第三十九幕:すれ違いの虹

七夏「虹は、どんな色に見えますか?」

時崎「・・・・・・・・・・」

七夏「うぅ・・・」

時崎「っ!!! 七夏ちゃんっ!!!」


心臓に叩き起こされた。


時崎「七夏ちゃん・・・」


窓はかなり明るくなっており、いつもなら起きている時間だという事がすぐに分かった。


時崎「起きる・・・か」


布団から起きる。机の上に「C11機関車」の鉄道模型・・・その下にメモ書きがあった。


--------------------

柚樹さん、


おはようございます。昨日はごめんなさい。

今日はここちゃーのお家にお出掛けします。


七夏

--------------------


時崎「七夏ちゃん・・・」


メモ書きを見てほっとする自分が居た。どんな顔をして七夏ちゃんと会えばいいのかと思っていたから。けど、それは問題を先延ばしにしているだけだ。七夏ちゃんは、しっかりと自分の意思を伝えてきているのに俺は・・・。


1階へ降りる。


時崎「おはようございます」

凪咲「柚樹君、おはようございます」

時崎「すみません。寝坊してしまって」

凪咲「いいのよ。起こしてあげようかと悩んだのですけど、七夏が・・・ね」

時崎「七夏ちゃん・・・」

凪咲「七夏は今日、心桜さんのお家にお出掛けしてるわ」

時崎「はい。七夏ちゃんからのメモを見ました」

凪咲「そうなの?」

時崎「凪咲さん!」

凪咲「はい」

時崎「・・・・・」


俺は、民宿風水を発つ事を凪咲さんに話そうとするが、なかなか言葉が出てこない。


凪咲「柚樹君?」

時崎「お、俺、七夏ちゃんと距離を置いた方がいいかと思って・・・その・・・」

凪咲「・・・・・」

時崎「泊り先を駅前の宿にしようかと思って・・・」


民宿風水を発つという言い方をしたくない自分が居た。別の言い方でなんとか意思を絞り出す。


凪咲「・・・やっぱり、二人とも似てるわね」

時崎「え!?」

凪咲「七夏が今日、心桜さんの家にお出掛けした理由と、柚樹君の今のお話し」

時崎「・・・・・」

凪咲「少し、距離を置いた方が見える事があるって話したと思うけど、それは避けるっていう事ではないのよ」

時崎「っ!!!」

凪咲「七夏は、柚樹君の事を避けてる訳ではないと思うの」


七夏ちゃんのメモ書きを見て、俺の事を避けている訳ではないという事くらい分かる。七夏ちゃんの方が、俺よりもしっかりと行動できているという事だ。


時崎「・・・はい」

凪咲「急に色々な事があると、気持ちを纏めるのに時間が必要なのよ。そして、その時に気持ちの対象となる人が近くに居ると、上手く纏まらないのよ」


どんな顔をして七夏ちゃんと会えばいいのだろう・・・そう思っていた俺に、凪咲さんの言葉が鋭く刺さった。


凪咲「でも、距離が離れ過ぎたり、時間が掛かり過ぎても、上手くゆかないのよ」

時崎「・・・・・」

凪咲「今日一日」

時崎「え!?」

凪咲「今夜は、駅前の宿に泊ってみると、色々と見えてくる事があるかも知れないわね」

時崎「それって」

凪咲「柚樹君と七夏、似ているから、同じように風水を見つめなおしてもらえるかしら?」

時崎「凪咲さん・・・」


凪咲さんは優しく微笑んでくれた。


時崎「色々、すみません。ありがとうございます」

凪咲「いいのよ。そのかわり、七夏の事、これからもよろしくお願いします」

時崎「はい」

凪咲「少し、遅くなっちゃったけど、朝食、頂いてくださいね」

時崎「ありがとうございます」


いつもよりかなり遅い朝食。もう、昼食と言えるかも知れない。


時崎「!?」


窓の外から蝉の声。だけど、この夏初めて聞く鳴き声だ。


時崎「ツクツクボウシ・・・か」


夏の終わりが近づいている事を告げるように現れる蝉。ツクツクボウシの鳴き声を聞くと、切ない気持ちを加速させられる。急がなければならない事が沢山ある。凪咲さんは気持ちを整えるのには時間が必要だと話してくれたけど、そんなに時間の余裕は無いと思う。

