第二十五幕:蒸気と舞う虹
いつもより早く目が覚めた。昨夜は、早めにお休みしたからだろうか。いつも起こされているのもどうかと思う。せめて今の季節限定ではあるが、蝉の目覚ましで起きれるように意識したい。
コンセントに刺さっている写真機の充電機器を取り外す。今、写真機に入っている電池の残量は十分である事を確認する。
しばらくすると、昨日と同じように一階から話し声が聞こえてきた。俺は、七夏ちゃんが起こしに来てくれる前に一階へ向かう。
七夏「あ、柚樹さん☆ おはようございます☆」
時崎「七夏ちゃん、おはよう!」
七夏「くすっ☆」
凪咲「おはようございます。柚樹君」
時崎「凪咲さん、おはようございます」
直弥「おはようございます。時崎君、今日はよろしく」
時崎「あ、はい! おはようございます!」
突然、現われた直弥さんに、少し動揺してしまう。
七夏「お父さん、鞄!」
直弥「ありがとう! 七夏!」
凪咲「あなた、いってらっしゃいませ。また後で♪」
直弥「ああ。楽しみにしてるよ!」
凪咲「はい♪」
七夏「くすっ☆」
時崎「七夏ちゃん? どうかしたの?」
七夏「えっと、お母さん、とても嬉しそうです☆」
時崎「なるほど☆ 七夏ちゃんも嬉しそうだよ!」
七夏「はい☆ 柚樹さん、朝食の準備できてますので、どうぞです☆」
時崎「七夏ちゃんは?」
七夏「私も、これから頂きます☆」
七夏ちゃんと一緒に朝食を頂く。この後の事を話しながら---
七夏「今日も、お天気で良かったです!」
時崎「そうだけど、日差しが強いから、気をつけないと」
七夏「はい☆」
時崎「そう言えば、今日のイベントは初めてなの?」
七夏「えっと、時々あるみたいです」
時崎「そうなんだ。七夏ちゃんは、いつも参加してるの?」
七夏「いえ、私はあまり・・・。でも、今回は、お父さんが運転士さんですから☆」
時崎「なるほど」
七夏「お母さんも、久々かな。お泊まりのお客様が居ると難しいから・・・そう言えば、ここ最近お泊まりのお客様も居ないですから、丁度良かったのかもです☆」
時崎「そ、そうなんだ」
七夏「あ、ごめんなさい。柚樹さん、お客様でした」
時崎「いやいや、今の俺は宿泊代を免除してもらってるから、こっちこそごめん」
七夏「くすっ☆ 柚樹さん居ると楽しいです☆」
時崎「ありがとう」
楽しいと話てくれた七夏ちゃん。その言葉が本心かどうかは分からない。だけど、それを本心に変えてみせる事が、七夏ちゃんや凪咲さん、何より俺にとっても大切な事だ。
七夏「ご馳走様です。柚樹さん、おかわりはいいですか?」
時崎「ありがとう」
七夏ちゃんは、ごはんをお茶碗に少しだけよそってくれた。何度かこのような事があると、どのくらいの量が丁度良いか分かってくれている事が嬉しい。
七夏「はい☆ どうぞです☆ では、ごゆっくりどうぞです☆」
時崎「七夏ちゃんはもういいの?」
七夏「はい。この後、お出かけの準備がありますので」
時崎「俺も急ぐよ!」
七夏「くすっ☆」
☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆
時崎「凪咲さん、ご馳走さまでした」
凪咲「はい。お粗末さまでした」
朝食を済ませ、出かける準備をする・・・といっても、今朝、準備は殆ど済ませていたので、持ち物の再確認くらいだ。
出かける準備をしている七夏ちゃんと凪咲さんを待つ。
手荷物を確認して、居間へ向かうと凪咲さんが待ってくれて居たようだ。
凪咲「柚樹くん、準備は出来たかしら?」
時崎「はい。七夏ちゃんは、まだ準備中かな?」
凪咲「そうみたいね。そうそう。これ、ナオから今日のイベントの招待状と案内状。さっと見ておくといいかも知れないわ」
時崎「ありがとうございます!」
凪咲さんから、イベントの招待状と案内状を受け取る。案内状には七夏ちゃんのお父さんの予定がメモ書きされていたので確認しておく。招待状は「きっぷ」をイメージした乗車券が付いており、イベント列車に乗車出来るみたいだ。
凪咲「七夏、遅いわね」
七夏「ごめんなさいっ! 遅くなりました!」
時崎「おっ! 可愛い!」
七夏「え!? あ、ありがとう・・・です」
