第二十四幕:のんびりさんの虹

民宿風水で何度目かになる朝・・・聞き慣れた声に目が覚めてくる。


七夏「・・さん! これ!」

直弥「ああ。すまない。ありがとう、七夏」

七夏「くすっ☆」

直弥「よし! いよいよ明日だな!」

凪咲「そうね!」

直弥「そういえば、お客さん・・・時崎君は・・・」

七夏「えっと、柚樹さんは昨日、夜更かしさんだったみたい・・・」

直弥「そうか」

七夏「くすっ☆ 私から、お話しておきますので☆」

直弥「すまない、よろしく頼むよ」

凪咲「あなた、お気をつけて!」

七夏「お父さん! いってらっしゃいです☆」

凪咲「七夏、そろそろ柚樹君も起きてるかしら?」

七夏「私、おはようです☆ してきます♪」


何か会話が聞こえるが、その内容までは分からない。けど、トットットッという音が大きくなってくるのは分かった。次いでトントンと扉が鳴る。


時崎「七夏ちゃん! おはよう!」

七夏「え!? 柚樹さん?」


俺は、七夏ちゃんから呼ばれるよりも先に声を掛けて、扉を開けた。


時崎「おはよう! 七夏ちゃん、さっきも言ったけど」

七夏「くすっ☆ おはようございます☆」


昨夜も同じような事があったが、寝巻き姿だった七夏ちゃんは、見慣れた風水の浴衣姿になっている。


時崎「なんか、安心する」

七夏「え!?」

時崎「七夏ちゃんの浴衣姿」

七夏「あっ! えっと、ありがとです☆」

時崎「わざわざ、起こしに来てくれてありがとう!」

七夏「はい☆ 朝食、出来てます☆」

時崎「わかった、顔を洗ってくるよ」

七夏「はい☆」


七夏ちゃんと、朝食を頂く。俺が来るのを待ってくれていたと思うと、嬉しい反面、もっとしっかりとしなければと思うけど、七夏ちゃんが起こしに来てくれるのは嬉しいから、複雑な気分だ。


七夏「? 柚樹さん? どうかしましたか?」

時崎「え!? あ、いや・・・」

七夏「おかわりありますので♪」

時崎「ありがとう」

七夏「はい☆」


昨日とは違って、俺が知っている「いつもの七夏ちゃん」だ。のんびりとしている七夏ちゃんに合わせて、俺もゆっくりと朝食を楽しんだ。


時崎「ごちそうさまでした」

七夏「ごちそうさまです☆ 柚樹さん、後で少しお話があるのですけど・・・」

時崎「お話?」

七夏「えっと、明日の事で」

時崎「ああ、蒸気機関車のイベントかな?」

七夏「はい☆」

時崎「俺も、昨日話したけど、アルバムの件でいいかな?」

七夏「はい☆ では、後で柚樹さんのお部屋に伺いますね☆」

時崎「ああ。よろしく」


お片づけを始めた七夏ちゃん・・・俺も手伝うと申し出たが「いつもの事ですので☆」と言われてしまった。俺が手伝うとかえって邪魔になりかねないと思ったので、部屋に戻る事にした。

自分の部屋に戻り、敷かれたままのお布団を畳む。身の回りの事も少しは自発的に行わなければならないな。


MyPadを開く。ロックを解除すると「昨日の七夏ちゃん」と目が合った。


時崎「この写真、後で七夏ちゃんのMyPadにも送ってあげよう!」


「昨日の七夏ちゃん」の後ろに、昨夜調べて残っていた蒸気機関車イベントのページが現われたので確認をする。それ程、派手なイベントではないみたいだが、鉄道好きの人や、小さなお子様も一緒に家族で楽しめるような内容だ。その中でも「C11蒸気機関車 動体展示」というのが、七夏ちゃんのお父さんと関係があるのだと思う。蒸気機関車と七夏ちゃん、直弥さん、そして凪咲さんも一緒に撮影できれば良いのだけど、それって難しいのだろうか? 当日の状況次第かも知れないけど、できれば実現させたい。イベントのスケジュールと、イベント会場内の地図を頭に叩き込んでおく。


