どうぞ請負屋へ!
花房山
第1話 どうぞ請負屋へ!
困っていることはありますか?
家事に育児、仕入れや改築工事!
はたまた裏工作に偽装、暗殺まで!
もちろんご相談も随時受付中!
あなたの笑顔のために
どうぞ請負屋へ!
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「なにこれ」
大学の正面玄関口に設置されている大きな掲示板。そこには昨日までなかった色とりどりのポスターが貼られている。
「なにあんた、知らなかったの?今週の金曜日、新入生歓迎会なのよ」
「それは知ってるけど」
「だから、そこでサークルの紹介するって言ってたでしょ?」
来週から募集も始まるし、と付け足した友人に、あぁそんなことがパンフレットに載ってたなと思い返す。
見にくいのか見やすいのか解らないポスターに目を通していると、遠くから名前を呼ばれる。振り返ると、小さい影が此方に向かってくるのが見えた。
「あーちゃん〜!みっちゃん〜!」
すぐ隣で止まり、ぜぇはぁと息を整えている。
「
「もう1限始まっちゃうよ〜!」
「あれ、もうそんな?」
「講義室遠いわね...行くわよ二人共!」
長い足を余すことなく使い駆け出す
しかしリーチの差か、能力の差か、徐々に広がる花肆との距離。
「あーちゃんっ」
必死な声に後ろを向けば、大きな瞳は涙を湛えており、上気する頬からは彼女の発する熱が伝わる。まさに童顔。中学生に間違われるのも無理はない。細く頼りないその腕が此方に伸ばされる。白魚のようなその指に、私は---
「ぐっどらっく」
カロリーメイトを握らせ、走るスピードを上げた。
「あーちゃんんんん?!」
遠くなる声を背に教室を目指した。
教室に入ると同時に、教授も前方の扉から現れた。大きな音を立てないように、真ん中の席に座っている海理の隣に腰掛ける。
「なんとか間に合った...」
「
「尊い犠牲だった」
「あなたねぇ...」
しかめつらした海理。美人な顔は何をしても美人だな。
「お供え物はしてきたの?」
「カロリーメイト」
「ならいいわ」
ほら、講義始まったわよと促され、鞄から教科書とタブレットを取り出す。
ノートの代わりにタブレットの使用を推奨しているこの大学では、入学すると漏れなく新品のタブレットが貰える。これが此処を志望した理由の一つでもある。わざわざノート類を持ち歩かなくていいのが楽だ。そういったものをまとめるのが苦手で、基本失くしてしまうため、かさばらない、わざわざまとめなくていいというのは何よりも嬉しい。真面目にノートをとっているかは別として。それに、課題提出もデータを添付したメールを、大学の専用サイトを介して各教授宛に送ればいいだけだから、書いたレポートを忘れ欠評になる、なんて失敗はもう繰り返さなくてすむ。
画面の上でタッチペンを滑らせ、板書を写しながら欠伸をする。何回か繰り返しているうちに、瞼がだんだん降りてくる。眠気眼で、
チラリと隣に居る海理をみると、鋭い眼光で教授を睨みつけている。否見ている。海理からしたら、睨んでるつもりは毛頭ない(と思う)。別に目付きが悪い訳でもないのに、講義となると、集中するからか目力が半端なく強い。毎度毎度、此方を見やった教授たちが一様にびくりと体を震わせる事を教えてあげた方がいいのか...。いや、面白いしいっか。
タブレットのボイスレコーダー機能をONにして、頬杖を枕にレム睡眠の波に身を任せた。
「あーちゃんとみっちゃんのばかあああああ」
「よーしよしよし」
「ご飯冷めるわよ」
お昼の時間帯。私と海理が1限終わったのと入れ替えに、花肆は2限が別棟の講義室であった為、この時間にカフェテリアで合流した。
やはり根に持っているようで、出会い頭から膨れっ面を隠さずに居た。
そんな花肆に海理は1寸も気にかける様子がなく、私もおざなりに頭を撫で回しているだけである。まぁ、思い切り私が置いてけぼりにしたから、海理はとばっちりなんだけどね。
「ほれ、プリンやるから」
「ふーんだ!」
ランチセットでついてくるプリンを餌に差し出すと、顔を逸らした。が目は完璧釣られている。キラキラしてる。トドメとばかりにスプーンを差し出せば、わぁーい!と食べ始めた。ちょろい。
花肆を見る海理の視線は、呆れを含んでいた。
「貴方達、午後は講義あるの?」
「んんー?ふぁいよー?」
「口にもの入れた時は喋らない」
ぺし、と海理が軽く頭をはたき注意する。