今日は、駅前の宿に泊る事にした為、手短に荷物をまとめる。


時崎「凪咲さん、では今日は、駅前の宿に泊ります」

凪咲「柚樹君、これ」


凪咲さんは、封筒を渡してくれた。


時崎「これは・・・」

凪咲「今日の宿泊代」

時崎「そ、そんなっ!」

凪咲「提案したのは私ですから♪ でも、おつりは返しに来てくださいね♪」

時崎「凪咲さん・・・ありがとうございます」


??「ごめんください」


出掛けようと思っていた矢先、玄関から声がした。凪咲さんが応対するけど、この声は知っている。


凪咲「あら、高月さん。いらっしゃいませ」

笹夜「こんにちは」

凪咲「ごめんなさい。七夏は出掛けているの」

笹夜「今日は、その、時崎さんにお話しがあって・・・」

凪咲「まあ、そうなの? 柚樹君!?」

時崎「はい。お話しは聞こえてました。高月さん、こんにちは」

笹夜「こんにちは。突然すみません」

時崎「いや、全然構わないよ」


突然の高月さんの訪問。今、七夏ちゃんとの事を考えると、高月さんが居てくれると心が幾分穏やかになりそうだ。高月さんは俺に話しがあるみたいだけど、俺も高月さんには訊きたい事がある。


笹夜「時崎さん、お出掛け・・・でしたか?」

時崎「え!? あ、ああ。でも、今すぐでなくてもいいよ」

笹夜「お出掛けでしたら、私もご一緒してもよろしいでしょうか?」

時崎「え!? それは、もちろん構わないけど」

凪咲「高月さん、せっかくいらしたのですから、少し休憩なさってください」

笹夜「え!?」

凪咲「お顔、少し赤くなってないかしら?」

笹夜「・・・ありがとうございます♪」


凪咲さんに言われて高月さんを見ると、白くて綺麗な頬が、少し赤く染まっている気がした。ちょっとした事への気遣いが出来ない自分が情けない。


時崎「高月さん! こっちへ!」

笹夜「ありがとうございます♪」


俺は涼しい縁側へと高月さんを案内した。心地よい音が響く。


笹夜「まあ! 風鈴♪」

時崎「あ、音、気になるかな?」

笹夜「とても涼しく、心地よい音色です♪」

時崎「良かった」

笹夜「それに、綺麗な光・・・サンキャッチャーかしら?」

時崎「ああ。七夏ちゃんも喜んでくれたんだ」

笹夜「そう♪」


俺は昨日の七夏ちゃんとの事を、高月さんに話すべきか躊躇っていた。まずは高月さんのお話しを聞くべきではないだろうか?


凪咲「冷茶と和菓子です。どうぞ」

笹夜「ありがとうございます♪」

時崎「凪咲さん、ありがとうございます」

凪咲「ごゆっくりなさってくださいませ」


そう話すと、凪咲さんは部屋を出てゆく。縁側で高月さんと二人きりのような時間・・・次に行うべき事を考える。


時崎「高月さん、どうぞ!」

笹夜「ありがとうございます♪」


高月さんの手元に冷茶を差し出す。いや、次に行うべき事って、そうではなくって!


