合格祝い
俺は無事にN大学へ受かり、以前交わした約束通り外崎の家での合格祝いパーティにお呼ばれされた。
丁度外崎の使用人である久川さんも大学に受かったらしく、2人まとめてお祝いとの事だ。
「しかしあの倍率をよく乗り越えたよなぁ。今年は数学の不適切問題が多かったらしいし」
「そうなんだよ……俺の得意分野で点数取れないのがヤバいと思ったんだけど、こないだ外崎が教えてくれたお陰で物理と化学で取ったよ」
「そりゃよかった。俺、別に教えるの得意じゃねーし。あれな、元々は千尋が教えてくれたんだよ」
久川さんの事を親しそうに千尋、と呼ぶ所を見ると、外崎にとって久川さんはただの使用人よりももっと特別な感情があるのでは無いだろうか。
「そうそう、千尋もN大学なんだよな。お前ら折角だから仲良くしろよ〜」
「あ、そ、そうなんだ!? 久川さんも薬剤師志望とか?」
「いえ……私は橋本教授を尊敬しておりまして、小児癌の研究をもっと進めたいなと。まずは癌専門の免許を取るために看護師になろうと思っております」
まさかこんな身近に俺の尊敬する橋本教授を崇拝する人が居たとは!!
俺は思わず興奮して久川さんの両手を握りしめていた。
「そうなんだよ! 橋本教授の事理解してる人に始めて会った! 俺も橋本教授の下でいつか働きたくてまずはN大学目指したんだけど、母親が看護師でバタバタ忙しそうなの見てるから、ちょっと俺には無理かな〜とか思って……」
「でも……雨宮さんは優しそうですから、きっと小児科病棟へ行かれたらすごく人気があると思います」
「そ、そうかな……小児科専門の医者ってのも敷居が難しそうだし、せめて小児科の薬専門で勉強しようかなって悩んでて……」
「あの……すいません……手を……」
言いにくそうに久川さんが視線を逸らしたのを見て俺は彼女の手を握りしめていた事にようやく気づいた。
「ご、ごめんなさい! その……同じ志の人にビックリしちゃってつい……」
「いえ……お気になさらず。私も嬉しいです、橋本教授の事をそんなに理解されている方に出逢えて」
にこりと微笑む久川さんの笑顔はやはり綺麗な和製人形のように整って綺麗だなと思った。久川さんを見ていると俺の心が異常にドキドキする。あれ、俺──もしかして彼女に惚れてるんだろうか、何かいつになく顔が熱い。
「雨宮、千尋といい雰囲気じゃないかよお。まあ、俺にはジェシカが居るからいいけど〜」
「そ、そんな事ないって! 橋本教授の事で語れる人なんて今まで居なかったんだから!」
「へいへい、分かりましたよ。まあ続きは外か大学に行ってからお楽しみ下さいな」
「おいおい、外崎……誤解だって、拗ねんなよ」
「拗ねてねーし! ほら、楽しく3人合格おめでとちゃん。乾杯!」
ただのジュースで乾杯しているはずなのに、俺の身体は異常に興奮して熱くなっていた。久川さんが同じ大学に入る。
しかも、橋本教授を尊敬している所まで一緒。小児科専攻であれば必然的にいつか同じクラスになる日があるかも知れない。俺はその後も3人で結構遅い時間まで語り合っていた。
────
珍しくというか、俺は卒業式の二次会以来2回目の夜中帰りをした。こっそり静かに鍵を開けたが、母さんがまだ起きているのかリビングに電気がついている。
不思議に思い覗き込むと、カエルのぬいぐるみを抱きかかえたまま不貞腐れた顔でテレビを見ている雪の姿があった。
「あれ? 雪……まだ起きてるのか?」
「ひろちゃんお帰り! そっか、今日は遅い日だったんだ……」
「ああ、外崎の家で合格祝いして貰ってたんだ。盛り上がっちゃってこんな時間になっちゃった」
そう言えば、雪に今日どこに行くとか遅くなるとか何も伝えて居なかった気がする。
まあ、高校も卒業して大学も決まった事だし別に何か悪い事をしている訳では無いので、親や妹に何か文句を言われる事はない。
俺は洗面所で手洗いをしようとキッチンの横を抜けた時にふとテーブルを見るとまだ茶碗とラップで包まれたおかずが置いてある事に気がついた。
母さんの部屋の電気は消えてるし、もうこの時間だから寝ているはず。
父さんはまだ仕事だから、多分あと4時間くらいしないと帰ってこないだろう。でも父さんは帰ってきた後にご飯を食べる事は無い。大体昼近くまで寝てからご飯を食べる習慣だから、多分これは父さんのではない。
考えすぎかもしれないが、こんな遅くまで雪は俺が帰って来るのを黙って待っていたのだろうか? お肌の再生時間がどうのと煩いから早めに寝る子が。
「雪、もしかしてこれ俺のご飯?」
「ち、違うよ! 雪がこれから食べようと思って置いてたの。起きてたらお腹空いたなーって」
慌てて置いたままのおかずをしまおうとする雪を見て、俺は今日出かける事を雪に全く伝えていなかった事を申し訳無いと思った。
雪は俺が帰ってくると思いこんな遅くまでご飯をいつでも温められるようにして待っていてくれたのだ。
「こんな夜中に食べたら太るぞ」
「むぅ……でも食べないと……そうだ、明日の朝ごはんにしよっかなあ」
お腹空いたと言いつつかなり悩んでいる所を見ると、やはりこれは雪の夜食ではないらしい。
「これ、食べてもいい?」
「ひろちゃん、こんな夜中にご飯食べたら太るよ?」
「……明日ジョギングしてくるからいいよ」
手だけ急いで洗って再び椅子に座ると雪は嬉しそうにご飯を準備してくれた。これはやっぱり俺の帰りを待ってたんじゃないか……。
今度から出かける時は必ず雪に遅くなるならご飯作らないように伝えよう。いつまでも待たせるのは流石に可哀想だ。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます