第10話 ひょんな事から 2
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タクシーがRエンターテイメントの事務所前へ着くと、待っていたらしき悟おじさんが自動ドアから駆け出て来て支払いをしてくれた。三人と一緒にタクシーから降りて来た私を見て、目を丸くした後で隠すみたいに肩を抱かれる。
「ちぃちゃん、そんな無防備な格好で男といたらダメだよ。バレたら洸に監禁されるぞ」
もう! おじさんまでそんな恐ろしい事言う! 洸くんは本当にそんな事はしないだろうけど、怒らせたら怖いのは知っている。だから、悟おじさんに縋り付いてバラさないでって懇願した。涙目になった私の頭を撫でて、言わないよって約束してくれた。
応接室に連れて行かれ、私は悟おじさんの隣、三人は前のソファへ腰掛けて緊張した面持ちでおじさんを見てる。とっても疲れた顔した悟おじさんは、重たく溜息を吐いてから口を開いた。今回の件は、Rエンターテイメント側にも連絡がないままの発表だったんだって。先方の社長に連絡取ったら平謝りされて、どうやら違約金とかの話はついたみたい。でもそれは会社のお話で、私達にとって重要なのはバンドメンバーがどうなるかって話。
「俺も君達の腕は買っているんだ。だから、ボーカルをオーディションで探してデビューするっていうのはどうかなって考えてる」
あのモデルよりもオーディションで探した子がボーカルになった方がこのバンドのレベルは上がるだろうし、立ち消えにならなかった事に安堵して私は胸を撫で下ろした。だけど旭さんの言葉の所為で、新たな悩みの種が生まれる。
「その事なんですけど、千歳ちゃんにお願いしてるところなんです」
「俺らを集めたのって千歳ちゃんだし? 俺らの方も千歳ちゃんの歌声に惚れちゃってるんですよねー」
「俺も、演奏するならそいつの歌が良いです」
三人の言葉に悟おじさんは困惑するどころか喜び、乗り気になっている。私の両肩を掴んで「この際だ! もうデビューしちゃおう!」だなんて鼻息荒く言いはじめ、困った私は視線をうろうろ彷徨わせた。
「でも……だって……多分洸くん、許してくれないよ?」
デビューなんて言ったら、狼化した洸くんに本当に監禁されそうで怖い。しかもメンバーは私以外全員男の人になる訳だし、許される気がしなかった。
「あー、あのバカ息子が問題かぁ。……でも会社の為だって説得したらあいつも断れないんじゃないか? おじさんが電話しておくから、来週アメリカ行った時に相談しておいで」
私の返事待ちという事になって、ボーカル探しの件は一旦保留になった。今出来る話はここまでで、相談は一旦終了。解散だ。
帰りがけにこれを着なさいと悟おじさんからシャツを渡され、それを羽織って三人と一緒に再びタクシーへ乗り込んだ。
「なぁ。千歳飴の彼氏って危ないやつじゃねぇの?」
タクシーが走り出してすぐ、朔が失礼な事を言い出す。でも旭さんと翔平さんまで心配そうな様子で、本当に相手が大丈夫な人なのかを確認された。
「監禁とか言ってたのは、流石に冗談だよね?」
助手席から振り向いた旭さんの眉間には皺が寄っている。
「もしかしてさー、お姫さんがあんなダサい格好でその美貌隠してんのって、彼氏の所為なんじゃないの?」
あんまり見られない翔平さんの真面目な表情。みんなが本当に心配しているようだとわかって私は、はっきり否定した。確かに洸くんは狼さんだし怒らせるとちょっと……結構怖いけど、危険人物では決してない。そこは断言出来る。
「あの格好は私の趣味です。監禁だって冗談ですよ! ……多分」
尻すぼみになってしまったのは許して欲しい。洸くんだって、本気でそんな事はしないと思う。でもアメリカへ行く前の様子を思い出したらちょっと不安になっちゃった。
「ロリコンで監禁する変態って、千歳飴大丈夫かよ? そんなヤツやめといたら?」
「洸くんは変態じゃないよ! ちょっと愛が大き過ぎてまだ子供なだけなの!」
「十九歳だろ? 中学生に子供って言われるのってどうなの?」
「朔の意地悪! 洸くんは優しくて爽やかな笑顔の可愛い王子様なんだから!」
「王子が監禁かよ。マジで考え直せって」
珍しく心配顔の朔。でもその心配はお門違いです! だけど心配してくれている事には素直に感謝して、安心してもらう為にも大丈夫だよって、へにゃりと笑う。
「とりあえず! 来週から私はアメリカ行って夏休みが終わる前には帰って来るんで、返事はその後でも良いですか?」
旭さんと翔平さんはすぐ頷いてくれたけど、なんだか朔は不満そう。まだ心配してるのかなと思い、いい子いい子してあげたら真っ赤になって怒りだした。
「が、ガキじゃねぇんだから、髪触んな!」
難しいお年頃のようです。
「俺らが大変な時に、お前は彼氏とイチャつきにアメリカかよ」
ぼそり告げられた文句に、私は苦笑で答える。
「そうだけど、アメリカに滞在するのは一週間で後はオーストリアの両親の所に帰るんだよ」
「姫のご両親、日本にいないの?」
私の言葉に反応して振り向いた旭さんに、私は頷いて見せた。
「私が六歳の時、仕事の関係で家族でオーストリアへ引っ越したんです。今は私だけが日本に来てる状態で、お隣の悟おじさんの家族にお世話になってます」
「なんでまたオーストリアなの? お母さんはイギリス人なんでしょ?」
不思議そうに首を傾げた翔平さん。よくよく考えたら、うちって不思議な家庭なのかな? 両親の職業を教えて二人がオーストリアのオーケストラにいる事を説明すると、旭さんと翔平さんは何かを納得したみたい。
「なぁんか、お姫さんはマジでお姫様なんだねー」
しみじみ呟いた翔平さんの言葉がおかしくて、私は笑う。
「私は普通ですけどね? なにせ公務員目指してますから! 堅実に生きます!」
拳作って力説した私の頭に、苦笑を浮かべた翔平さんの手がぽんと乗せられ撫でられた。
「その美貌と歌唱力で公務員はもったいないかなー」
「そうだな。姫の帰国、楽しみに待ってるよ」
「変態の所はさっさと離れて親のとこ逃げろよ? んで、ボーカルやれ」
翔平さんと旭さんは優しいのに、朔はやっぱり失礼で横柄な態度。はいはーいって適当に返事をしながら髪の毛をぐっしゃぐしゃにしてあげたらまた怒った。朔をからかうのって結構楽しいんだよね。
*
ガラガラ音を立てる大きなスーツケースを引きずって、会いたい彼の姿を必死に探す。
「ちぃ!」
彼の甘い声で名前を呼ばれて振り向いたらもう、彼の香りに包まれていた。海みたいな、甘くて爽やかな洸くんの香水。
「あ、会いたかったよぉ……」
自覚していた以上に私は寂しかったみたい。泣き出しちゃった私のおでこにキスをして、大好きな優しい笑顔で洸くんが笑ってくれた。
「俺も、すごくちぃに会いたかった。電話とメールだけはやっぱり寂しかったよ」
甘い声で囁き、熱くて深いキスをくれる彼。やっぱり日本人らしからぬ大胆さだけど、今はそんなのどうでも良いと思えるくらいには私も再会の喜びに酔いしれていた。
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