七夏「柚樹さん!」


扉の方から声がした。


時崎「七夏ちゃん! どうぞ!」

七夏「こんにちわです☆」

凪咲「柚樹君、私もいいかしら?」

時崎「凪咲さん!? ええ。勿論かまいません」

凪咲「失礼いたします」


凪咲さんはそう言いながら、お布団を運び始める。


時崎「あ、すみません。俺も手伝います!」

凪咲「ありがとう」


俺は敷布団を持って、凪咲さんのあとについて行く。


凪咲「ここでいいわ。ありがとう。柚樹君」

時崎「いえ」

凪咲「七夏から、明日の事でお話があると思いますので」

時崎「はい。では!」


部屋に戻ると、七夏ちゃんが机を拭いてくれていた。


時崎「ごめんね。七夏ちゃん。散らかってて」

七夏「くすっ☆ この机を見ると、なんだか楽しそうに思えます☆」

時崎「そう? だといいんだけど」

七夏「えっと、明日の事で---」


七夏ちゃんから、明日の行動予定を聞き、確認しておく。七夏ちゃんのお父さんの蒸気機関車展示イベントは午前中は10時、午後は2時に行われるらしい。七夏ちゃんたちは午前中の10時のイベント参加で、その後、お父さんとお昼を一緒して、そのまま午後からは風水に戻るそうだ。という事は、蒸気機関車と七夏ちゃん、凪咲さん、直弥さんを一緒に撮影する機会は一度しかない。ちょっと気合を入れなければ!


時崎「午後からは帰るの?」

七夏「はい☆ イベントは同じ事を繰り返して行うみたいですので☆」

凪咲「ナオ・・・主人が少しでも、多くのお客様に楽しんで貰える様にって話してましたから」

時崎「あ、凪咲さん!」

七夏「私たちが2度も座席を塞ぐのは・・・って事です☆」

時崎「座席を塞ぐ!?」

七夏「当日、お父さんが運転する列車に乗れます!」

時崎「え!? そうなの!?」

七夏「はい☆ あ、でも、少しの距離だけみたいですけど」

凪咲「私も驚いたのですけど」

時崎「それって・・・大丈夫なのですか?」

凪咲「ええ! 主人の話では---」


七夏ちゃんのお父さん、直弥さんは、運転士にはなれない目の適性だという事を以前に聞いた。だけど、展示会で、一時的に列車を運転する事は、条件付きで可能らしい。その条件とは、機関区内の範囲、訓練線や保守線等である事・・・。なるほど、自動車の運転免許が無くても、私有地なら運転ができるという事と同じ理屈である。遊園地にある鉄道でお客様を乗せて運転するイメージだろうか。だけど運転するのは本物の蒸気機関車だということだ。その為、長期間の研修に参加していたらしい。凪咲さんも研修と聞いていただけで、詳細は聞かされていなかった様子だ。


七夏「今までは蒸気機関車の誘導とか、回転させたりする役だったのですけど、明日は運転士さんです!」

時崎「回転!?」

七夏「はい☆」


蒸気機関車の回転とは、転車台(ターンテーブル)と呼ばれる線路が回転する場所に蒸気機関車を乗せて機関車の方向を変える事。蒸気機関車は進行方向が決まっているため、向きを変える必要があるらしい。


