第13話 兄の部屋で見た物

「何!?」

 アニーは飛び起きると部屋を飛び出した。さっきの音はマイクの部屋から聞こえた様な気がしたのだ。

マイクの部屋のドアを開けようとしたアニーを駆けつけたアズウェルが止めた。

「アニー、下がってろ」

 アズウェルがドアを開け、室内を見るアズウェルの目の色が変わった。

「遅かったか……」

 無念そうに言うアズウェルの脇から覗き込むアニーの目に映ったもの、それはボロボロに破れたマイクの服、そして破壊された窓だった。


「お兄ちゃん!」

 叫びながらアニーが部屋に飛び込み、壊された窓から外を覗うと、夜空を飛び去って行く竜の後ろ姿が見えた。窓から飛び出して竜を追おうとするアニーをアズウェルが羽交い絞めにして止める。

「離して! お兄ちゃんが、お兄ちゃんが!」

 叫ぶアニーの脳裏には、湖で竜に鷲掴みにされ、事切れたスレッガーの姿が思い浮かんでいた。

「バカ! 相手は空飛んでるんだ。走って追い付けるわけ無いだろうが!」

 アズウェルの言葉に少し冷静になったアニーだが、やはり兄の事が気になって仕方が無い。


「竜が人間を襲うなんて……もしかしたらお兄ちゃんの具合が悪かったのと関係あるのかな?」

 アニーは考えた。兄の身体の異変は竜に狙われていたからで、あの竜は兄を攫いに来たのではないかと。もちろん竜が兄を狙う理由なんてものは全く思い付かないが。

「助けなきゃ」

 兄はまだ竜に殺されていないと自分に言い聞かせてアニーは言った。

「バカ、やめとけ。殺されるぞ」

 アズウェルが言うが、アニーの決意は揺るがない。


「……人をロリコン扱いしといて、お前はブラコンじゃねぇか。わかったよ、手伝ってやる」

 アズウェルの言葉にアニーの目が輝いた。アズウェルの腕は確かだし、何よりアズウェルの友達である竜のアレックスに力を貸してもらえるかもしれないからだ。

「但し、条件がある」

「条件?」


 アズウェルの出した条件は二つ。まず、自分の生命を一番に考える事。そして出発は明日の朝だという事だった。まずは例の湖に向かう事に。アズウェルによると竜が住むに適した場所はそうそう無く、サルムーンから最も近いのがそこらしい。もし、そこに居なかったら竜が住めそうな場所を回るしか無いと言う。


「わかったらもう寝ろ。明日は早いぞ」

「うん……私が寝ている間に行ったりしないでね」

 早く寝ろと言うアズウェルにアニーは訴えた。実はアズウェルはそうするつもりだったのだがアニーの目を見ると、首を縦に振らざるを得なかった。

「ちっ、お見通しかよ。わかった、約束する。だからもう寝とけ」

「約束だよ、絶対だよ。もし置いて行ったりしたら……」

「わかってるって。そんな顔のヤツ置いて行ったらエライ目に遭わされそうだからな」

 アズウェルは、涙を浮かべるアニーに背を向け部屋を出て行った。残されたアニーと母親は滅茶苦茶になった部屋を片付け出した。ボロボロになったマイクの服を手に取った時、アニーは妙な違和感を感じた。しかし、その理由がわからないまま母親に促され、彼女も部屋に戻り、ベッドに潜り込んだ。


 寝ろと言われても、あんな事があった直後なだけにそうそう寝付けるものでは無い。もそもそしているうちに長い夜が明けた。


「アニー、起きてるか……って、眠れるわけ無いよな」

ドアをノックする音とアズウェルの声が聞こえた。アニーはガバっと跳ね起きると剣を手に取り、荷物を背負った。

「やる気満々だな。でもな……」

 今すぐにでも出発しかねないアニーを見て弱った顔のアズウェル。

「とりあえず顔洗え。あと、着替えた方が良いな」

 アニーは自分が寝間着姿のままである事に気付き、顔を赤らめた。そして剣と荷物を置き、顔を洗う為に部屋を出た。洗面所に向かう途中、兄の部屋の前で立ち止まり、ドアを開けてみる。「昨日の出来事が夢だったら良いのに」そう思ったが、現実は厳しかった。部屋に兄の姿は無く、窓は無残に壊されたままだった。アニーは唇を噛みながら兄の部屋から離れた。


 アニーが顔を洗い、着替えている間にアズウェルは支度を済ませ、アニーの母親と話をしていた。着替えを終えたアニーがそこに顔を出すと、母親が心配そうな顔でアニーを迎える。

「お母さん、そんな顔しなくて大丈夫よ」

 アニーは笑顔を作り、母親に言うが、それを聞いて「はいそうですか」と安心する親などいるわけが無い。

「大丈夫です。アニーは私が守りますから」

 アズウェルが力強く言うと、母親は何度も彼に頭を下げた。

「アズウェルさん、こんな事に巻き込んでしまって申し訳ありません。アニーをよろしくお願いします」

 母親の口からマイクの名前は出なかった。それに対し、アニーが不満そうに言う。

「ちょっとお母さん、心配なのはお兄ちゃんじゃ無く、私なの?」

 黙って俯く母親の代わりにアズウェルが強い調子で言った。

「当たり前だろうが。かわいい娘が竜を追いかけようってんだ。心配じゃ無いわけが無いだろ!」

 アズウェルの言葉にアニーは黙るしか無かった。そんなアニーにアズウェルは更に厳しい言葉を続ける。

「本当は行かせたくないに決まってるだろ! 俺と出会った時の事を覚えてるか? あの時だって、お母さんは胸が裂かれる思いでお前の事を待ってたんだぞ」


 アズウェルとしては厳しい言葉をかける事によってアニーが考えを改め、おとなしく家で待ってくれたらと思っていたのだが、アニーの意志は固かった。

「お母さん、心配かけてごめんなさい。でも私……」

「わかってるよ、あんたは昔っからお兄ちゃんお兄ちゃんって……気を付けて行って来るんだよ」

 諦めにも似た母親の言葉。アニーはそれを聞いて顔を引き締めた。

「じゃあ、行って来る。大丈夫、お兄ちゃんと一緒に帰ってくるからね」

 剣を手にし、荷物を背負うとアニーは家を出た。

「おい、待てよアニー!」

 アズウェルも急いでアニーの後を追った。

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