第50話 再会のお花畑

『オヤブン ゲンキ?』


 いきなり、懐かしい音声と共に、アンコが姿を現した。


「おぉっ、アンコ!こっちに来れたのか!」


 俺は大急ぎで黒い玉を抱き寄せて、ぺちぺちと表面を叩いた。


『オヤブン ゲンキ アンコ ウレシイ』


「うむ、俺は元気だぞ」


 アンコを抱えたまま、俺は周囲を見回した。


 うん、元気なんだけども・・。

 ちょっぴり寂しかったんです。


 骨も死骸も居なくなった真っ暗闇で、ぽつんと独り、骨の玉座に座ってたんです。

 おうちに帰れなかったんです。


 だって出口とか無いんだもの。

 というか、果てしなく床が続いた闇色の世界なんですよ?どうしろって言うの?

 俺は治癒が専門なんです。

 結界がぁ・・とか、そういうのはウルさん達の専門なんです。

 もうちょっとで骨の玉座を泪で濡らすところでした。


 一人で歌を歌ったり、無駄に水乙女を召喚したりして一緒に踊りを踊ったりしたんです。

 でも、とっても虚しくって・・。


『オヤブン カゲ ツナゲタ』


「おっ!?そうか・・じゃあ、ここから出られるんだな?」


『ミンナ ソト キテル』


「よし・・会いに行くぞ!みんな、寂しがっているだろうからな!」


 ああ、やっと会えるのだ。夢にまで見た美人さん達に・・。

 長かった。本当に長かった。


『オヤブン ナイテル』


「汗だ!」


『メカラ アセデナイ』


「俺は出るの!」


 アンコを抱き締めたまま、俺はアンコの指示に従って影の中へ飛び込んだ。

 

 出来て良かった影遊び・・。

 アンコの遊びに付き合って影に潜れるようになっておいたのは正解でした。

 ちょっとドロッと重たい感じの影の中を泳いでアンコに案内されるままに浮かび上がって見ると、赤茶けた薄暗い大地が広がる丘の上だった。丘にある大きな岩の影に繋がっていたらしい。


「お・・あぁ」


 外は、とっても大変な事態になっていた。

 薄暗いのは、たぶん夕暮れか、早朝だからだろう。

 ただ、地面が赤茶けているのは、どうやら、うちの嫁女達がブチ切れて灼き払ったかららしい。


 なぜって?


 現在進行形ですから・・。

 薄暗い空に、無数の狐火が浮かび上がり、紅蓮の炎を周囲へ撒き散らしている。

 上空を逃げ散る翼のある人っぽい何かが灼かれて炭化し、巨石の巨人が何かで殴られて粉砕して消える。

 遠目にも巨大すぎるトカゲっぽい怪獣が青い光線に貫かれて蒸発し、天空から無数の紫電が降り注いで大地を撃っていた。


「アンコ・・ここって、どこ?」


 俺は、ちょっぴり震える声で訊いた。


『マカイ マゾクノ セカイ』


「・・そうか」


 良かった。違う世界で・・。御免ね、魔族さん。

 

 仕方無いよね?

 だって、俺にはもうどうしようも無いんだもの。

 うちの嫁さん達を怒らせた魔界の誰かが悪いんだから・・。

 ああ、あれか。たぶん、悪いのは骨の人かな?あの骸骨が俺を召喚拉致とかしちゃったからだよね?

 俺は悪くないぞ?

 

『オヤブン マカイ タスケル』


「無理で~す」


 アンコの無茶ぶりに即答する。断固拒否だぜ!


『マカイ セイメイジュ アル コマッテル』


「・・・ぇ?」


 何か、聴かなければ良かったような情報が・・。

 アンコさん、非道いです。

 だって、俺は生命樹にはいっぱい恩恵を受けているんですよ。恩義が山盛りなんですよ。


『ダイチ シヌ セイメイジュ カナシイ』


「くっ・・生命樹のためなら仕方無いのか」


 しかし、あの現場に近づこうとすれば悲惨な未来しか待っていない気がする。いや、回復しますよ?治癒だって出来るから死にはしないと思うけども・・。

 死ぬほど痛い思いをするでしょう?

 本気で死にそうになるよね?