時崎「なるほど! なんか凄そうだね!」

凪咲「蒸気機関車の回転・・・今では、あまり見られなくなったわね・・・」

七夏「お母さん!?」

凪咲「昔、ナオがよく私を誘ってくれて『機関車が回るよ!』ってね♪ その当時、私はあまり興味は無かったけど、楽しそうなナオを見るのが嬉しくてね・・・」

七夏「くすっ☆」

凪咲「あ、ごめんなさいね。少しの距離だけど、ナオが運転士としての列車に乗車できるなんて思わなかったから」

時崎「いえいえ。俺も凄く楽しみになってきました!」

凪咲「柚樹君。明日は、改めてよろしくお願いいたしますね」

時崎「はい! こちらこそ!」

凪咲「それでは、失礼いたします」

七夏「お母さん、とても嬉しそうです♪」

時崎「七夏ちゃんもね!」

七夏「え!? そ、そうかな?」

時崎「俺は楽しみだよ!」

七夏「くすっ☆ あ、そう言えば柚樹さん! 昨日のご連絡で・・・」

時崎「連絡?」

七夏「えっと、MyPadに・・・」

時崎「ああ、メッセージの事か」

七夏「えっと、お返事の方法が分からなくて、すみません」

時崎「それは、構わないよ。お返事は昨夜に直接聞いたから! MyPadの使い方が分からなかったらいつでも訊いてくれていいからね!」

七夏「はい☆ 頼りにしてます☆ あと、アルバムのお手伝い・・・」

時崎「あ、そうだったね! じゃ、今からお願いしてもいいかな?」

七夏「はい♪」


俺は、七夏ちゃんにデジタルアルバムを見てもらいながら、コメントを考えて貰う。


七夏「えっと・・・柚樹さん?」

時崎「え!?」

七夏「これは、ここちゃーや笹夜先輩も一緒の方がいいかなって思って」

時崎「ああ、三人でお出かけした時の写真か」

七夏「はい☆」

時崎「天美さんや、高月さんも、協力してくれる事になってるから!」

七夏「え!? そうなのですか?」

時崎「天美さんと高月さんを送ってゆく時に、二人にアルバムの事を話したから」

七夏「そうだったのですね☆」

時崎「・・・だけど、よく考えると俺から直接、天美さんや高月さんに連絡を取るのは・・・そもそも連絡先を聞いてないから、それを七夏ちゃんにお願いできないかなって」

七夏「はい☆ では、私から連絡してみますね☆」

時崎「ありがとう。七夏ちゃん!」

七夏「こちらこそです♪」


一通り、七夏ちゃんにコメントをもらったので、あとはそれをMyPadへデジタル入力してゆくだけだ。


時崎「ありがとう。これから七夏ちゃんのメッセージを入力してゆくよ。天美さんと高月さんの分はまた後ほどという事で!」

七夏「はい☆」

時崎「これから撮影した分も、お願いする事になると思うけどいいかな?」

七夏「はい! もちろんです!」

時崎「ありがとう!」

七夏「私、お部屋に居ますから、何かあったらお声をかけてくださいね♪」

時崎「ああ!」

七夏「それでは、失礼いたします☆」


七夏ちゃんを見送った後、早速MyPadへコメントの入力作業を行う。それと同時に、もう一つのアルバムの事も考えながら、明日のイベントの事も頭に入れる。色々と慌しくなってきたが、とても充実してきているのを実感する。


 ☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆


七夏ちゃんからのコメントを一通り入力し、全体を確認する。


時崎「あ、ここにもコメントがほしいな」


何箇所か、更にコメントがほしいと思える所がでてきたので、七夏ちゃんにお願いするため、部屋に向かう。


トントンと扉を軽く鳴らす。


時崎「七夏ちゃん! 居るかな?」

七夏「はーい☆」


扉が開き、七夏ちゃんが姿を見せた。


七夏「柚樹さん☆ お待たせです☆」

時崎「七夏ちゃん。今、大丈夫かな?」

七夏「はい☆ えっと、どうぞです☆」

時崎「ありがとう。お邪魔します」


七夏ちゃんは、MyPadを使っていたようだ。


時崎「MyPadの操作とか、分からない事ない?」

七夏「はい☆ とても便利ですね☆ 小説も沢山あって楽しいです☆」

時崎「小説・・・読んでたんだ。ごめんね」

七夏「いえ。えっと・・・」

時崎「今作ってるアルバムに追加でコメントを貰えないかなと思って」

七夏「はい☆」

時崎「それと、七夏ちゃんのMyPadにも写真を送ろうと思って」

七夏「ありがとうございます☆」

時崎「MyPad使ってるんだったら、後でもいいよ」

七夏「はい☆」


七夏ちゃんから、アルバム用にコメントを貰う。その間、改めて七夏ちゃんの部屋を見ると本棚には結構な数の本が並んでいる。小説が多いみたいだが、七夏ちゃん、これ全部読んだのだろうか? 更に本棚を眺めていると---


七夏「はい☆ 柚樹さんっコメントです☆」

時崎「ありがとう、七夏ちゃん!」

七夏「柚樹さん。何か気になる本、ありますか?」

時崎「え!? あ、いや。凄い数の本だなと思って」

七夏「くすっ☆」

時崎「逆に、七夏ちゃんがお勧めの本ってある?」

七夏「お勧めの本・・・えっと・・・」


七夏ちゃんは、本棚から一冊の本を手に取り、俺に渡してくれた。


時崎「これは!」

七夏「はい☆」

時崎「七色の虹が掛かる街!?」

七夏「柚樹さん、こういうの好きそうですので☆」


七夏ちゃんから、虹をテーマにした本を渡されるなんて思ってもいなかったので、意外だった。その本の扉絵は、街に掛かる大きくて鮮やかな七色の虹がくっきりと描かれていた。はっきりと七色に色分けされた「誇張された虹」だ。俺は迷った。この絵本の虹、七夏ちゃんにはどのように見えているのだろうか?