時崎「そ、その・・・話しって?」

笹夜「はい。時崎さんにお礼が言いたくて」

時崎「お礼!?」


高月さんから感謝されるような事をしたかどうか考える。けど、心当たりがない。


笹夜「この前、心桜さんの浴衣を選んだ日の事」

時崎「天美さんの浴衣選び? それ、俺は選んでなかったと思うけど?」

笹夜「その後の事で・・・」

時崎「その後の事? あっ! ピアノ演奏?」

笹夜「はい♪ あの時の販売員さんが、ランドロー社の方で、それ以来メッセージで連絡しあってます」

時崎「そうなんだ」

笹夜「ランドロー社の方のお話しは、色々な事を知る機会になりました」

時崎「その事と、俺へのお礼とは、どういう関係が!?」

笹夜「あの時、時崎さんが私の演奏を聴いてみたいと話してくれなかったら・・・」

時崎「え!? それなら俺だけではなかったと思うけど」

笹夜「七夏ちゃんや、心桜さんだけだったら、演奏していなかったと思います」

時崎「どうして?」

笹夜「二人は私の演奏を知っていますし、多くの人の前で演奏するのはちょっと勇気がなくて・・・」

時崎「俺が高月さんの演奏を聞いてみたいと話しても断る事ができたのでは?」

笹夜「はい。時崎さんには、知っておいてもらいたかったから・・・かしら?」

時崎「え!?」

笹夜「えっと、七夏ちゃんのアルバム作り・・・私も協力するって話しましたから」

時崎「アルバム・・・」

笹夜「時崎さんと七夏ちゃん・・・沢山の色々な思い出が必要だと思って・・・」

時崎「ありがとう。高月さん」


高月さんが俺に話したい事・・・お礼って、ランドロー社の方との繋がりという事か。でも、その為に、わざわざ俺の所まで訪ねてくるだろうか?


笹夜「私、その販売員のお方とお話している流れで、電子ピアノ用のデモ音楽を作ってみませんかって」

時崎「え!? それって凄い事では?」

笹夜「はい。私も驚いて・・・あの時の演奏、販売員さんの方がとても気に入ってくれて」

時崎「とっても良かったよ」

笹夜「でも・・・」

時崎「高月さん?」

笹夜「即興演奏って、その時にその場で作りながら演奏しますので、後で全く同じ演奏が出来ないのです。家で思い出しながら弾いてみるのですけど、あの時と違う気がして・・・」


