第8話 麓の町で

 麓の町に到着したアニー達は、まず役人に山賊達を引き渡した。去り際にアズウェルは山賊達に向かって脅しをかけておいた。

「牢から出たら真面目に働くんだぜ、何年ぶち込まれるかしらねぇけどよ。お前等の顔は覚えたからな、もし今度会った時にまた悪さなんかしててみろ……分かってるよな?」

「はいっ。これからは真面目に生きます!」

 背筋をピンと伸ばし、直立不動で返事をする三人の山賊達。よほどアズウェルが恐ろしいのだろう。


「じゃあ、俺達はこれで」

 アズウェルは役人に別れを告げ、アニーの町へと向かった。


「ねえ、アズウェル」

「なんだ? どうした?」

「ザーガイより山賊の方が面倒臭いって言ってたよね、あれってどういう意味?」

「ああ、ザーガイならやっちまえば済むが、人間相手ならそうはいかないだろ?」


 歩きながら質問するアニーに答えるアズウェル。確かに彼の言う通り、ゴブリンの一種であるザーガイなら斬ってしまっても問題は無いが、人間を斬ってしまえば例え相手が山賊だったとしても色々面倒臭い事になりかねない。ヘタすれば牢屋に入れられ、最悪縛り首にされてしまうかもしれない。


「襲ってきたヤツを返り討ちにしただけなのに罪に問われるなんておかしいと思わないか?」

 アズウェルは不満そうな顔で言った後、妙な質問をアニーに返した。


「アニー、お前は人間を殺……人間に剣を向けた事があるか?」


 人を殺めた事が無い様なヤツは冒険者としてまだまだとでも言いたいのだろうか? アニーは正直に答えた。

「無いわよ」


 その答えを聞いてアズウェルは笑った。しかしその笑いは嘲笑では無い。むしろ、アニーが人に剣を向けた経験が無い事を喜んでいる様に感じられた。

「そっか。それなら良いんだ」

 アズウェルは優しい目で笑った。


更に歩き続ける二人。日が傾き、山がまた近くに見えてきた頃、一軒の店に足を向けた。


「お泊りですか?」

 店主らしき男の声。アズウェルが入ったのは小さな宿屋だった。男と二人で宿に泊まる……アニーの顔が赤くなり、足が震え出した。

「バカ野郎、何変な事考えてんだよ。部屋は別だ、別」

 アニーの様子を見て呆れる様に言うアズウェル。


「でも、私、宿に泊まるお金なんて……」

 心配そうに言うアニーにアズウェルは答えた。

「金なら心配しなくて良いぞ」

 そして二人分の宿代を前払いで店主に渡すとニヤリと笑った。


 宿の一人用の部屋に通されたアニーは荷物を置き、ベッドにごろんと横になると大きく伸びをした。ベッドの脇に置いてあるテーブルには無数の落書きが。恐らくここに泊まった冒険者達のものだろう、勇ましい言葉や誓いの言葉、覚悟の言葉なんかも刻んであった。その中の一つにアニーは目を奪われた。


『やっとドラゴンキラーを手に入れた。これから俺の伝説が始まるぜ!』


 アニーの頭にスレッガーの姿が思い出された。ドラゴンキラーを自慢げに抜いて見せる姿。そして……竜に敗れ、血の海に沈んだ無残な姿。

 

『もしかしたら、お前さんがこうなってたかもしれないんだぜ』


 アズウェルの言葉を思い出し、アニーが身震いした時、ドアをノックする音が聞こえた。


「おーいアニー、一休みしたらメシ食いに行こうぜ」

 アズウェルが夕食の誘いに来たのだった。アニーはベッドから飛び起きると、乱れた服と髪を整え、ドアを開けた。


 宿屋は泊まりのみで食堂は無い。必然的に近くの店に行く事になるのだが、町外れの小さな宿屋の近くには小さな酒場しか無く、そこに入る事にした二人。


「いらっしゃい」

 マスターの目がアニーに止まった。

「これは可愛らしいお客さんだ。でも、お嬢ちゃんには酒はまだ早いかな?」

 マスターは笑いながらカクテルに使う炭酸水に赤いシロップを混ぜるとグラスに注ぎ、カウンターに置いた。

「これはサービスだ。それにしてもこんな町外れの酒場に……お兄さんと冒険でもしてるのかい?」

 礼を言いながらグラスに手を伸ばすアニーにマスターが尋ねた。


「いや、ちょっと急ぎの旅でね。本当は今からでも山越えしたいんだが、コイツ連れてると危ないからね」

 マスターの言葉にアズウェルが答えた。

「急ぎの旅ねぇ……まあ、夜の山道は危ないからな。向こうの山には山賊が出るって言うし、無理はしない事だな」

『向こうの山』と言うのはアニー達が越えて来た山で、山賊をアズウェルが捕まえたと知ったらマスターはどんな顔をするだろう? グラスに口を付けながら思うアニーだった。

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