時崎「!?」
凪咲「では、参りましょう」
時崎「はい」
七夏ちゃん、凪咲さんと駅へ向かう。道中、写真を撮る機会があれば良かったのかも知れないけど、少し急いでいたので、二人の足を止めてもらう機会がなかった。
凪咲「間に合いそうね」
七夏「良かった☆」
駅前に着く。急いだ事によって列車の到着まで少し時間ができたので、ここで落ち着けそうだ。
時崎「七夏ちゃん、凪咲さん!」
凪咲「はい」
七夏「くすっ☆」
俺は駅を背景に二人を写真に収めた。
凪咲「七夏・・・」
駅舎内に入ると大きなエンジン音が周囲に広がる。丁度列車が到着したようだ。七夏ちゃんは列車の方へ駆けて・・・と思ったら振り返って---
七夏「柚樹さん! お母さんも早く!」
時崎「あ、ああ」
七夏ちゃんを見る凪咲さんは、どこか懐かしそうな表情に思えた。
列車に乗ると、七夏ちゃんは先導して4人掛けの椅子の前に移動し、こちらに振り返る。
七夏「柚樹さん! この席へどうぞ☆」
七夏ちゃんは、窓側の席を譲ってくれる。七夏ちゃんの行動はある程度予想できるようになったと思っている事と重なって嬉しく思う。
時崎「ありがとう。七夏ちゃん」
七夏「くすっ☆」
七夏ちゃんは、俺の正面に座って、その隣に凪咲さんが座る。しばらくすると窓の景色がゆっくりと流れ始めた。
イベント会場までは列車で一駅だ、俺がこの街に来た方向とは逆方向になるので、初めて見る車窓の景色を眺めておく。七夏ちゃんは小説を読み始め、凪咲さんはイベント案内状を眺めている。列車内で殆ど話をしないのは周囲への配慮なのだろうか。
車窓を眺めていると急に暗くなった。列車がトンネルに入ったようだ。窓にはっきりと映って見えるようになった七夏ちゃんと凪咲さんを、そのまま眺めていると、耳に少し圧力を感じる。列車は勾配を登っているようだ。
時崎「結構長いトンネルだな」
俺のつぶやきに、凪咲さんが答えてくれた。
凪咲「新線は、景色が楽しめなくなってしまったから」
時崎「新線!?」
凪咲「ええ。以前は、山沿いに列車が走っていたのよ」
時崎「そうなのですか?」
凪咲「時間と景色、柚樹くんは、どちらをとるかしら?」
時崎「今は、景色ですね」
凪咲「そう♪ 良かったわ♪」
時崎「旧線からの景色も見てみたかったです」
凪咲「見れると思うわ♪」
主 「え!?」
凪咲さんは窓の方を眺める。俺も凪咲さんに合わせる。真っ暗だった車窓がパッと明るくなり、大きな音が鳴り響く。列車がトンネルを越え、鉄橋に差しかかったようだ。急に眩しくなったので反射的に目を瞑ってしまう。
七夏「柚樹さん!」
小説を読んでいた七夏ちゃんが窓を指差す。その少し先に旧線と思われる鉄橋が見えた。その下は谷と渓流が広がっていて、絵葉書のような世界が飛び込んできた。
時崎「凄い景色だ」
七夏「くすっ☆」
なるほど、凪咲さんの「見れると思う」は、旧線の面影が新線にも受け継がれているのだなと思っていたら、再び景色が真っ暗になった。
その後も何度か黒い世界と眩しい世界が交互に訪れ、それに慣れてきた頃に車内放送が耳に届く。しかし、トンネル内に響くエンジン音が大きく、よく聞きとれない。
窓に映る七夏ちゃんが小説を閉じると同時に列車は減速を始めたのを感覚する。次いで明るい世界が車窓にゆっくりと広がった。
列車は隣街の駅に定刻どうり到着する。
凪咲さんと七夏ちゃんに付いて行く形で列車を降りる。いいひと時を分けてくれた列車に感謝を込めて撮影する。丁度、七夏ちゃんが此方に振り返ってくれたので、列車と一緒に記録した。
七夏「柚樹さん!?」
時崎「あ、ああ」
七夏「くすっ☆」
時崎「9時7分・・・」
七夏「え!?」
時崎「改めて正確に到着するなーって思ってね」
七夏「はい☆」
☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆
イベント会場は、駅に隣接している。人もそれなりに居て賑やかだ。大きな建物とターンテーブル(転車台)が一際目立ち、存在感がある。それを囲むような扇型の建物、機関庫と機関車が目を引く。七夏ちゃんのお父さんは、機関庫に並んでいるどの機関車を運転するのだろうか?
