第14話 片恋歌―かたこいうた― 3
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CM撮影の次の日は練習もお休みの日曜日。仕事の事は一旦全部忘れ、久し振りに女の子と遊ぶ日にした。最近はずっと煙草臭い男の人達と一緒だったから潤いが必要なんです!
「千歳ちゃん!」
手を振りながら駆け寄って来る和風美人は桃園愛香ちゃん。去年色々あって仲良くなった子だ。愛香ちゃんは諫早学園から転入して今は普通科高校に通ってるの。やっぱりあのまま学園には居づらくて、音楽も本気で興味があった訳じゃないらしく新しい人生の中で自分の夢を探してる途中みたい。
「女の子ー! 柔らかい、良い匂いー!」
愛香ちゃんをぎゅうっと抱き締め、鼻を寄せてくんくん匂いを嗅ぐ。あぁなんだかとっても癒される。
「千歳ちゃんお疲れ? どしたの?」
抱き返してくれながらも不思議そうな表情を浮かべた愛香ちゃん。とりあえずお店に入りましょうと促して、手を繋いで事前にメッセージのやり取りで決めていたケーキ屋さんへ向かった。
「うっわぁ……それ、アウトじゃない? 狙われてるでしょ」
甘くて美味しいケーキと紅茶を楽しみながらの女子トーク。朔の事を話したら、愛香ちゃんは真顔で断言した。
「や、やっぱり? 私も……おかしいなとは思っていてですね」
「ダメだよ千歳ちゃん! 連城洸がアメリカ行ってる今、危ないよ! 狙いたい放題だよ?」
守秘義務がある所為であんまり詳しくは話せないんだけど、バンド組んでるっていう話はして、事故? でキスされたんだと打ち明けた。はっきり言えないのはもどかしいけど、誓約書を書かされているから耐えるしかない。
「しかも可愛い本当の姿を知られちゃったんでしょ? あの連城洸だよ? バレたら何されるか……」
青い顔で自分を抱き締めた愛香ちゃん。彼女の中で洸くんってどんな人なんだろう? ゲーム通りの爽やか王子様じゃない事は確実だ。
「一応ね、事故で唇がぶつかったとは話したんだけど……相手の口削ぎ落としたいなんて言っていたかな」
「ほらぁ! ヤバイって! もし今日本にいたら絶対やるよ、あの人!」
マジ怖い! って叫ばれても、私は乾いた笑いを浮かべる事しか出来ない。やるかな、洸くん。考えてみて……やるかもしれないと、私も少し思う。
「でもねー、はっきり好きだーとかなら断れるけどさぁ? 事故装われるのって微妙じゃない?」
「そうなんだよね。もしかしたらただの偶然で、私の勘違いっていう可能性も捨てきれないなと思って」
「あー……まぁ、確かにね。それならしばらくは様子見?」
「うん。今の所そうするしかないかな。愛香ちゃんの方は? 何かないの?」
「私はない! 呼び出されて告白なんてしょっちゅうだけど、今はそういうの良いかなって。去年のやつで懲りた」
笑いながらケーキを大きく切って口に放り込む愛香ちゃんは、実は男らしかったりする。見た目と中身がそぐわない事に彼女がひっそり悩んでいるのを、私は知ってるんだ。今の私達は、他人の体を乗っ取ってしまっているようなちぐはぐな状況。でも私はもう随分前から楠千歳として生きていて、私は私だ。愛香ちゃんがそれを受け入れたのは最近だから、自分で納得できるまではまだ時間が掛かるんだと思う。
美味しいケーキに満足した私達の次の目的はお買い物。可愛い小物屋さんが新しく出来たらしくて、そこへ行くの。二人で手を繋いで歩いていたら突然、知らないお兄さん達に道を阻まれた。これは気付かないふりして大回りだって愛香ちゃんと目配せして回避する。
「待ってよ。気付かないふりとかひどくない?」
愛香ちゃんの肩がお兄さんの一人に掴まれちゃったから、足を止めざるを得なくなった。仕方なく立ち止まって向き直る。
「なんですか? 私達忙しいんで、もう良いですか?」
不機嫌と不快さを隠さず愛香ちゃんが相手の手を振り払った。振り払われた相手は張り付けた笑みを崩さず、諦めない。
「そんなツンケンしないでさ。遊ばない?」
「遊ばない」
二人声を揃えての一刀両断の返事にも彼らはめげない。可愛い女の子と可愛い服着て出掛たかったんだけど、やっぱりダサ子モードで来るべきだったのかなって後悔してももう遅い。どう切り抜けたら良いか、必死に頭を働かせる。相手は男の人が二人。下手に刺激して怒らせるのも怖い。
「ねぇ、マジでウザい! 放して!」
再び掴まれてしまった腕を振り払おうと暴れ出した愛香ちゃんの腰を、まぁまぁなんて言いながら相手が掴んだ。私ももう一人に肩を抱かれてしまい、鳥肌が立つ。子供の頃遭遇した変態おじさんの記憶がフラッシュバックして、恐怖で体が強張った。――気持ち悪い。
「そんな怖がんないで? カラオケでも行こうよ」
「行かないってば! 放して!」
