欠落パラダイム
七津 十七
1章 happyend
1-1 シロ
何もかも白い。
白い空に浮かぶのは、白い太陽を隠す白い雲。日差しはレンガの道を白く焼き、照り返す光は壁を白く塗りつぶす。ふおん、ふおん、と規則的な風を送るのはこの街の象徴である風力タービンの音。三つの細い翼は止まることなく続いている。
街の終わりには、人の高さほどの白い壁がせり上がっている。その向こうには絹のような海が広がっているが、塀を越えなければ見えない。この海は何も生産しない。魚も貝もなく、海鳥もいない。無音の水が広がっているだけ。それを見ようとする人はいなかった。
一人を、除いて。
シロは猫であり、年端もいかぬ少女でもある。身軽な身体でひょいと塀に登り、幅わずか二十センチほどしかない道に両手足を乗せた。恐る恐る立ち上がり両手を広げる。天使のような白い髪がふわりと揺れ、風と馴染んだ。
ゆっくり、ゆっくり。一歩、一歩、踏み出す。つま先を突き出す度に心が躍る。
シロの瞳に、白い空と永遠の風力タービンが映る。毎日見る同じ光景。同じ景色。同じ風。ここは決して変わることのない街。シロの虹彩が万華鏡のように七色に輝く。
シロは走った。海を見たいわけではない。風力タービンを見たいわけでもない。この街で一日を過ごし、少しだけスリルを味わい、楽しみたいだけ。踏み外しそうな足にくすぐったさを覚え、おかしくて、楽しくて、ひたすら走った。
ごうごうと、風が耳を通り過ぎる。髪をすり抜け、腕を撫でて指から消える。シロははにかむ。すると、平和と幸せが身体中にじんわり広がった。
この街は永遠。永遠の幸せだけで満たされている。シロにとっての「悪」が全て排除された優しい街。ありのままのシロを受け入れてくれる、幸福の街。
だからシロは猫だった。猫のように気ままで、気まぐれで、時々悪戯や意地悪をして遊び、甘え、ミルクを飲んだ。その口は食べる事と感情を表現する以外はしない。言葉はない。おしゃべりする必要ないのだ。何度も繰り返すが、シロは猫なのだから。
シロは塀から飛び降りると、街を見渡しながら歩いた。凹凸のある白いレンガの道は歩きにくく、時々躓くが、整然と並んだ姿はこの街にしっくりくる。街の道筋はどこも一本だが、ここには分かれ道がある。まるで絵画のように、垂直の線は一点に吸い込まれやがて消失する。
その先にはこの街唯一の出口があった。そこだけは塀がない。代わりにアーチ型の門がぽつりと建っている。門には格子がかかっているが開いているため、出入りは自由だ。シロはここから出たいと思ったことがないため、その先に何があるか知らないし、これからも知ることはないなと思った。
シロは頭を振ると、家へ向かった。飼い主であるクロが住んでいる小さな白い家。ウエハースと積み木で作ったような愛らしい居場所。
クロは家にいるだろうか。いや、絶対にいるだろう。
クロはシロと違って、家にいるのが好きだ。一日中、本を読み、ソファで眠る。今頃は昼寝をしているに違いない。
さて、今日はどんな悪戯をしてやろうか。シロは一人笑うと、家へと急いだ。白い太陽は真上から覗いている。
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