凪咲「七夏、ナオの所に参りましょう♪」
七夏「はい☆ 柚樹さん!?」
時崎「え!? ああ」
七夏「柚樹さんは、ここに居ますか?」
時崎「いや、七夏ちゃんと一緒に付いてくよ!」
七夏「くすっ☆」
イベント会場全体を撮影し、機関庫に並んでいる機関車を撮影しようとしていると、七夏ちゃんたちに遅れを取りそうになった。気をつけなければ。
凪咲さん、七夏ちゃんに付いてゆく形で大きな建物の中に入る。建物内には新旧車両、見た事ない車両も展示してあった。鉄道模型も展示してあるが、七夏ちゃんの家にある模型よりも数倍の大きさがあるようだ。
直弥「凪咲、七夏!」
凪咲「あなた。お疲れ様!」
七夏「あ、お父さん!」
時崎「こんにちは!」
直弥「時崎君、ようこそ!」
時崎「これは、随分大きな模型ですね」
直弥「16番は迫力が違うからね! 家にも置きたいけど」
時崎「16番!?」
凪咲「もう、あなた!」
直弥「おっと、すまないっ!」
凪咲さんは苦笑気味だけど、どういう意味なのか分からない。
七夏「大きな模型さんは、場所を取りますから」
時崎「なるほど」
七夏ちゃんが、状況を補足してくれた。
凪咲「場所だけの問題では無いのですけど」
直弥「それは、分かってるよ。それに、16番はここに来れば見れるからね!」
時崎「その、『16番』って言うのは?」
直弥「模型の大きさの規格の事だよ。線路の幅が16.5ミリなので16番って言われているんだよ。HOゲージとも呼ばれているね」
時崎「そ、そうなのですか?」
直弥「ちなみに、家にあるのは線路の幅が9ミリの9番、Nゲージと呼ばれていて、国内の鉄道模型としては最も普及しているんだよ」
時崎「な、なるほど」
凪咲「色々な大きさがあるって事ね」
時崎「ありがとうございます」
凪咲さんの「まとめ」でなんとなくだけど、理解できた。
七夏「お父さん、今日のお昼の場所・・・」
直弥「ああ、あっちの窓側の休憩所。12時10分頃に居るから」
七夏「はい☆」
直弥「それじゃ、そろそろ準備があるから僕はこれで」
凪咲「あなた。頑張ってね!」
直弥「ありがとう。凪咲!」
直弥さんは、乗務員室へと向かった。
凪咲「私たちも、広場の前に参りましょう」
七夏「はい☆ 柚樹さんも☆」
時崎「ああ」
俺は建物内全体と模型の写真も一枚記録しておいた。
広場の前に向かう、さっき見た転車台のすぐそばまで来た。近くで見ると、思っていたよりも大きく感じる。
凪咲「ここにしましょうか」
七夏「はい☆」
凪咲さんと七夏ちゃんは、場所を決めてくれたようなので、俺は改めて、転車台と機関庫を撮影する。ちょっと距離が近すぎて、全体を収めるのは無理だ。何枚かに分けて撮影する。凪咲さんと七夏ちゃんも一緒に撮影した。時間が経過するにつれ、人が集まってきた。
凪咲「もうすぐかしら」
七夏「♪」
時刻は10時00分。大きな音と同時に、蒸気機関車がゆっくりと前進してきた。周囲の人からも歓声が上がる。
時崎「おっ!」
蒸気機関車が転車台の前で一度停止する。続いて放送が入る。
放送「本日は、当イベントにお越しくださり、ありがとうございます! 今、皆様がご覧の蒸気機関車は『C11形蒸気機関車』と呼ばれており、石炭を搭載する専用のテンダー車を持たないタンク式蒸気機関車で小型で小回りが効くのが特徴です」
時崎「これで、小型なのか?」
俺には随分大きく、そして呼吸するかのような躍動感が伝わってきた。
放送「こちらの『C11機関車』は、動体保存ではなく、今も現役で活躍しております。本日のイベントの為に特別に遠くの街から応援に来てくれました! それでは、『C11機関車』の勇姿をお楽しみくださいませ!」
一瞬、「C11機関車」が汽笛のような音を鳴らし、ゆっくりと転車台へと入ってくる。俺はその様子を何枚かに分けて撮影した。
「C11機関車」が転車台に入ると、機関車内から乗務員が降りてきた。七夏ちゃんのお父さんではないみたいだ。そして、近くに居た他の乗務員と一緒に転車台をゆっくりと回転させはじめる。
七夏「あっ! おとーさーん!」
転車台に乗った「C11機関車」が回転し、中に乗っている七夏ちゃんのお父さんが俺にも見えた。直弥さんが七夏ちゃんに気付いたようだ。俺は大きく手を振る七夏ちゃんを撮影し、直弥さんも撮影しようとすると、タイミングよく直弥さんも手を振ってくれ、更に敬礼のポーズをとってくれた。再び、七夏ちゃんを見ると、七夏ちゃんも敬礼のポーズをとったので、その様子を押さえた。これは、いい写真が撮れたと思う!
