第17話 昔話、そして真実とこれから
今から十数年前の話、一匹の竜が人間の美しい女性に恋をした。姿を事が出来る竜は人間の男の姿となり、その女性と夫婦となった。まず男の子、そして二年後に女の子を授かり、貧しいながらも幸せに暮らしていたが、ある日一人の男が現れて以来、人間の姿となった竜は様子がおかしくなり、遂にある朝、仕事で狩りに出たまま妻子を残して姿を消してしまった。
残された女性は女手一つで二人の子供を育てながら夫の帰りを待った。しかし何年経っても夫は帰って来なかった。
もちろん彼は妻子を捨てたわけでは無かった。ある日現れた男というのは竜の仲間で、彼に話をする為だった。話と言うのは、彼と敵対していた竜が彼の事を血眼になって探していると言う事、そしてその竜とケリをつけない限り、妻子が巻き込まれると言う忠告。彼は妻子を巻き込むまいと一人で竜の本来の棲家である森へと趣き、敵対する竜と決着を付けようとしたのだった。
死闘の末に敵対する竜を倒す事が出来た彼だったが、事態はそれでは収まらなかった。収まらなかったと言うより、より悪化したと言った方が正しいかもしれない。と言うのは彼に仲間が居た様に、敵対していた竜にも仲間が居たのだ。遂に竜の群れ同士の戦いとなり、戦いが終わる頃には十年以上の月日が経ってしまっていた。また、彼等はその戦いに勝つには勝ったが、相手を全滅させる事は出来ず、数匹の竜を取り逃がしてしまった。
彼が妻子の元へ戻ると、ソイツ等は間違い無く妻子を狙うだろう。彼は妻子の元に戻る事をせす、残党狩りに明け暮れていたのだが、ある日湖で竜を狩ろうとする一人の少女と出会った。
「わかるだろ、その少女ってのがアニー、お前だ」
アズウェルが辛そうな目でアニーを見た。
「じゃあ、アズウェルって……私のお父さんなの?」
「すまんな、こんなのが父親で」
アズウェルはアニーとマイクに頭を下げた。彼の言う『こんなの』には二つの意味が有った。一つは事情はともあれ十年以上も妻子を放ったらかしにしてしまったダメな父親と言う事。そしてもう一つは竜である、人間では無いと言う事。
「もしかしたらザーガイから助けてくれたのって、アレックスじゃ無くって……」
「ああ、俺だ」
以前、山でザーガイの群れからアニーを助けたのはアズウェルだと言う。更にアニーは尋ねた。
「お兄ちゃんの事もわかってたの?」
「ああ。症状を聞いて想像が付いた。マイクの中の竜が人間の身体に収まりきらなくなっちまってるんじゃないかってな」
アズウェルは自分が愛した女性に似た少女アニーに出会い、無謀な行動を取る彼女を放っておけなくなり、兄が居る事、そして兄の症状を聞き、確信したと言う。アニーが自分の娘だと。
「じゃあお兄ちゃんは竜になっちゃうの?」
自分達の父が竜だと知ったアニーはその事実に驚くよりも、兄が竜になってしまうのではないかと心配の方が強い様だった。アズウェルは一瞬苦笑したが、すぐに真顔に戻った。
「竜になっちゃうってゆーか、人間と竜の間に生まれた子だからな。竜の血が人間の身体にどんな影響を与えるのか正直わからん。だが、一度竜として覚醒したからな。もう大丈夫なんじゃないか? 人間の姿になる方法も教えたしな」
「お兄ちゃん、本当に大丈夫なの?」
アズウェルにも実際のところ、これからどうなるかは何とも言えないらしい。不安になったアニーがマイクに聞くと、彼は優しく微笑んだ。
「うん、大丈夫みたいだよ。喉や背中の痛みも無くなったし、身体中に力が漲ってるみたいだ」
言いながら腕をぐるぐる回して元気な事をアピールするマイクにアニーもほっとした顔になり、アズウェルに言った。
「じゃあさ、皆んなで家に帰ろうよ! お母さん、とっても喜ぶよ。だってお父さんが帰ってきたんだもん!」
アニーとマイクからすれば父、母からすれば夫が十数年ぶりに戻ってくるのだ。母の喜ぶ顔を想像しているのだろう、アニーの顔は楽しげだったが、それを聞いたアズウェルは浮かない顔で応えた。
「それは出来ない」
「なんで? あっ、わかった! お母さんが歳取っちゃったからだ! 若い女の子の方が良いんだ、やっぱりロリコンじゃない!」
言いたい事を一気に捲し立てるアニーにアズウェルは辟易した様にアズウェルが渋い顔になる。
「よくもまあ人の事ボロカスに言ってくれるもんだな、俺、お前の父親なんだぜ」
「そんな事言われても実感沸かないわよ。お父さんだって言うんなら一緒に家に帰ろうよ!」
アニーの涙ながらの訴えだったがアズウェルは頑として首を縦に振ろうとしない。もちろんその理由は彼がロリコンだからなどでは無く、妻子に危険が及ぶ事を恐れているのである。アニーはさっき聞いた昔話を思い出してそうと悟ったのだろう、アズウェルに尋ねた。
「その、敵対してる竜って言うのはあと何匹居るの?」
「そうだな……アイツとアイツだろ……んでアイツ……三匹ってトコだな」
アズウェルが遠い目をして数えると、アニーは更に尋ねた。
「じゃあ、その三匹を倒せばお父さんは家に帰ってくれるんだよね?」
「ああ。お前達が俺を受け入れてくれるのなら」
アズウェルの本音が出た。妻子に危険が及ぶ事を懸念する気持ちと共に十年以上も帰っていないのだ。放ったらかしにされたと思われても仕方が無い。今頃になって帰ったところで受け入れてもらえるだろうかと言う不安も彼にはあったのだった。その答えを聞いてアニーはとんでもない事を言い出した。
「私がソイツ等を倒すわ!」
「倒すったって、お前の力じゃ……それに奴等は俺が探しても見つからないんだぜ」
とんでもない申し出に困った顔のアズウェルにアニーは胸を張って言った。
「お父さんだからでしょ。お父さんの姿を見て逃げてるのかもしれないじゃない。私が探せば見つかるかも」
そして娘が父に甘える様な顔で付け加えた。
「でも、危なくなったら助けてね」
その言葉にアズウェルは思わず吹き出すとマイクも身を乗り出した。
「そうですよ、お父さん……とはまだ呼びにくいですけど。ボクも手伝いますよ。ボクだって竜の血を引いてるんですから」
子供達が言ってくれた言葉が嬉しかったのだろう、アズウェルは笑を浮かべて言った。
「そっか……じゃあ、親子三人で竜を狩るとするか!」
「うん!」
「頑張って早く親子四人で暮らしましょう!」
アニーが大きく頷き、マイクも張り切って声を上げた。
続く
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