時崎「ありがとう」

七夏「はい☆ 絵本ですから、すぐに読めて楽しめると思います☆」

時崎「そうなの?」

七夏「はい☆ ゆっくり読んでも、30分くらいで読み終わると思いますから、ここで読んでみますか?」

時崎「じゃ、借りるのもなんだから、お言葉に甘えさせてもらうよ」

七夏「はい☆」


七夏ちゃんと、一緒に本を読む。お互いに無言の状態が続くが、落ち着かない訳ではない。しばらくすると七夏ちゃんが動く。


時崎「七夏ちゃん!?」

七夏「柚樹さん。私、お飲み物を持ってきますね☆」

時崎「ありがとう」


絵本の続きを読む。仲良しのお友達と喧嘩してしまって会わない状態が続く・・・そんな時、突然その友達が引越しする事を聞いて、なんとかしなければ・・・と。


七夏「柚樹さん、どうぞです☆」

時崎「あ、ありがとう」

七夏「くすっ☆」


さらに絵本を読み進める。友達の家に急ぐ途中で大きな虹が現われて、気がつくとその友達も一緒に虹を眺めていた。「離れかけた二人を繋ぐかのように現われた大きな虹・・・虹を見ると幸せになれる。離れ離れになっても、二人を繋いでくれる」そんな内容だった。


時崎「・・・・・」


絵本を閉じた事に気付いた七夏ちゃんが、声を掛けてきた。


七夏「読み終わりました?」

時崎「ああ。七夏ちゃん、ありがとう!」

七夏「くすっ☆ 虹を見ると幸せになれるのですよね?」

時崎「え!? ああ・・・そ、そうだね・・・」


複雑な気分だ。七夏ちゃんが虹をどんな風に思っているのか、分からなくなってきた。


七夏「私も虹を見て幸せになれるといいな☆」

時崎「・・・・・」

七夏「こんなに綺麗な七色の虹。私も見れるといいな☆」

時崎「え!?」


七色の虹・・・七夏ちゃんから「七色の虹」という言葉が出てきた!


時崎「七夏ちゃん! この絵本の虹は七色に見えるの!?」

七夏「え!? はい☆ 本当の虹もこんな風に綺麗に見えるのですよね?」


違う! 本当の虹はもっと優しくて、暖かくて、こんな嫌味なほどはっきりと色分けされた「誇張された虹」ではない!


時崎「・・・・・」

七夏「どうしたの? 柚樹さん!?」

時崎「いや、なんでもない」

七夏「・・・・・」

時崎「七夏ちゃん、虹のお話は苦手なんだよね」

七夏「え!? ・・・はい・・・」

時崎「どおして、この絵本を?」

七夏「柚樹さんは、好きですよね・・・虹」

時崎「え!? ま、まあ・・・」

七夏「他の人が好きな事を否定するのって、良くないと思います」

時崎「でも、それだと七夏ちゃんが」

七夏「私は、苦手な事でも、好きになれたらいいなって思ってます☆」

時崎「・・・・・」

七夏「柚樹さんが夢中になる綺麗な七色の虹。私も見れるといいなって思ったのは、本当の事です」

時崎「・・・七夏ちゃん・・・ありがとう。そろそろ、アルバム制作の続きを行いたいから、俺はこれで」

七夏「はい☆ また何かあったら、お声を掛けてくださいね☆」

時崎「ああ」


俺は、七夏ちゃんの部屋を後にした。「アルバム制作の続きを行いたい」というのもあるが、本当はこの場の空気に耐え切れなくなったからだ。七夏ちゃんが今までどんな想いで虹を見てきたのかは、考えるまでもないことだ。だけど、希望も見えてきた。七夏ちゃんは絵本の虹は七色に見えていると話していたからだ。