時崎「あれ? 向きを変えるのではなくて、一回転以上してない!?」
七夏「そうみたいですね☆」
凪咲「イベントでは、一回転以上させて機関車全体を見てもらうためなの」
時崎「なるほど」
そのまま見ていると機関車を二回転させていた。通常は機関車の方向を変える場合半回転で良いが、展示会では一回以上回転させ、機関車の全体を見てもらう事になっているらしい。
七夏「柚樹さん! くすっ☆」
時崎「え!?」
七夏「あっち見たり、こっち見たりしてます☆」
時崎「あはは。確かに慌しいけど楽しいよ!」
七夏「はい☆」
その時、大きな汽笛音が轟く。
時崎「うわっ!」
七夏「ひゃっ☆」
驚く七夏ちゃんとは対照的に、凪咲さんは、いたって冷静に機関車を眺めていた。
七夏「お母さん、驚かないの!?」
凪咲「汽笛が鳴るって分かってたから♪」
時崎「そうなのですか?」
凪咲「ええ♪」
「C11機関車」はそのまま、ゆっくりと転車台を後にし、その先にある客車の方へ進んでゆく。
凪咲「では、私たちも駅に参りましょう♪」
七夏「はい☆ 柚樹さん☆」
時崎「ああ」
「C11機関車」は、小さなイベント用の駅を通り過ぎた所で停車した。そして、その手前にある分岐レールを乗務員が操作して、駅方面へと切り替える。「C11機関車」がゆっくりと後退して、客車に連結された。
小さな駅に到着すると、「C11機関車」から七夏ちゃんのお父さんが姿を見せた。
凪咲「あなた。いよいよね♪」
直弥「ああ。凪咲、七夏、ご乗車ありがとうございます!」
七夏「はい☆」
凪咲さんと、七夏ちゃんに付いてゆく形で、俺も客車に乗り込んだ。
直弥「時崎君も、本日はご乗車ありがとうございます!」
時崎「はい!」
客車は3両で観光用らしく、小型で窓は無く開放的だ。他のお客様も次々と乗り込んできた。これから、イベント会場を一周するのだろう。なるほど、そういう事か。七夏ちゃんのお父さんが運転士として機関車を運転する場合、限られた範囲なら可能なのだと理解した。そう、遊園地の機関車を運転するような事・・・しかし、七夏ちゃんのお父さんが運転する機関車は「本物」だ。これは間違いなく「本物の運転士」だと思う。
「C11機関車」は、大きな汽笛を鳴らし、ゆっくりと動き出した。俺の予想とは異なる方向へ・・・。
時崎「あれ!?」
七夏「どうしたの? 柚樹さん?」
時崎「イベント会場を出てるよね?」
凪咲「旧線を走っているのよ」
時崎「旧線・・・大丈夫なのですか?」
凪咲「ええ。旧線は今は訓練や観光用に使われている区間になりますので」
時崎「なるほど」
以前に、訓練線や保守線では七夏ちゃんのお父さんでも運転が出来るという事を聞いていたので納得した。これは「限定的な用途」の範囲内なのだろう。
凪咲「蒸気機関車は2人で一緒に運転するので、もう一人が正式な運転士ですから、万一の事があっても大丈夫です」
時崎「すみません。そこまでは心配していませんので」
七夏「柚樹さん! 景色、とっても綺麗です☆」
旧線は、山沿いを走るため、景色は素晴らしかった。列車は大きく長い鉄橋に差し掛かると、何故か速度を落とし、そのまま停車した。
時崎「あれ!? 鉄橋の真ん中で停車!?」
凪咲「観光列車ですから」
時崎「なるほど。確かにここからの景色は絶景だ」
眼下に広がる世界。街と海・・・列車からではないと見れない視点。観光列車でなければその景色もすぐに流れてゆく事になったであろう。じっくりと今しか見れない景色を眺め、写真にも納める。
七夏「あ、船が見えます☆」
時崎「え!? どれ?」
七夏「えっと・・・ひゃっ☆」
時崎「わっ! ごめん!」
七夏「・・・・・」
七夏ちゃんの視線に合わせようとして、俺は七夏ちゃんにぴったりくっつく形になってしまっていた。前にも三面鏡の前でこんな事があったけど、今の七夏ちゃんは驚きよりも、少し照れているみたいに見えた。
再び列車はゆっくりと動き出す。流れる景色が突然暗くなる。山沿いを走っているので、旧線と言ってもトンネルはあるが、すぐに明るい景色が戻って来る。