俺は、高月さんの力になれると思った。


時崎「高月さん!」

笹夜「は、はい!?」

時崎「あの時の高月さんの演奏、録画してるから、それを聴けばいいと思う」

笹夜「録画・・・まだ残ってますか?」

時崎「もちろん! 消すはずないよ!」

笹夜「ありがとうございます。でも、私・・・」

時崎「どうしたの?」

笹夜「音感が鋭くなくて・・・聴いても分かるかしら?」

時崎「おんかん?」

笹夜「私、『絶対音感』を持っていなくて・・・」

時崎「絶対音感?」

笹夜「例えば『ラ』の音を鳴らした時に、それが『ラ』だと分かる事です」

時崎「音当てクイズみたいなイメージかな?」

笹夜「はい。美夜は絶対音感を持ってるのに、どおして私は・・・」

時崎「みや?」

笹夜「あ、すみません、私の妹です」

時崎「高月さん、妹さんが居たんだ」

笹夜「はい。絶対音感は、幼い頃にしか習得できないみたいで、私は少し遅かったみたいです」

時崎「そう・・・なんだ」

笹夜「私がピアノを弾いているのを傍で聴いていた美夜は、自然と絶対音感を身に付けていて・・・でも、美夜はピアノには全然興味がないみたいで・・・」

時崎「興味の対象は人それぞれだから」

笹夜「はい。 絶対音感のない私が、電子ピアノのデモ音楽を担当してよいのかしら?」

時崎「いいと思う!」

笹夜「え!?」


俺は迷わず即答した。


時崎「高月さんの演奏は、ピアノの事がよく分からない俺でもとても良かったと思ったし、ランドロー社の方も良いって話してくれて今がある訳でしょ?」

笹夜「・・・・・」

時崎「見えない、分からないっていう事は、それが分かる人では味わえない事で、その多くは、優しさや思いやりに繋がってゆくのだと俺は思うよ」

笹夜「・・・・・時崎さん・・・・・」


高月さんは、音が良く見えない・・・これって七夏ちゃんと重なる部分があると思った。


時崎「・・・なんて、ちょっと偉そうだったかな・・・ごめん」

笹夜「いえ。ありがとう・・・ございます・・・」

時崎「高月さん!」

笹夜「はい?」

時崎「あの時の演奏、聴いてみる?」

笹夜「はい♪ お願いします♪」


俺は、MyPadに転送しておいた、高月さんの即興演奏動画を再生した。演奏を聴いている高月さんは、少し恥ずかしそうだけど真剣な表情で動画を見つめていた。


時崎「手ぶれ多くてごめん」

笹夜「いえ。自分の演奏している姿を見ると少し恥ずかしいです」

時崎「あ、それ、分かるよ」

笹夜「でも、私が思っていた記憶と、細かな所で違いがありました」

時崎「この動画が参考になるかな?」

笹夜「はい♪ とっても参考になります♪」

時崎「もう一度、演奏する?」

笹夜「はい♪ お願いします♪」


演奏を聴きながら、高月さんの表情は次第に優しくなり、演奏そのものを楽しみ始めたように思えた。


時崎「高月さん!」

笹夜「はい!?」

時崎「この動画、送るよ!」

笹夜「え!?」

時崎「高月さんの携帯端末に!」

笹夜「え!? あ、ありがとうございます♪」


俺は高月さんの携帯端末へ動画を転送する。


時崎「上手く届いたかな?」

笹夜「はい♪」

時崎「俺に出来る事ってこのくらいしかないから」

笹夜「とても大切な『このくらい』です♪」

時崎「え!?」

笹夜「時崎さん」

時崎「?」

笹夜「時崎さんは、虹の撮影で、この街に来られたのでしたでしょうか?」

時崎「あ、ああ」

笹夜「昨日、大きな虹が架かってました」

時崎「!!!」

笹夜「私の家から、この街まで・・・」

時崎「・・・・・」


真剣な表情で俺を見ている高月さん。俺の心にその視線が鋭く刺さってくるようで、高月さんの顔が見れなくなっていた。何かを読み取られるような感覚。どうすればいい?


笹夜「見えませんか?」

時崎「っ!!!」


昨日の七夏ちゃんと同じ事を聞かれた。けど、高月さんは空ではなく、自分の髪の半分を掻きあげる。その髪はさらさらと手から滑り始め、扇子のように広がりを見せた。


時崎「あっ!」


その髪の扇子に陽の光があたり、虹が浮かびあがっていた。とても美しく儚い虹。さっきと違って今度は高月さんを凝視してしまう。高月さんの手から髪は全て滑り落ち、虹もすぐに消えてしまった。


笹夜「私、この髪、あまり好きではなくて・・・」

時崎「どうして?」

笹夜「いつも最初に髪の事を言われるから・・・」


高月さんの気持ちは分かる。


時崎「高月さんの心が髪で霞むからかな?」

笹夜「・・・七夏ちゃん」

時崎「え!?」

笹夜「七夏ちゃんは、話してこなかったの」

時崎「!」

笹夜「でも、七夏ちゃんには、見えてなかったからなのかも知れないって」


七夏ちゃんには高月さんの虹が見えていない・・・見えたとしても、翠碧色の虹・・・だけど、高月さんの虹を写真として、アルバムとして残せばもしかすると・・・。


時崎「高月さん!」

笹夜「はい!?」

時崎「さっきの、1枚いいかな?」

笹夜「え!?」

時崎「俺からお願いします!」

笹夜「は、はい・・・こう、かしら?」


再び広がる高月さんの綺麗な髪。その中に現れた虹を俺は撮影しようと写真機を構えるが---


「メモリーカードの空き容量がありません。空き容量のあるメモリーカードと交換するか、不要な画像を削除してください」


時崎「・・・・・」

笹夜「? どうかなさいました?」

時崎「ご、ごめん! ちょっと待って!」

笹夜「は、はい」


俺は慌てて写真機のメモリーカードを交換する。


時崎「もう一度、いいかな?」

笹夜「はい♪」


少し、慌てている俺を見て、高月さんは微笑んでくれた。


笹夜「こうかしら?」

時崎「ああ!」


さすがに3度目となると、高月さんも慣れてくるようで、さっきよりも綺麗に髪が流れ、その中の虹もより輝いて見えた。今度はしっかりと撮影する。


時崎「ありがとう! 高月さん!」

笹夜「はい♪」

時崎「さっき、七夏ちゃんには見えていないって話してたけど、七夏ちゃんなら---」

笹夜「え!?」

時崎「見えてたとしても七夏ちゃんなら!」

笹夜「はい♪ 私も、そう思っています♪」


七夏ちゃんと始めて出逢った時、俺は虹の写真を見せた・・・見せてしまった。その虹は、どんな色だったのだろうか?

なんとなくだけど、届かない虹の色と、印刷した虹の色の違いなのだろうか?

