第2章

第29話 世界が変わっちゃった?

 世の中が激変してしまった。


 そんな馬鹿なと言いたいところだが、元凶らしい赤頭の去就を知っているだけに、何とも複雑な感じである。


 まず、創造神だという光る何かが生きとし生けるものの夢に出てきた。

 そして告げたのだ。

 旧世界の終焉と、新世界の始まりを。

 世界を罰するのだと告げて、奇妙な夢は締めくくられた。


 夢見から1ヶ月ほどで、変化の波が訪れた。


 人間の手から鉄器と火薬が奪い去られた。それだけでは無い。石油や石炭まで消え去ってしまった。石油や石炭から生み出された物も消え去った。


 文字通りの悪夢である。


 そして、魔瘴窟という迷宮があちらこちらに生み出され、迷宮産の魔獣が大量に溢れ出して来た。


 鉄と火薬を失ったところへ、魔物が溢れたのだ。村や町はもちろん、城塞都市までが呑み込まれるようにして滅ぼされていった。

 急造した銅や銀の武器は数が揃わず、銃や大砲を前提として訓練していた兵士達は右往左往しながら混乱の中で散っていった。頼みの霊鎧や戦闘車両も、鉄を失った事で稼働させられず、ただの遺物となってしまった。


 環境の厳しい地域、魔獣が食い飽きるほどの人間が住んでいた地域にしか人の町は残らなかった。


 銃火器が無くなって代わりに台頭したのが旧来から細々活用されていた魔法と、刀剣や槍などの武器を使った武術だった。ただし、鉄が無くなった事で、当座は銅や銀などを武器に使うしかなくなり、武器の弱体化は深刻で悲惨だった。


 銃と違って、兵士は長期の訓練で育てないと戦場の役に立たず、弓や弩など旧式の武器を持ちだしても、使える者は数が少ない上に、鏃が銅製、銀製になるのだ。矢の数は少なく、とても戦力にはならない。


 世の勢力図とでも言うのだろうか。人間の支配地域は大幅に消失し、魔法の結界で里を隠していた森のエルフや、堅牢な坑道を掘って岩山に根城を築くドワーフなどを残して、平人や獣人は棲息地を追いやられて、その数を大きく減らしていった。


 わずか半年で、世界の支配者は魔瘴から生まれた魔物達となった。

 

 人々が絶望し、滅びを甘受し始めた頃、夢の中に光る何かが顕れた。

 天の罰は下った。

 これより、神の恩寵を与えると。

 試練を乗り越えた者は神々の恩恵を得るだろうと。

 わずかながら神が祝福した金属が生み出される。

 ・・云々。

 ずいぶんと生々しい天啓が夢で告げられたのであった。


「・・恩寵とか言ってもねぇ?」


「そうですね。魔瘴で生まれた魔物を一定数斃すと、このレベルというものが上昇し、心身の力が増す・・ああ、魔術の威力も増している感じはしますね」


 ヨミがアンコが地面に描いた数字を眺めながら呟く。


「恐らく・・ですが」


 ウルが躊躇いがちに口を開いた。


「このレベルは減るという事が無いのではありませんか?」


「そうなの?すると、どうなる?」


 それだと何かあるのか?


「数値を上げれば上げただけ力を得られ、減ることが無いというのであれば、いつかは魔瘴の魔物ですら楽に狩れるようになるかもしれません」


「む・・ああ、なるほど」


 積み重なったものが失われずに累積されるなら努力はそのまま力となって残るわけだ。レベルというものが上がれば、体の筋力とかも上がっていく。いつかは、とてつもない強さに達する人間が現れるかもしれない。


「野の獣ように魔物を狩れるようになれば、少なくとも城壁の中に逼塞している必要は無くなります。以前の魔物とは異なり、新世界の魔物は斃すと、毛皮や牙、稀に金属を落とすようになりました。本当に珍妙なことですが・・」


 ウルが苦笑する。


「解体の手間が要らないのは楽ですが・・さらさら崩れて消えた後に毛皮が残っているというのは、なんとも不思議な光景ですよね」


 ヨミも笑う。


「魚の魔物とか、せっかく斃しても戦利品が沈んじゃうんだよなぁ」


 完全なる監理者とやらは、ずいぶんと茶目っ気が豊かだ。

 夢に現れた光る何かによれば、魔法も多種多様になり、特殊な技能も生み出され、加護と呼ばれる特別な権能を授かる者も居るらしい。

 本当におかしな事になっていた。


「人と比べられないから、俺達の数字がどのくらいなのか分からないけど・・それなりに強いんじゃないかな?」


「どうでしょうか。レベルはまだ3です。上限があるのかどうか分かりませんが、3というのは低いと思うのですが?」


 ヨミが慎重な事を言う。

 