時崎「これは!」
七夏「くすっ☆」
凪咲「あれが新線ね!」
<<時崎「旧線からの景色も見てみたかったです」>>
<<凪咲「見れると思うわ♪」>>
あの時の凪咲さんの言葉・・・本当の意味を理解出来た。
七夏「!? どうしたの? 柚樹さん?」
時崎「え!? いや、なんでもないよ」
七夏「ひゃっ☆」
列車が減速し始める。
時崎「七夏ちゃん、大丈夫!?」
七夏「はい☆」
そのまま列車は速度を落とし続け、こじんまりとした駅に到着した。見た所、無人駅・・・と言うよりも、既に駅としては使われていないようだ。七夏ちゃんのお父さんが駅におりた。
直弥「ご乗車ありがとうございます! 当駅は現在一般のお客様とのご縁はございませんが、運転士の停車訓練としては現役の駅となります。こちらで記念撮影はいかがでしょうか?」
凪咲「私たちも参りましょう!」
七夏「はい☆」
七夏ちゃんのお父さんは、他のお客様に写真撮影を頼まれており、快く応じている。
時崎「七夏ちゃん! 凪咲さん!」
俺も二人を撮影する。
七夏「お父さんっ!」
直弥「七夏!」
凪咲「あなた!」
時崎「すみませーん!」
俺は、七夏ちゃん、凪咲さん、直弥さんの三人が揃った所を撮影した。
七夏ちゃんが俺の写真撮影に笑顔で応えてくれるようになってきている事に、凪咲さんだけでなく、直弥さんも気付いたようだ。
直弥「時崎君も一緒にどうぞ!」
時崎「ありがとうございます!」
俺は写真機を直弥さんに渡す。七夏ちゃん、凪咲さんと一緒に撮影してもらう。
時崎「!? 凪咲さん!?」
凪咲さんは、直弥さんの方へ駆け寄った。
直弥「時崎君!」
時崎「え!?」
七夏「くすっ☆」
七夏ちゃんと二人だけになった所を撮影してもらった。少し恥ずかしい気持ちと、こそばゆさが後から追いついてくる。
凪咲「柚樹君!」
時崎「え!?」
凪咲「私たちもお願い!」
時崎「あ、はいっ!」
直弥「な、凪咲!」
凪咲「あなた!」
直弥「あ、ああ」
俺は直弥さんから写真機を受け取り、凪咲さんと直弥さん二人を撮影した。
七夏「くすっ☆ お母さんとっても嬉しそうです♪」
時崎「七夏ちゃんのお父さんも!」
七夏「はい☆」
途中駅での写真撮影が終わった後、再び客車に乗り込む。
直弥「失礼いたします! 乗車券の拝見をさせて頂きます!」
七夏ちゃんのお父さんが乗車券の拝見に回ってくる。
凪咲「あなた!」
七夏「お父さん!」
俺も、イベント用の乗車券を直弥さんに見せると、本日の日付が入った記念スタンプを押してくれた。
乗車券の拝見が終わると、再び列車は動き出す・・・またしても俺の予想とは異なる方向に・・・。
時崎「あれ!? このまま後退してる!?」
七夏「くすっ☆」
今来た線路を列車はそのまま後ろに進み始めた。「C11機関車」が客車を押す形になっている。機関車が客車を引っ張るイメージしかなかったので、とても不思議な光景だ。
凪咲「推進運転って言うのよ」
時崎「え!? すいしんうんてん?」
凪咲「ええ♪」
凪咲さんのお話によると、用途は限定的だが、機関車が客車を押す運転を「推進運転」というらしい。「C11機関車はテンダー車を持たないタンク式機関車なので、推進運転も行いやすいらしい。小回りが効き推進運転も行いやすいため、今回のイベント牽引機関車として選ばれたそうだ。
凪咲「蒸気機関車の場合は推進運転の方が、お客様に優しいのよ。風向きにもよりますけど」
時崎「風向き・・・なるほど! 煙ですか?」
凪咲「ええ♪」
時崎「凪咲さんも、列車にお詳しいのですね」
凪咲「ナオ・・・主人の影響かしら?」
七夏「♪」
凪咲「私は、あまり列車には関心が無いのですけど・・・」
凪咲さんは少し照れるような表情をしながら、そう話してくれた。「関心が無い」と言いながらも、俺の知らなかった列車の事を次々と話してくれる凪咲さん・・・好きな人が好きな事、それを自然と一緒に好きになっている事が伺えた。