或いは、触れられないか触れられるか・・・前者が翠碧色の虹で、後者が七色だとしたら・・・。

だけど、高月さんの虹は触れる事が出来ると思う。七夏ちゃんにはどのように見えているのだろうか? 分からない。分からないと言えば「可愛い」の一件もそうだ。高月さんなら七夏ちゃんの気持ちが分かるかも知れない。

時計を見る。七夏ちゃんがいつ帰ってくるか分からないから、そろそろ出掛けた方が良いかも知れない。七夏ちゃんを避けているような気持ちになってしまって複雑な気分だ。いや、七夏ちゃんと会わないように意識したのは、距離を置く事ではなくて避けている事になる。本当は七夏ちゃんと会って話しがしたいのに・・・。


笹夜「時崎さん?」

時崎「え!? あ、ごめん」

笹夜「お出掛けのご予定でしたよね?」

時崎「あ、ああ」


お出掛け・・・でも、特に予定がある訳ではない。


笹夜「先ほどもお話ししましたけど、わ、私も、ご一緒いいでしょうか?」

時崎「え!? それはもちろん!」

笹夜「ありがとうございます♪」


高月さんは、俺への話しは済んだと思ったのだけど、まだ何かあるのかも知れない。俺も高月さんに訊いてみたい事がある。七夏ちゃんと距離を置く事で出来てしまった空間と時間を、高月さんで埋めてしまおうとする自分に気付く。だけど、七夏ちゃんの事をよく知っている高月さんに力を貸してもらう事で、七夏ちゃんと距離を詰める事が出来るなら・・・なんて考えてしまう。俺は身勝手だ。


時崎「高月さん、ありがとう」

笹夜「え!? い、いえ・・・」


凪咲さんに出掛ける事を伝える。


凪咲「柚樹君、高月さん、お気をつけて」

時崎「はい。ありがとうございます」

笹夜「では、失礼いたします」


商店街へと続く道を高月さんと歩く。昨日は七夏ちゃんと一緒だった事を思い出してしまう。ダメだ! 今は高月さんの事も考えないと! 何を話せばいい?


時崎「・・・・・」

笹夜「・・・・・」

時崎「・・・・・」

笹夜「と、時崎さん」

時崎「え!?」

笹夜「アルバム作り、如何でしょうか?」


高月さんから、話題を頂いてしまった。もっとしっかりしろ! 俺!


時崎「ま、まあ、今日も風景とか素材を集めたり、あと写真屋さんにも寄ろうかと」

笹夜「私にもお手伝いできる事ってあるでしょうか?」


高月さんには、写真のモデルさんになってもらいたいと思ってしまう。


時崎「写真屋さん、後で寄ってもいいかな?」

笹夜「はい♪」

時崎「高月さんは、買い物は無いの?」

笹夜「特には・・・あ!」

時崎「何かある?」

笹夜「本屋さんに・・・」

時崎「楽譜? それとも小説かな?」


俺が知っている高月さんの事って、このくらいしかない。でも、高月さんは少し嬉しそうに微笑んでくれた。


笹夜「すみません。今日は参考書を・・・」

時崎「そ、そう」

笹夜「夏休み、あと半分もないですから・・・」

時崎「!!!」


ツクツクボウシの鳴き声がまた聞こえてきた。夏の終わりが始まる事を告げるかのように・・・。もう、そんなに余裕がないな。俺自身でなんとかしたかったけど、高月さんに今迄で気になっている事を訊いてみようと思う。

少し、落ち着ける場所の方が良いだろう。それに、高月さんへ訊きたい事をまとめる時間も少しほしい。


時崎「高月さん」

笹夜「はい?」

時崎「本屋さんに!」

笹夜「ありがとうございます♪」


本屋さんで、高月さんを待っている間に、自分の考えをまとめる事にした。


「七夏ちゃんは写真が苦手」

これまでの事から、この事は分かる。そして、写真に対しての印象が、変わってきている事も。七夏ちゃんの方から写真撮影をお願いされたりもした。だけど、初対面の時に、俺の写真撮影のお願いを受けてくれた事は、分からないままだ。でもこれは、高月さんも分からないと思うし、俺が答えを見つけたい。それが無理だとしても、七夏ちゃんに俺自身が訊かなければならない事だ。


「七夏ちゃんは虹の話題が苦手」

虹の話題が苦手な事も、今さら訊く必要は無い。その事で、今がある。虹に対しても七夏ちゃんは変わろうとしている。俺は七夏ちゃんに「七色の虹を見せてあげたい」なんて話しておきながら、何も出来ていない。


「七夏ちゃんの落とす影って?」

以前に高月さんが話していた事。笑顔から影が落ちているというのは・・・七夏ちゃんを見ていても気付けないままだ。


「可愛いと言われる事は迷惑?」

ある時期から七夏ちゃんは「可愛い」という言葉に対して何とも言えない困惑の表情を浮かべるようになった。でも、完全に嫌がっているようには思えない。お泊り客から「可愛い」と言われた七夏ちゃんは笑顔で応対していた。