アルバムに七夏ちゃんからのメッセージを入力し、レイアウトする。次に七夏ちゃんへのアルバム制作に取り掛かる。まず「とびだすアルバム」をどうするか・・・とりあえず、素材だけは集めておく。いくつかの素材の中から候補を選び、フォルダー分けしてゆく。そして、七夏ちゃんの写真をトリミングしてゆきながら、最終的なイメージを思い描いてゆく。骨の折れる作業の為、集中して行った。


 ☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆


どのくらい時間が経過しただろう。


時崎「んー、少し疲れたな・・・」


俺は、気分転換のため、一階に下りた。


七夏「あ、柚樹さん! お腹すきました?」


七夏ちゃんが声を掛けてきてくれた。


時崎「え!? あ、そう言えば」

七夏「くすっ☆ えっと、おむすびあります。良かったらどうぞです☆」

時崎「ああ。ありがとう!」


七夏ちゃんの作ってくれたおむすびを頂く。おむすびの程よい塩味は、七夏ちゃんと一緒に作った事や、拍手した事を思い出させてくれた。


七夏「柚樹さんと一緒に作れるといいな♪」

時崎「え!?」

七夏「えっと、おむすび☆」

時崎「あ、おむすび・・・そうだね」

七夏「はい☆」


この心拍数を上げてくれる七夏ちゃんの倒置法に、不意打ちされてしまう。でも、七夏ちゃんの表情はとても嬉しそうだ。このような状況を、沢山の思い出として作ってゆきたくなった・・・これからも七夏ちゃんと一緒に・・・。


七夏「??? どうしたの? 柚樹さん?」

時崎「え!? いや、なんでも。おむすび、とっても美味しいよ!」

七夏「くすっ☆ ありがとうです♪」

時崎「凪咲さんは?」

七夏「えっと、少しの間、お出掛けみたいです☆」

時崎「そう」

七夏「お母さんに何かご用ですか?」

時崎「いや、特には・・・」


・・・やっぱり、さっきとは少し違う「気まずさ」を覚えたため、俺はさっと昼食を済ませて部屋に戻る事にする。


時崎「七夏ちゃん、ごちそうさま!」

七夏「はい☆」


再び部屋に戻って、とびだすアルバムの制作作業の続きを行う。必要な素材から最終的な候補をレイアウトしてゆく。素材は印刷して使うので、なるべく無駄がないように隙間を埋めてゆく。


時崎「これを、印刷しなければならないな」


これから先も七夏ちゃんとの思い出や素材は増えてゆくと思うので、まだ現状の状態で完成させるのは早い。ただ、とびだすアルバムとして、考えたデザインが本当に上手く出来るか確認するという意味で、試作は作っておきたいと思った。俺は、写真屋さんへ出かける為に再び一階へ降りる。七夏ちゃんは、和室でのんびり過ごしているようだ。小説を読んでいるのかな?