時崎「逆方向に走っていると、今まで後ろ側だった客車は景色が良さそうだね!」
七夏「くすっ☆」
列車はゆっくりとイベント会場へと戻る。数十分程の事だったが、俺自身とても楽しめた。
七夏「駅に到着です☆」
凪咲「柚樹君、お疲れ様!」
時崎「はい! とても楽しかったです!」
直弥「ご乗車、ありがとうございました!」
凪咲「あなた! お疲れ様♪」
直弥「ああ。今日はありがとう!」
七夏「お父さんっ! また後で☆」
時崎「ありがとうございました。とても楽しかったです!」
直弥「こちらこそ! 嬉しいお言葉、ありがとうございます!」
再び、イベント会場の本館へと向かう。直弥さんは「C11機関車」を機関庫へ戻し、午後からもう一度、同じイベントを行う予定だそうだ。
今、俺の居る場所からはイベント会場、転車台と扇形の機関庫が全て一度に撮影できそうだ。俺はそのまま写真機を構えた。丁度その時、大きな音が背後から迫ってきたが、それが何なのかは分かっていたので、そのまま転車台の方に写真機を構えて待つ。「C11機関車」が後退しながら写真のフレーム内に入ってきたと同時に、前を歩く七夏ちゃんと凪咲さんが、立ち止まりこちらへ振り返った所を撮影する!
時崎「よし!」
イベント会場全体と七夏ちゃん、凪咲さん、「C11機関車」とそれを運転する直弥さん全てをこの一枚に納める事が出来た!
七夏「柚樹さーん!」
七夏ちゃんが呼んでくれている。俺にとって嬉しいその表情も一枚撮影しておく。
時崎「ごめん。いい写真撮れたよ!」
七夏「くすっ☆ 良かったです♪」
時刻はお昼前。この後、直弥さんの休憩時間に合わせて一緒にお昼を頂く予定だ。
今朝、直弥さんとお話した場所・・・窓際の休憩所へと向かう。
凪咲「柚樹君、七夏、お疲れ様」
七夏「はい☆」
時崎「お疲れ様です・・・っていうより、とても楽しめました!」
凪咲「そう♪ 良かったわ♪」
時崎「鉄道に関して知らなかった事が沢山ありました!」
七夏「くすっ☆ 柚樹さん!」
時崎「え!?」
七夏「まだ、お父さんとの約束まで時間がありますから、会場内を見てくるといいかもです♪」
時崎「ありがとう。七夏ちゃんは?」
七夏「私は、ここで少しお休みいたします」
時崎「分かったよ。じゃ、少し見てくるよ」
七夏「はい☆」
俺は、会場内をさっと見て回る。やはり一際目立っているのは、本物の列車の展示だろうか。壁に会場内の地図があったので、写真としてメモを残す。他には「列車でGO!」という運転シミュレーターは人気のようで列が出来ていた。これは天美さんなら得意そうだな。
お土産品や即売している所もあるみたいだが、今お土産を買うと手荷物になるから帰る時に寄る事にしようと思った。
七夏ちゃんと凪咲さんの所に戻る。丁度、直弥さんも姿を見せた。
みんな揃った所で、昼食を頂く。お弁当は凪咲さんと七夏ちゃんの手作りだ。
七夏「いただきまーす☆」
凪咲「あなた、お疲れ様♪」
時崎「お疲れ様です!」
直弥「ありがとう! 時崎くん、楽しめたかい?」
時崎「はい! とっても!」
直弥「ずばり、訊くけど好きかね?」
時崎「えっ!?」
あまりにも直球過ぎて焦る。
時崎「あっ! えっと・・・」
直弥「先日、七夏と一緒に踏切を組み立ててくれたから!」
時崎「あっ! 踏切・・・」
直弥「そう! だから鉄道好きかと思ったのだが・・・」
直弥さんの「好き」は「鉄道」の事か・・・。
時崎「ま、まあ、好きか嫌いかで言えば好き・・・ですね」
七夏「くすっ☆」
直弥「そうか! それは頼もしい!」
凪咲「もう、あなた!」
直弥「おっと、すまない」
直弥さんの隣で七夏ちゃんがクスクスと笑っている。
時崎「そう言えば、『C11機関車』が初走行という事は、旧線の観光走行も今回のイベントが初めてなのですか?」
直弥「蒸気機関車は初になるね。今までは『DE10』というディーゼル機関車が牽引機だったんだよ」
時崎「なるほど。七夏ちゃんは知ってるの?」