ここまで考えて、ある事に気付く。


時崎「あっ!」


七夏ちゃんの最も魅力的な「ふたつの虹」について、思い出すかのように意識された。七夏ちゃんは「ふたつの虹」を感覚出来ていない。そして、天美さんや、高月さんも「ふたつの虹」を感覚していないかのように振舞っている。今の俺もそうだった。最初は変化する七夏ちゃんの瞳の色が不思議で魅力的に思えた。それは今でも変わらない。けど、それよりも、もっと魅力的で大切な事があって、それを想う気持ちこそ「ふたつの虹」の持つ本当の魅力なのかも知れない。


高月さん、参考書選びに悩んでいるのだろうか?


笹夜「時崎さん!」

時崎「え!? うわっ!」

笹夜「きゃっ!」

時崎「ご、ごめん!」

笹夜「いえ・・・私の方こそ・・・」


突然背後から高月さんに声を掛けられて驚く。高月さんは、参考書の置いてある場所に居ると思ってたけど・・・。


時崎「参考書、見つかった?!」

笹夜「はい♪ すみません。楽譜も見ていたら、遅くなってしまって」

時崎「なるほど。全然構わないよ」

笹夜「ありがとうございます♪」

時崎「高月さん、ちょっと喫茶店で休憩しない?」

笹夜「はい♪ お心遣いありがとうございます♪」


高月さんと、喫茶店へ寄る。訊きいた事はだいたい纏めておいたけど、いざ訊くとなると、その切り出し方が難しい。二人とも紅茶を注文して、待っている時間・・・訊くなら今のタイミングだ!


時崎「た、高月さん!」

笹夜「は、はい!?」

時崎「え、えっと、ちょっと気になっている事があって・・・」

笹夜「何でしょうか?」

時崎「以前に、七夏ちゃんの落とす影がどうとかいうお話しがあったよね?」

笹夜「はい。時崎さん、分かりましたか?」

時崎「い、いや・・・それが、今でも分からなくて・・・」

笹夜「そう・・・ですか・・・」

時崎「な、七夏ちゃんの落とす影って?」

笹夜「・・・時崎さんは、いつまでこの街に居られるのかしら?」

時崎「え!? あっ!」


そう言う事か!


<<時崎「あ、ごめん。今回の旅行の滞在期間の事なんだけど・・・」>>

<<七夏「あ・・・」>>


以前、この街の滞在期間の事を七夏ちゃんに話した時の表情を見て以来、七夏ちゃんが不安にならないように気を遣ってたつもりが、逆効果だったのか?


笹夜「時崎さんが、いつ居なくなってしまうのか分からないという事が、七夏ちゃんの笑顔の影になっているのではと思って・・・」

時崎「やっぱり、七夏ちゃんに伝えた方が良いのかな?」

笹夜「決まっているのでしょうか?」

時崎「え!?」

笹夜「時崎さんが、いつまでこの街に居られるかという事」

時崎「いや、まだはっきりとした事は・・・だけど、引き延ばせてもあと一週間くらいかなと」

笹夜「え!? そ、そう・・・」

時崎「? どうしたの? 高月さん?」

笹夜「い、いえ・・・」


滞在期間の予定を高月さんに告げると、一瞬、高月さんの様子が変わった気がした。気のせいだろうか?


