妹が可愛い過ぎて困っています。

蒼龍 葵

【幼少時代】

家族になった日


弘樹ひろき、緊張してるのか?」

「父さんだってそうだろ? 珍しいね、こんな高そうな店……」


 俺は雨宮弘樹、今年で7歳になる。


 物心つく前に、俺の母さんは癌で他界。それから今に至るまで男手1つで育てられたものの、苦労を感じたことはない。


 それも、いつも支えてくれる祖父母とこれから会う人のお陰──。


「雨宮さん」


 凛とした声と、ベージュのパンプスが嫌味な音を立てずに近づいてくる。


「お待たせして申し訳ありません」

「いいえ、大丈夫ですよ、私達も到着したばかりですから。──ほら弘樹」

「こ、こんばんは……」


 桜田さんは父さんの親友の1人で、最近になって近所に引っ越してきたらしい。

 母さんとも無二の親友だったらしく、何かと食事面の世話を焼いてくれる第2の母のような存在だ。


(いつものTシャツとジーパン姿とは全く違う──)


 薄化粧ながらも引き立つ秀麗な顔に、皺1つないターコイズブルーのワンピース……女性にあまり免疫の無い俺も、思わず見惚れてしまっていた。


「ふふっ、弘樹君どうしたの? あ、さては──私がスカートなの珍しい?」

「い、いえ……そう……でも」

「ママぁ?」


 図星を当てられ、言葉を濁す俺に助け舟を出したのは舌ったらずな声だった。

 スカートをくいくい引っ張る度に、母親の背後で揺れる黒いツインテール。

 一瞬だけ覗かせた小さな顔には、愛らしい二重の瞳。その目をぱちくりさせ、小首を傾げている。


雪音ゆきねちゃん、久しぶりだね。元気だったかい?」


 父さんが少女の目線に合わせて身長を屈めるものの、彼女は震えながら母親の後ろに引っ込んでしまった。

 そういえば、俺もこの子に会うのは初めてだ。──桜田さんの子供なんだろうか?


「父さん、この子は?」

「ああ、弘樹……実はな」


 父さんは珍しく照れたように頭を掻くと、俺の前で膝をついた。力強い腕が両肩に食い込む。


「桜田さんは……今日からお前のママになるんだ」

「──え?」

「雪音ちゃんは、お前の妹になるんだよ」

「妹……」


 復唱しか出来ない俺に、父さんははにかんだように笑い、そうだと頷く。


 もう一度少女に視線を向けると、彼女も母親から同様の説明を受けたらしい。俺に向けて、不揃いの白い歯を覗かせる。


「おにぃちゃん」


 満面の笑みを浮かべるその少女──雪音。


 その、あどけない天使のような笑顔は本当に可愛かった。


 妹が欲しかった俺にとって、それは──本当に、本当に嬉しかったんだ。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る