七夏「はい☆ 昔、お父さんと、お母さんと一緒に乗った事があります☆」
時崎「そうか。という事は七夏ちゃん、今回の旧線観光は初めてでは無かったのか・・・」
七夏「初めてです♪」
時崎「えっ!?」
七夏「えっと、柚樹さんとは・・・」
またやられた。七夏ちゃんの倒置法。これは七夏ちゃんのお父さん譲りなのかも知れないな。何とか先回りすることは出来ないだろうか。
時崎「旧線の景色はとても良かったです!」
直弥「観光線として残ってくれるのは嬉しい。旧線には、色々と思い出もあるからね」
凪咲「あなた!」
直弥「おっと、すまない」
凪咲さんは、少し照れているのだろうか? いずれにしても、皆がとても楽しそうにしている。これからもこうであってほしいと望んでしまう。
三人で昼食を済ませる。直弥さんは、この後も午前中と同じスケジュールでイベントを行うらしい。凪咲さんと、七夏ちゃんは午後からは風水に戻る予定だったな。
凪咲「あなた、私はこれで帰るわね」
直弥「ありがとう。凪咲」
七夏「お父さん! 頑張って!」
直弥「ああ! 七夏! では、失礼いたします」
時崎「お疲れ様です!」
七夏「柚樹さんは、もう少しここに居ますか?」
時崎「七夏ちゃんも帰るの?」
七夏「えっと、お買い物をしてから帰ろうかなって思ってます☆」
時崎「そうか」
七夏ちゃんと一緒に帰ろうかと思ったが、せっかくイベント会場に来ているから、もう少し見て回ろうと思った。七夏ちゃんが知らない事が見つけられたらいいなと思っていると
七夏「柚樹さんは、もう少し会場を見て回るといいかもです☆」
時崎「え!?」
・・・心を読まれたみたいで焦る。
七夏「??? どうしたの?」
時崎「え!? いや、なんでもない」
七夏「くすっ☆ 私は何度か来てますけど、柚樹さんは初めてみたいですから、まだ新しい発見があると思います!」
・・・やっぱり、心を読まれているみたいな感覚に陥る。七夏ちゃんは、それだけ俺の考えている事を理解してくれているんだなという事が分かって嬉しい。
時崎「ありがとう。七夏ちゃん! じゃあ、もう少し楽しんでから帰るよ!」
七夏「はいっ☆」
凪咲「七夏!」
七夏「はーい☆」
凪咲「では、柚樹君。失礼いたします」
七夏「柚樹さん! また後で!」
時崎「ああ!」
今日の七夏ちゃん、弾んでて楽しそうで、とても可愛かった。そしていつもより輝いて幸せそうに見えた事が嬉しい。
これからも、七夏ちゃんが楽しく、幸せに思えるように心掛けたい。俺の求めてる虹は輝く存在だったはずだ。「ふたつの虹」もそうあるべきだと思う。
会場を出て、改めて扇型機関庫を眺める、「C11機関車」もお休みしている様子だ。
他の機関車も眺めてゆくと「DE10」と書かれた機関車もあった。
時崎「これが『DE10』・・・直弥さんが話していた機関車か」
「DE10」をしばらく眺めていると、放送が入り、「C11機関車」が再び動き始めた。イベントプログラムは前回と同じだったが、二度目という事と、七夏ちゃんや凪咲さんの写真撮影を強く意識する必要が無かった為、じっくりと「C11機関車」を見る事が出来た。
<<七夏「柚樹さん!あっち見たりこっち見たり慌しいです☆」>>
<<七夏「柚樹さんは初めてみたいですから、まだ新しい発見があると思います!」>>
時崎「七夏ちゃん・・・それで・・・」
・・・俺は、改めて七夏ちゃんの心遣いに気付かされた。
そして、「C11機関車」が旧線観光へと出発するのを見送った後。放送が再び入り、扇型機関庫から他の蒸気機関車が転車台へと入って来る。
時崎「なるほど」
旧線観光と他の機関車の展示は同時に楽しめない為、午後からも居る方が十分楽しめるという事だと分かった。俺は転車台に入ってきた他の機関車も撮影しておいた。
機関車を撮影していると徐々に逆光になる機会が増えてきた。一通り展示イベントを楽しんでいたら、陽が結構傾いてきたようだ。