店員「お待たせしました。紅茶になります」

時崎「ありがとう」

笹夜「ありがとうございます」

店員「ごゆっくりどうぞ」


紅茶を頂き、少し落ち着いてから、もうひとつ気になっている事を訊ねた。


時崎「高月さん。もうひとつ、いいかな?」

笹夜「はい」

時崎「そ、その・・・高月さんは『可愛い』って言われるのって迷惑かな?」

笹夜「え!?」

時崎「女の子は・・・って、言った方がいいかな?」

笹夜「・・・・・私は、言われる人に依ります」

時崎「言われる人・・・」

笹夜「と、時崎さんだったら、とても嬉しい・・・です・・・」

時崎「そ、そう。ありがとう」

笹夜「七夏ちゃん、かしら?」

時崎「え!? ああ。まあ、可愛いって言うと、困ったような顔をされる事があって・・・前はそうでもなかったのだけど」

笹夜「それはきっと、とっても嬉しいからなのだと思います♪」

時崎「え!?」

笹夜「時崎さんの『可愛い』が社交辞令や、お世辞ではないという事」

時崎「あっ・・・」


なるほど。高月さんに言われると、心当たりがある。七夏ちゃんは、お泊り客からの「可愛い」には笑顔で対応していた。


笹夜「言われる人に依るって話しましたけど、伝わったかしら?」

時崎「ああ! ありがとう!」

笹夜「良かったです♪」

時崎「しっかり者さんの高月さんが居てくれると、心強いよ」

笹夜「そんな・・・」


虹の事についても高月さんに訊きたかったけど、これだけは、俺自身でなんとかしたい。全てを高月さんに訊いていては、ダメだと思う。


時崎「あ、そうだ! 写真屋さんに寄る前に、高月さん!」

笹夜「はい?」

時崎「アルバムの表紙についてなんだけど」

笹夜「アルバムの表紙・・・前に決めませんでした?」

時崎「製本アルバムは前に決めたけど、もうひとつ、七夏ちゃんに別に渡そうと思っているのがあって、その表紙をどうしようかと思ってた所で」

笹夜「なるほど♪」

時崎「この後、雑貨店へ寄ってもいいかな?」

笹夜「はい♪」


喫茶店を出て、高月さんと雑貨店へ寄る。文房具も置いてあり、アルバムの表紙に使えそうな厚紙もあった。


時崎「あ、これなんか使えそうだな」

笹夜「厚紙ですか?」

時崎「ああ。いいデザインがあるかな?」

笹夜「私も探してみます♪」

時崎「ありがとう」


しばらくすると、高月さんは、若葉色の厚紙を持って来てくれた。


笹夜「時崎さん、これは、どうかしら?」

時崎「若葉色に白い縁取り、セブンリーフみたいだね!」

笹夜「はい♪ 時崎さんもそう思われました?」

時崎「ああ! これなら、七夏ちゃんも喜んでくれると思う!」

笹夜「はい♪」

時崎「あとは・・・」


アルバムに必要な材料を買い足す。まだ足りない物があるかも知れないけど、とりあえず今思い付く物は買っておいた。

雑貨店を出ると、日が結構傾いていた。意外と時間を使ってしまったようだ。高月さんが隣町に住んでいる事を考えると、写真屋さんは俺一人で行く方が良さそうだ。


時崎「高月さん、今日は色々とありがとう!」

笹夜「はい♪」

時崎「駅まで送るよ!」

笹夜「え!? 写真屋さんへは・・・」

時崎「今からだと、高月さんの帰りが遅くなるから、写真屋さんへは俺一人で」

笹夜「は、はい・・・」


ん? 何だろ? また少し高月さんの様子が変わったような気がした。


 ☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆


駅に着いたけど、高月さんは急に話しかけてこなくなった。何か少し気まずいけど、気に障るような事を話しただろうか? 写真屋さんへ俺一人・・・その事が影響しているようには思えないのだけど・・・。


時崎「高月さん! 今日はありがとう!」

笹夜「・・・はい・・・」


高月さんは、改札の前まで歩いてこちらに振り返る。長い黒髪がその後を追うようにふわりと広がる・・・前にも見た事のある光景。何度でも見てみたい光景。

俺はその瞬間を撮影して記録したかったが、今の高月さんの様子を考えると、写真撮影を行おうとは思わなかった。丁度、隣町行きの列車が改札越しに見えた時---


笹夜「と、時崎さん! わ、私、時崎さんの事が---」

時崎「!!!!!!!」


聞き間違いだろうか・・・いや、震え始めている手足が、そうではない証拠だ。どういう事なんだ? 訳が分からない。


時崎「あ、た、高月さん!」

笹夜「列車、来ましたから・・・失礼します」


その言葉を残して、高月さんは列車内へ消え、そのまま列車は高月さんの気持ちに合わせたかのように、出発してしまった。


ホームに鳴り響く次の列車のアナウンスが、今の出来事を掻き消すかのようだった。


第三十九幕 完


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次回予告


突然の想いが眩し過ぎて、今までの事が全く見えなくなる。


次回、翠碧色の虹、第四十幕


「響き広がる虹」


俺は、今までどおりの風水での日常を取り戻す事ができるのだろうか?

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