 確かに、レベル3が高いとは思えないが、出くわす魔獣は問題なく斃せている。弱い魔獣にしか遭っていないという事かも知れないが・・。


「レベルというものは、相対的な数字では無いのかも知れませんね」


「どういうこと?」


 求む、解説。


「個々人で、スタートラインが違うのかも知れません」


「ふむ?」


「魔獣を斃せない人を基準にしているような気がしますが、私達は新世界になる前から銃に頼らずとも魔獣を狩ることが出来ていました。力の開きがあるのは自然な事かと・・あくまで想像ですが」


「ああ・・そう言われると、そんな気がする」


 みんなが一緒の身体能力という訳じゃない。種族でも差違はあるだろうし、新世界になる前の鍛え方も反映されていて当然だろう。


「そうであっても、3というレベルは低いと思います」


 ウルが微笑した。


「まあそうかも」


「個人差があるなら、こうした数値は他人には教えない方が良さそうですね」


「・・そうか。そうだなぁ」


 俺達の行く手に、高い城壁に囲まれた町が見えていた。西側が森に、東側は湖に面している城塞のような町だった。細々とだが人が暮らしている気配のようなものがある。高い城壁に頼って、息を殺して暮らしているのだろう。


「アンコちゃんが居なかったら、町など見付けられませんでしたね」


「そうだねぇ」


 ここへ来るまで、町や村があっただろう場所はあったが、どこも廃墟になっていて人は生き残って居なかったのだ。


「この辺りは、さほど強い魔物は見かけませんし、大勢の人達が生き残っているかもしれません」


 ヨミが期待を込めて城壁を眺めている。

 極北の獣人やカーリー達は無事に生き延びていたが、南へ散ったレナン達は見付けられていない。こんな世界になってまで、獣人を排斥などやっていられないだろうから、獣人も平人と一緒に住んでいるのでは・・と想像しているがどうだろう。


「とりあえず、周辺の魔物を狩って戦利品を獲っておこう。町でお金とか必要になるかもしれなし」


「そうですね」


「この辺の魔物の程度も分かりますし、森や湖にも行ってみませんか?」


 ウルの提案に、俺もヨミも頷いた。


 平地と森や山岳部などでは魔物の種類やレベルが変わる。落とす物も、強い方が量や質が良いようだった。

 ちなみに、旅の途中で拾った戦利品はすべてアンコが影の中へ収納してくれている。おかげで手ぶらも同然に旅が出来ている。実に有能な子分であった。


 俺には分からないが、様々な力を付与をする魔法の種類が増えたそうだ。結界や魔法の障壁などの魔法も多彩に存在するらしく、当然のようにヨミやウルは使いこなしている。これが顔の綺麗な男だったら闇夜に注意しろと言いたいところだが、とても魅惑的な美人さんなので全く問題ございません。

 本当にね。ちょっと俺が不安になるくらい、優しく尽くしてくれるんです。もう、どうしたら良いの?ここまで好意的にされると、こう、ケダモノになる機会が見付けづらいというか・・万が一にも嫌われるような事は出来ないっていうか・・。俺は悩んでるんです!よくよく考えたら、女の子を真面目に好きになったのって生まれて初めてかも・・。


 みんなどうしてんの?

 ガバァーっと、押し倒してんの?

 こっそり夜這い?

 ま、まさかの、薬で・・?


「猪の魔獣が群れで移動しています」


 ヨミが遙かに遠い森を指さしている。


 うん、まったく見えません。


「狙撃しますか?」


「森に移動してやろう。どうせ、落とした物を集めるんだし」


「はい」


「少し変わった波動の魔法の気配がします」


 ウルが同じく森の方を眺めながら言った。


 うん、まったく感じられません。


「まあ、とにかく森へ行ってみようか」


 俺は苦笑しながら先に立って丘を下り始めた。


(今って何段階目なんだろうな?)


 "赤頭"は世界の改変が5段階あるとか言ってたけど・・。

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