愛香ちゃんがますます声を荒げた。私も一生懸命振り払おうとしているのに、断り続けているのにどうして引っ張るの? ぐいぐい引っ張られて、力じゃ敵わなくて、怖い。周りは見て見ぬふりで誰も助けてなんてくれない。
「おい。俺らのツレ、どこ連れてく気だ?」
そう言って私の腕を掴んで引いた人の声は、知っている。いつもどこか不機嫌で、私が聞くのは怒ってばかりの声。その声が更に不機嫌さを増している。驚いた勢いのままで振り返ったら、とっても怖い顔の朔がいた。
「ナンパはスマートにやらなきゃ。嫌がってるじゃんねー?」
「それとも人攫いか? 警察突き出すか?」
愛香ちゃんを男の人の魔の手から取り戻してくれたのは翔平さんで、旭さんもいる。三人が現れて、お兄さん達はバツの悪そうな顔して逃げて行った。逃げて行く背中を睨んで見送ってから、私の腕を柔く掴んだままの朔が、こちらへ視線を向ける。
「千歳飴、顔色ヤバイ」
さっきまで怒って怖い顔をしていた朔が心配そうに呟いた。朔の瞳は、じっと私を映し続ける。それに安心すると同時、私は微かに居心地の悪さを感じてしまう。
「……ちょっと、トラウマ刺激されただけ。助けてくれてありがと」
へらり笑って誤魔化そうとしたら途端に朔の顔がしかめられた。見慣れた表情だ。でも、朔の瞳には私を案じる色が浮かんでいる。それがひどく優しくて……戸惑う。
「震えてんじゃねぇか。無理に笑うな」
「大丈夫。私強い子だから」
「バカじゃねぇの?」
笑みを浮かべたまま震える手を握り込んで隠していたら、朔に頬を抓られた。痛いけど、浮かんだ涙をその痛みの所為に出来る事に安堵する。
「翔平さんと旭さんもありがとう。愛香ちゃん、大丈夫?」
翔平さんにお礼を言っている愛香ちゃんへ駆け寄って、怪我をしていないか確認する。無事な様子にほっとして、私は愛香ちゃんに抱き付いた。
「千歳ちゃんの方が顔色悪いよ。ねぇもしかして、トラウマって誘拐の事?」
どうして知ってるのかなって首を傾げたけど、ゲームでも同じ出来事があったんだとすぐに思い出した。こくんと頷いて、私は苦く笑う。
「そう、それ。あの時の事思い出して、気持ち悪くて……ちょっとくっ付いてても良い?」
「いいよ」
愛香ちゃんは私を抱き締め、頭を撫でてくれた。そんな私の顔を心配そうに旭さんが覗き込む。
「姫、無理するなよ? ちょっと休むか?」
「お姫さんの友達も怖かったっしょ? 護衛してあげるから、休憩しよ?」
旭さんと翔平さんに促され、ベンチのある場所へ移動して休憩する事になった。
「ねぇ千歳ちゃん、姫って何?」
「あー……えっと、あだ名?」
ベンチへ向かう道すがら、三人がさっき話したバンドのメンバーなのだと紹介した。そしたら愛香ちゃんはすぐに朔に視線を向け「あれが例の?」と聞いてきたから私は小さく頷く。ふーんと呟いたきり愛香ちゃんは何かを考え込み、私も黙って歩く事に専念した。なんだか足に力が入らなくて、気合を入れていないと転んでしまいそう。
「みんなは、買い物?」
ベンチまで辿り着き、腰を下ろしてから目の前に立つ旭さんを見上げた。旭さんも翔平さんも手には何も持っていないけど、ここはみんなの家の最寄り駅じゃない事は知っていたから買い物か何かで出掛けて来たのかなって思ったの。私の推測は正解だったみたいで、旭さんは首を縦に動かした。
「朔のギターの弦が切れたから買いに来てたんだ。俺らが通り掛かって良かったよ」
「ほんと、美少女二人は危険だよー。その子もお姫さんと同じく中学生だったり?」
翔平さんが愛香ちゃんを見て言った言葉に、私と愛香ちゃんは笑いながら否定する。
「私は高二です。千歳ちゃんの彼氏関係で仲良くなったんです」
「あぁ。監禁彼氏?」
「翔平さん、失礼! 洸くんはそんな事しないよ!」
「えー? 連城洸ならやるって」
「愛香ちゃんまで!」
なんだかまるで洸くんが変態みたいに認識されているのが腑に落ちない。愛香ちゃんが洸くんの話題で翔平さんと仲良く話しはじめて、偏見入った内容にげんなりした。愛香ちゃん、洸くんの事大嫌いだもんね。
「千歳飴、やる」
ベンチへ移動する途中でふらっと消えた朔が、ココアの缶を持って戻って来た。手の中にあるのは二つ。一つは愛香ちゃんへ差し出され、少し驚きながらも愛香ちゃんはお礼を言って受け取った。
「ありがと」
私も朔の親切に笑顔になって、ココアの缶を両手で包む。温かい。恐怖の所為で冷え切ってしまっていた体に、手の中の熱がじわりと安堵を広げていく。ホットココアのぬくもりを堪能している私へ、徐に伸びて来た手が差し出された。
「開けてやる」
まだ震えが止まっていなくて開けられなかったの、気付かれちゃったのかな。ココアの缶は朔に取り上げられて、プルタブを開けてから私の手の中へ戻された。お礼を言って口を付けたココアは甘くて温かくて、いつの間にか体の震えは収まっていた。
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