時崎「七夏ちゃん!」

七夏「あ、柚樹さん☆」

時崎「あれ? お出掛けするの?」

七夏「いえ、そういうわけでは・・・どおして?」

時崎「七夏ちゃん、浴衣姿から着替えているみたいだから」

七夏「くすっ☆」


七夏ちゃんは青い花柄のワンピースに着替えていたので、お出掛けでもするのかと思ったのだけど、違ったみたいだ。


時崎「俺は、ちょっと出掛けてくるよ!」

七夏「はい☆」

時崎「七夏ちゃんも、一緒にどうかな? すぐお出掛けできる格好みたいだし」

七夏「えっと、ごめんなさい。お留守番・・・お母さんが帰ってくるまで」

時崎「お留守番か・・・それで、ここで本を読んでたんだね」

七夏「はい☆」

時崎「何か買ってくる物とかあるかな?」

七夏「ありがとうです☆ 今は特に大丈夫です☆」

時崎「そう、じゃ、出掛けてくるよ」

七夏「はい☆ お気をつけて」

時崎「すぐ戻るよ」

七夏「くすっ☆」


写真屋さんへと急ぐ。

MyPadでレイアウトした素材を印刷できるか相談してみる。


時崎「すみません」

店員「いらっしゃいませ。あ、申し訳ございません。写真はまだ届いていなくて」

時崎「あ、いえ。追加で現像をお願いしたいなと思いまして・・・あと、この素材をここで印刷する事って出来ますか?」

店員「現像ではなくて、プリンターでの印刷でしょうか?」

時崎「はい」

店員「でしたら、こちらのプリンターをお使いください」

時崎「ありがとうございます」


MyPadとプリンターをWiFiで接続し、素材の印刷を行った。


時崎「よし、これで早速試してみよう。すみません!」

店員「はい」

時崎「デジタルアルバムを製本するサービスについてなのですが・・・」


俺は、店員さんに、費用と必要な期間を確認しておいた。凪咲さんへ渡すアルバムは製本したアルバムにするためだ。MyPadでのデジタルアルバムデータは、七夏ちゃんにも送るつもりなので、事実上二種類の制作となる。物理的なアルバムに現像された写真をレイアウトするのも良いかもしれないな。製本依頼後に追加で撮影した写真を後から加えられる予備のページも用意されていると店員さんは話してくれた。


店員「毎度、ありがとうございました」

時崎「また、お世話になると思います」

店員「こちらこそ」


写真屋さんから風水へと急ぐ。ちょっと出掛けて印刷するだけのつもりが、結構店員さんと話し込んでしまった。デジタルアルバムを製本する期間を考えると、少し急がなければならない事も分かった。この街への滞在期間の3日前には製本依頼を行わなければならないだろう。


時崎「ただいま」


誰からも返事がなかった。いつもなら、七夏ちゃんか凪咲さんが返事をしてくれるのだが。

俺は、さっきまで七夏ちゃんが居た和室へと向かった。


時崎「ん? 七夏ちゃん!?」

七夏「・・・・・」


和室で七夏ちゃんが「うたた寝」している。とても穏やかで心地良さそうな表情に魅せられ、俺は写真を一枚撮影させてもらった。後で七夏ちゃんに撮影許可を貰い、許可が貰えなかったら写真は破棄するつもりだけど、そうならない事を祈っておこう。

七夏ちゃん、このままだと風邪をひく原因になるかも知れないので、俺は毛布を取って来る事にした。一階のお布団がある部屋へ向かうと丁度、凪咲さんがその部屋から姿を見せた。


凪咲「あら、柚樹くん。おかえりなさい。どうかなさったの?」

時崎「あ、凪咲さん。ただいま。毛布ってあります?」

凪咲「はい。こちらにありま・・・」


俺が凪咲さんに小声で話しているのを、凪咲さんは察してくれたようだ。

凪咲さんが小声で話す。


凪咲「柚樹君? どうしたのかしら?」

時崎「七夏ちゃん、和室で寝ているみたいですから」

凪咲「あら? 七夏が? しょうがないわね」


凪咲さんは和室へ向かう。


時崎「凪咲さん、起こさないであげてください。昨日夜遅くまで宿題をしていたみたいですから」

凪咲「ええ。七夏がうたた寝なんて珍しいから、様子を見ただけで」

時崎「そうなのですか?」

凪咲「普段はお昼寝でしっかりと休む子ですので・・・ありがとう、柚樹くん」

時崎「いえいえ。俺に出来る事なんてお布団をかけてあげることくらいです」

凪咲「あ、毛布はこちらになります」

時崎「ありがとうございます。凪咲さん」


俺は七夏ちゃんに、そっと毛布を掛けてあげた。


七夏「ん・・・」


七夏ちゃんが起きてしまったかと思ったが、そうではないようで少しほっとした。

俺が色々と七夏ちゃんに負担をかけていたのかも知れないな。


時崎「七夏ちゃん。いつもありがとう。おやすみ」

七夏「・・・・・」


俺はそっとその場を離れ、自分の部屋に戻る。写真屋さんでプリントした素材を切りながら「とびだすアルバム」の試作品を作ってゆく。ページを開けると、虹が立体的に飛び出す仕掛けを作ってはみたが、これはどうなのか・・・。七夏ちゃんは、虹の話題があまり好きではない。だけど、虹を好きになろうと努力をしてくれているのも分かる。そんな不安定な心の状態の時に、虹をテーマにしたアルバム、しかも、その虹が飛び出してくるというのは「押し付け」になってしまわないか? 七夏ちゃんに相談したいけど、これは、渡す時まで秘密にしておきたい。虹以外で飛び出す要素を考える方が良いのかもしれないな。俺は、七夏ちゃんに虹を見て幸せな気持ちになってもらいたい。どうすればいいのだろうか。1時間くらい考えを巡らせているだけで、作業は殆ど進まない。喉が渇いてきたので飲み物を頂きに一階へ下り、和室を通りかかる。七夏ちゃんは、まだうたた寝しているようだ。よく見ると、さっき俺が掛けた毛布が体にきっちりと巻きついている・・・って、これは・・・その時---