あまり暗くならないうちに、風水に戻る事にした。少し前に七夏ちゃんに「あまり帰りが遅くならないように」と話したばかりだ。帰る前に、再び会場内のお土産コーナーに寄る。七夏ちゃんや凪咲さんが喜んでくれそうなお土産がないかなと眺めてゆくと、その中で目を惹くものがあった。
時崎「これはっ!」
今日、七夏ちゃんのお父さんが運転していた「C11機関車」。その鉄道模型が販売されていた。見たところ、七夏ちゃんの家にある鉄道模型と同じ大きさみたいだ。
<<直弥「ちなみに、家にあるのは線路の幅が9ミリの9番、Nゲージと呼ばれていて、国内の鉄道模型としては最も普及しているんだよ」>>
直弥さんの言葉を思い出す。「9ミリの9番、Nゲージ」という規格であればよい訳だ。
俺が、その「C11機関車」の鉄道模型を眺めていると---
店員「いらっしゃいませ! ご記念にいかがでしょうか?」
時崎「え!?」
店員「こちらは、本日のイベントで活躍中の『C11機関車』になります!」
時崎「これは、9ミリの9番・・・でしょうか?」
店員「はい! 9ミリのNゲージ規格になります!」
この「C11機関車」の鉄道模型・・・記念にほしいと思った。しかし、値段が結構するので迷う・・・どうしようかな。
時崎「お値段が結構しますよね」
店員「そうですね。それだけ精密に出来ていますので。こちらの『C11機関車』は、後退や推進運転用に後ろ側のライトも点くようになっています!」
時崎「そ、そうなのですか!?」
さっき、凪咲さんから聞いたキーワードに背中を押され、買ってしまった。けど、いい思い出になると思う。
店員「ありがとうございます! こちら、『C11機関車』お買い上げ特典。当イベント協賛の水族館入場チケットをお付けいたしますね!」
時崎「え!? 水族館!?」
店員「はい! 2つ隣の駅になります。よろしければ是非!」
時崎「ありがとうございます!」
「C11機関車」の鉄道模型の購入で思ってもいなかった特典「水族館の入場チケット」を2枚貰えた。七夏ちゃんと一緒に見にゆけるといいなと思ってしまう。
あと、他のイベントの案内のパンフレットもいくつか頂いた。
☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆
民宿風水に戻る前に写真屋さんへ寄り、今日撮影した写真を現像依頼する。全て依頼したいところだか、結構な枚数になる為、良いと思う写真を選ぶ。以前はフィルムごと渡していた為、実際に写真が出来上がるまでどんな状態か確認出来なかった。今はメモリーカードを機械に読み込ませると、撮影した写真が機械の大きな画面に表示されるので、その中から現像依頼したい写真を選らんでゆくだけだ。大きな画面に映し出された七夏ちゃんや凪咲さん、直弥さん・・・そして俺・・・。直弥さんに「七夏ちゃんと二人っきり」を撮影してもらった写真を見て、周囲が気になってしまった・・・俺と店員さん以外は居ない事は分かっていたのに。
写真の中で蒸気機関車と一緒に楽しく弾んでくれた「ふたつの虹」・・・俺の記憶の中にある「ふたつの虹」とは違うけど、どっちの虹も真実だと思う。
時崎「ありがとう。七夏ちゃん」
どうしてか分からないけど、感謝の気持ちが溢れ出て来て言葉になっていた。選んだ写真をプリント依頼する。仕上がりが楽しみだ。
これからも「ふたつの虹」・・・七夏ちゃんが楽しく弾んでくれる事を願っていると、民宿風水へ戻る足が急かすかのように早くなってゆくのだった。
第二十五幕 完
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次回予告
いつも優しく手を差し伸べてくれる「ふたつの虹」。俺の手は震えて上手くつなげなくなりそうだ。
次回、翠碧色の虹、第二十六幕
「虹をつないで」
つなぎ止めておきたいと思う気持ちが見え始めると、思うようにゆかなくなってくるものなのか。
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