に拒絶されるようなら、諦める・・という取り決めになっていたらしい。
(なるほど・・それで、全力でグイグイと来てたのか)
いつもは理知的で、とても聞き分けの良い吸血姫が妙に必死に食い下がった訳だ。
・・うっ
白絹の薄布で包まれたジスティリアが、ウルに背を支えられて双眸を開いていた。
薄く頬を染めながらも、瞬きしない双眸で、じっ・・と見つめてくる。
「あぁ・・その・・いきなり悪かったな、無茶をさせたようで・・」
腰に布一枚で、何とも格好がつかないが、とにかく優しく声を掛けてみた。いや、まあ、無理をさせた自覚はあるんだ・・。本当に申し訳ありませんでしたぁ!
「お情けを・・ありがとうございました」
目元を和ませるようにして、吸血姫が囁くように告げる。
くっ・・いかん・・またケダモノな血が騒ぎそうに・・。
『オヤブン ケツアツガ ジョウショウシテイル』
不意に、足元の影から丸い玉が出てきた。
「ちょっ・・アンコ、何処行ってた!」
『コイジ ジャマスル ウマニ ケラレル』
「馬って・・どんだけ古風!?」
『オヤブン シアワセ ジル シアワセ』
「お前ねぇ・・」
「はい、ジルはとっても幸せです」
『ミンナ シアワセ アンコ ウレシイ』
「・・むぅ」
上手いこと言いやがるんだぜ・・。
ピカピカ光って回るアンコを、ヨミが微笑を浮かべて撫でている。
どうやら、本当に赦されているらしい。
・・っていうか、みんな結託してましたね?
「以前に、ジルから香油を塗って欲しいとせがまれた折に、お断りになったでしょう?」
「うん?・・ああ、そりゃあ、あれは体中に塗るからさ・・そのぅ、まずいでしょ?」
そうだった。ジスティリアから幾度となく懇願されたが、なんだかんだと理由をつけて断っていた。ヨミからも、ウルからもお願いされたが、それでも断っていたんだ。
「ジルの事をご配慮下さったのは嬉しい事ですが、この子にはずいぶんと泣かれてしまいました」
ウルがジルの頭を撫でながら微笑んでいる。その腕の中で、ジルが白布に埋もれるようにして身をよじって恥ずかしそうに顔を隠した。
「そうだったのか・・」
「この子・・ジルも申したと思いますが、幼い姿身をしていても、ちゃんと齢を重ねた女なのです。これからは私達と同じように・・どうか御遠慮なされませんよう」
「ぅ・・うん、それは・・もう分かった」
吸血姫がちゃんと女なのは確認いたしました。
すいません。もう、色々と、ちょっぴり暴走気味に暴れてしまったんです。
いや、妙な秘薬とか使って無いですよ?ぎりぎり思いとどまったし・・。
でもさ・・。
背徳感って言うの?何か燃え上がっちゃってさ・・。
大変に満足したので御座います。
もう責任取るしか無いのであります。
「ヨミが第一夫人、ウルが第二夫人だから、ジスティリアは第三夫人になるんだけど・・・俺のようなのに嫁いで、本当に良かったのか?」
「ジルは本当に幸せ者です。これからは・・妻として、精一杯お仕え致します!」
「むぅ・・ヨミもウルも、それで良いんだね?」
二人に問いかけると、それぞれが微笑しつつ首肯した。
どうやら嘘偽り無く、本当に迎え入れるという事らしい。
・・宜しい。
ならば、迎え撃とうでは無いか。
いざとなれば、俺には秘薬がある。
二人が三人になったところで、まだまだ遅れは取らんのですよ。
『オヤブン ソトデ レナン マッテル』
アンコが、ふわふわ浮かんで近づいて来た。
「む・・?」
そう言えば、今日は出発の日だった・・かも知れない。
すっかり忘れていたけども、俺の城を建てる場所を探す旅に出るのだ!
世界平和のために!
そう、世の人々を救済するために!
「あぁ・・湯を使ってから行くから、少し待つように伝えて」
さすがに、このままでは出て行けない。汗とか色々と分泌したし、ここは自慢の温泉に浸かって行くべきだろう。大人の礼儀というものだ。
『ワカッタ ツタエテクル』
「うむ、頼んだぞ」
俺は黒い玉をぺちぺち叩いて送り出すと、部屋の奥にある湯殿に向かって歩き出した。
「ご一緒させてください」
右にヨミが並び、左にウルが寄りそう。
「ジルも・・良いですか?」
ウルに抱えられたままの吸血姫がじっと見つめてくる。
「当たり前だ。もう、俺のお嫁さんなんだからな。一緒に入ろう」
俺は笑いながら、ウルが抱えていたジスティリアを受け取った。
ひとまず、みんなで一緒にお風呂に入ろう。
身体の洗いっこでもして一息ついたら旅の仕度だ。
世界が俺を待っているんだから。
たぶん・・。
(まあ、風呂に入るくらいの時間はあるだろう?そのくらいで滅んだりしないよね?)
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