「私もないけど、どしたの?」
「ちょっと、付き合ってほしいところがあるの」
ええ、その時の海理の笑顔は半端なく輝いてました。この時に可笑しいと思えばよかったんだ。短い付き合いだけれど、満面の笑みなんて滅多にないことは分かっていたのに。
あぁ後の祭りとはこのことか。
「どこに行くの〜?」
「着いてからのお楽しみよ」
「海理が誘ってくれるなんて珍しいよなぁ」
「むしろ貴方達だから誘ったのよ」
「海理...」
「みっちゃん...」
花肆と共に頬に両手を当てる。不覚にもときめいてしまった。
食器をカウンターへ返却し、大学を出る。
駅前のバス停から各停のバスに乗る。
暫く揺られていたが、行き先の地名に心当たりがないのに、少し不安になる。
「花肆、あの地名知ってる?」
海理に聞こえないように、花肆に囁く。
「う、うん。結構山の方だと思ったけど...」
山、だと...そんな方になんかあったっけかな...。不安は不安だが、海理に聞いてもお楽しみだと言った以上答えはしないだろう。大人しく待つ以外ないのである。
そこから30分くらい経って漸く目的らしいバス停に着いた。見事に周りは大自然。颯爽と歩く海理の後ろを花肆と共に恐る恐るついていく。もうここまで来ると嫌な予感しかしなかった。
バス停から更に10分、大きな施設に着いた。
「あの、海理さん。ここは...?」
「サバイバルフィールド」
「あ、あっちゃん...何か不吉な言葉が聞こえたよぅうぅっ」
戦く私たちに構わず海理はさっさと受付に行き、なにやら手続きをしている。
「なぁ、花肆さんやい。私の聞き間違えでなければ、サバイバルフィールドって聞こえたんだが」
「わたしもだよ、あっちゃん...」
嫌な予感が丸あたりだ。なんだよサバイバルって。あれか?無人島で生き延びる的なやつなのか?いや此処は島じゃないけれども。いや日本は一応島だから間違いじゃないけれども。そうじゃなくて。
「ほら行くわよ」
と花肆共々海理に引きづられてなにやら更衣室のような所へ。そしてあれよあれよという間に全身カーキ色の迷彩柄の服に着替えており足は黒い安全ブーツ。手は黒い手袋。そして仕上げと言わんばかりに、海理から黒い筒状の取っ手の付いたものを渡される。銃(トイガン)だ。
「非主にはアサルトライフルね。花肆はサブマシンガン」
いや待て。当たり前のように渡されてるけど、え、銃?
花肆なんて受け取ったまま固まってしまっている。
「み、海理さん。何故銃なんでしょうか」
「いったでしょ、サバイバルだって」
「サバイバルって、ナイフ1本で島探検する的なやつなんじゃないんすか」
「はぁ?サバゲーは」
こちらを振り向いて海理は言う。
「RUN&GUNよ」
鋭い眼差しを湛え、キャップを被り同じように迷彩柄に身を包んでいる海理からは闘志が見え隠れしている。まったくもって理解できない。
この後の記憶は正直曖昧である。
唯一はっきり覚えているのは海理の無双ぶりと花肆が妙に銃の扱いが上手であったことだけだ。
あれから数日経ち、入学後初のイベントを迎えた私は、まだ筋肉痛の真っ最中であった。なによりも腕が辛い。授業の度にノートをとるから結局腕を休ませる日がない。そのせいで長引いている気がする。座ったまま顔だけ机につけて腕をだらんと下に垂らす。ああああ〜と唸っていると、後ろから声をかけられる。
「あっちゃん、おはよ〜」
「花肆、ごきげんよ〜」
「腕がつらそうだねぇ」
ふふふと笑って私の隣に腰を下ろす。
「花肆は平気なの?」
「平気だよ〜」
ぴーす、とVサインを向けてくる。走る時はあんだけヘコヘコしてるのに。なんだか納得いかん...。
むむむむむむと再び唸っていると、放送が入る。『間もなく、第◯◯回、新入生歓迎会が始まります。空いている---』
「あれ、海理は?」
「みっちゃんは実行委員だから、あっちの手伝いしてるよ〜もう、昨日言ってたでしょ〜?」
「そういえばそうだった」
周囲を見渡せば、いつの間にか生徒で溢れており、この大学で随一の大きさを誇る会館が心無しか狭く感じる。
今日の歓迎会は2,3年生が主体となって開いてくれる。しかし来年にはもう後輩が入ってくるのである。そのため、備えあれば憂いなしの如く今から1年で実行委員と任命された(または押し付けられた)生徒は運営の手伝いに行っている。そしてそれはつい昨日決まったのだった。
「でも意外だったなぁ、海理が自らやるって言うなんて」