(でも、生命樹のためだからな・・)


 やるしかあるまい。

 今こそ、暴れん坊な嫁女達に家長の威厳というやつを見せつける時だ。

 ・・家長は、俺?


『オヤブン イソグ』


「分かってるから!び、びびってなんか無いんだからねっ!」


 俺は半ばやけくそになって、両手を頭上へ振り上げた。そのまま灼き尽くされた大地めがけて両手を振り下ろす。


「法円展開っ!」


 叫ぶように宣言をする。黄金の魔法陣が大地へ広がっていく。


「召喚っ!秘密の花園!」


 一瞬の間をおいて、大地が芳しい草花で覆い尽くされていった。


「多層法円展開っ!」


 黄金の魔法陣が草花の下を大地の奥底へと浸透展開されていく。


「顕現せよ!豊穣なる大地っ!」


 大地も治すんだぜ、俺の治癒術は!


 知っていますか?ウルの狐火で灼かれると土地が呪われるんですよ?もう何年も草木の一本も生えない死の大地になるんです。ちょっと灼けちゃったぁ・・じゃ、済まないんです。それを見事に治した俺を褒めてください。


「よしっ!アンコ、拡声器だ!」


『ワカッタ オヤブン』


 黒い玉が俺の口元へ浮かび上がってくる。


「""あぁ、あぁ・・聞こえますかぁ~?ヨミぃ~?ウルぅ~?ジルやレナンも居るかぁ~?えっとぉ・・まあ、そのくらいにして、俺を迎えに来てくれないかなぁ~?ほら、久しぶりにみんなの顔を見たいなぁって・・あはは?""」


 俺の声が、アンコによって拡声されて響き渡っていった。


「どう?聞こえたかね?」


 俺はそっとアンコに訊いた。


『ハカイ トマッタ』


「おっ?おぉ・・」


 言われてみれば、空を埋め尽くさんばかりの狐火は消え去り、雨のように降り注いでいた紫電が止んでいた。


『オヤブン モウヒトイキ』


「よ、よし・・""こっちだぁ~!見えるかぁ~?いっぱい花とか咲いてるでしょ~?みんな、おいでよぉ~""」


『ミンナ ミツケタ』


「おお、良かった。生命樹は?」


『ダイジョウブ オヤブン アリガトウ』


 アンコが光りながらクルクルと回る。


「なぁに、良いってことよ!」


 俺は黒い玉をぺちぺちと叩いて胸を張った。


 直後に、金と銀の奔流が術光を纏ったまま飛び込んできた。

 すらりとした細身に伸ばした銀髪が美しいヨミの姿に俺は思わず息を呑み、黄金の髪と柔らかな肢体をしたウルに見惚れる。


 何か色々言おうと思っていたのに、何だか声にならないままに俺は二人を両手で抱き寄せた。

 ああ・・闇城に閉じ込められたまま、何度、この感触を夢見ていたことか・・。

 もう妄想と現実の区別もつかないくらいに求め続けていた、この素晴らしい感触・・。

 わずかに間を置いて、ジスティリアやレナンが駆けつけてくる。

 みんなの顔が悦びに満ちて輝いている。


(まさかの夢オチ?・・実はまだ闇の中に居るとか?)


 いやっ、そんなはずは無い!

 俺の指が本物だと教えてくれている。しっとりと指を沈ませる肌身の柔らかさが、その温もりが香りが俺の男の子をしっかり刺激してくれている。


「ヨミぃ~、ウルぅ~」


 ぐいぐい抱き絞めながら俺は二人を一面に咲き乱れた草花の上に押し倒した。

 2人とも抵抗せず、されるがままに花の絨毯に倒れ込む。

 そのまま、抱き寄せた二人の胸に顔を埋め、ぐりぐりと頭を振って柔らかい膨らみを頬で確かめながら、思う存分に二人の甘い体臭を愉しんだ。

 ヨミとウルは何も言わずに優しく俺を抱き締めてくれている。

 

(あぁぁぁぁぁ・・・・最高でぇ~~す!)


 うっとりと眼を閉じたまま俺は至福の眠りに落ちていった。


 闇城が怖くって独りじゃ眠れなかったんだよ!

 寝不足だったんだ!




<第二章・完>








※第3章は、近日中にスタ~トするはず・・です。 きっと・・がんばる。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る