「ね!みっちゃん絶対面倒って言うと思ってたよ〜」
そう、海理は自ら立候補した。あの仏頂面と眼光で言うもんだから、1年担当の教授、次の講義でも震えが止まってなかったよ。
『長らくお待たせしました。只今より、新入生歓迎会を盛大に開催致します!』
莫大な歓声と拍手が会館に満ちる。
『エントリーNo.1!文芸サークル!』
「花肆」
「なぁにあーちゃん」
「暇なんだけど」
「もう、しっかりみなよ〜」
「だってだって、サークル入らないもーん」
そう、私は入る気が皆無である。この間一通りサークルには目を通したが、気になるものもないし、ならば新しくバイトを始めた方が時間が有効活用出来るというものだ。サークル加入も別に強制されているわけではないし。
つまり、この時間は全くもって手持ち無沙汰なのだ。
壇上の上で何やらアピールをしている先輩方には申し訳ないが、此処は一眠りといこう。
「花肆、終わったら起こしてー」
「はーい」
幾分か良くなった気のする腕を枕に、机に伏せれば意外にも眠気はすぐにやって来て、意識は深い闇に沈んだ。
どれ位経っただろう。
ふと、様々な声が1枚壁を挟んだかのように、遠くに聞こえる。
目覚めの兆しだ。伏せたまま、もう一眠り、と思ったが、意識は徐々にハッキリしてきていて、声も鮮明に聞こえる。しょうがない、起きるか。他の人の邪魔にならないように、小さく伸びをする。
「あっちゃん、起きたんだね」
「んー、目が冴えちゃった」
「あとねぇ、1つで終わるよ〜」
「そりゃ重畳」
『それでは最後のサークル、請負屋でーす!』
請負屋?ボランティア的なのかな...。そんなのサークルでやる物好きがいるのか、凄いなぁ。と妙な感心をしていると、2人の男性が壇上に現れる。1人はくるくるとした黒髪とすっきりした顔立ちが印象的だが、もう1人は茶髪のソフトモヒカンで少し彫りの深い顔立ちのいい意味で男臭い印象と、正反対である。マイクに辿り着いたくるくる頭は、笑顔を浮かべ、こう宣った。
「やあやあやあやあ諸君!元気かね!」
また強烈なのが来たなおい。
「我々は請負屋に所属する、
その紹介に応えるようにソフトモヒカン、紀美野さんは軽くお辞儀をする。
「我々は勧誘、というよりも我が請負屋の宣伝きた!」
こほん、と咳払いをひとつ。
「諸君、今困っていることはあるだろうか?
家事に育児、仕入れや改築工事!
はたまた裏工作に偽装、暗殺まで!
もちろん相談も随時受付中だ!
諸君たちの笑顔のために
どうぞ請負屋へ!」
溌剌と言い切り、最後には大仰なお辞儀をすると颯爽と舞台裏へ下がっていく。
それに合わせて大きな歓声と拍手が鳴る。
『以上を持ってサークル紹介を終了とします。午後からーー』
まて。まてまてまて。とてつもなく物騒な言葉が聞こえた気がする。
「あーちゃん、みっちゃん迎えに行こー!」
しかし周りは疑問にすら思っていないようだ。なんだ、冗談か、そうだよね、むしろそうでなきゃ困るわ。あーびっくりした。でも宣伝であんなこと言って良いのかおい。
「あーちゃん?」
「...んーん、よし、海理のとこ行こうか!」
「まだきっと舞台裏だよね〜」
席を立ち、人通りの少ない通路を歩き舞台裏への扉まで向かう。
どくんどくん。
大きく鳴る心臓に、手をぎゅっと握りしめる。
扉まであと少し、という所で海理が出てきた。
「あ、みっちゃん〜!」
「あら2人とも。迎えに来てくれたのね」
「うん、お疲れ様〜」
「...」
あの瞳が脳裏を掠める。
「...非主?」
「、もーお腹ペコペコだよー、早くご飯いこ」
「あーちゃん食いしん坊さんだねぇ」
「はいはい、さっさと行きましょ」
歩き出した2人のあとを着いてく。
あの男がお辞儀をした時。
確かに。
目が合った。
否、見られた気がしたのだ。
いや、考えすぎだなぁ、やめやめ、とりあえずご飯食べようっと。
いつの間にか空いた2人との距離を縮めるように、大きく足を踏み出した。
「鴎二さん、さっきのが...?」
「間違いないと思うがね、なぁ岸?」
「...あぁ」
「なるほど。興味深いな...」
「ではさっそく、アプローチと行こうじゃないか!!」
「いや、鴎二さんは待機で」
「えっ」
ショックを受け、縮こまるその背中を紀美野がさする。
「
3人の背後に1人、音もなく影が現れた。
「...了解」
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