七夏「んん・・・」


七夏ちゃんが目を覚ましたようで、うっすらとした眼差しで辺りの様子を確認しているようだ。


時崎「おはよう。みのちゃー?」

七夏「・・・っ!!!」


俺は、以前に天美さんが話していた、七夏ちゃんのあだ名の意味が分かった気がしたので、試しにそう呼んでみたら、当たりだったようだ。七夏ちゃんは、毛布の中に一度顔を埋めてから、再び目だけ覗かせて此方を伺ってきた。


七夏「・・・その呼び方・・・どおして!?」

時崎「見た印象がそうだったので。気を悪くしたのなら謝るよ」

七夏「うぅー」

時崎「その・・・ごめん」

七夏「いえ。別に・・・ちょっと、恥ずかしいなーって・・・」

時崎「この前、天美さんが話していた事を思い出して・・・」

七夏「そうだったのですね。あ、毛布、ありがとうです☆」

時崎「あと、眠っている七夏ちゃん。とても心地良さそうだったので、一枚写真を撮らせて貰ったんだけど」

七夏「え!? 今の姿をですか!?」

時崎「いや、俺が毛布を持ってくる前の七夏ちゃん」


俺は、うたた寝している七夏ちゃんを撮影した画像を、七夏ちゃんに見せる。


七夏「あ・・・眠っている姿って、自分では分からないので不思議です」

時崎「で、この写真の撮影許可を貰えないかと思って」

七夏「撮影許可・・・って、既に撮影されています☆」

時崎「そうなんだけど、無許可での撮影だったから、もし、七夏ちゃんが撮影許可をくれなかったら、この写真撮影はなかった事にしようかと」

七夏「くすっ☆ 許可します・・・。なかった事にされる方が、悲しくなります」

時崎「ありがとう。七夏ちゃん。俺も七夏ちゃんを撮影した事を、無かった事にはしたくないと思っているよ。だけど、撮影された本人にとって、嫌な思い出になる写真撮影は、本位ではないので」

七夏「柚樹さんの撮影する写真は、どれも良い思い出になると思ってます♪」

時崎「ありがとう。七夏ちゃん!」

七夏「はい☆ んんー」


七夏ちゃんは、大きく背伸びをしている。


時崎「よく眠れたみたいだね!」

七夏「はい☆ でも、ちょっと背中が痛いです」

時崎「あ、分かる。うたた寝も気を付けないと」

七夏「くすっ☆ え!? もう夕方なの?」

時崎「そうみたいだね」

七夏「明日の準備とかしないと」

時崎「そんなに慌てなくても」

七夏「どのお洋服にしようか、これから考えます☆」

時崎「なるほど☆ 七夏ちゃん!」

七夏「はい?」

時崎「髪・・・跳ねてる」

七夏「え!? あ、ちょっと、整えてきますっ!」


慌てた様子で、七夏ちゃんは洗面所へ移動してしまった。もう少し、跳ねた髪の七夏ちゃんを見ていたかったかなーなんて思ってしまった。俺は目の前に残されたくしゃくしゃのお布団をたたむ・・・いい香りが広がってくる。さっきまで七夏ちゃんが包まっていた温もりも残っていて、少し動揺する。


凪咲「あら? 柚樹君?」

時崎「え!? な、凪咲さん!」

凪咲「どうしたのかしら? そんなに慌てて」

時崎「あ、いえ、すみません!」

凪咲「七夏は起きたみたいね」

時崎「はい。今は洗面所に居ると思います」

凪咲「もう、しょうがないわね。柚樹君、ごめんなさいね」

時崎「え!? 何がですか?」

凪咲「七夏、お布団をそのままにしているみたいですから」

時崎「それに関しては、俺にも責任がありますので」

凪咲「え!?」

時崎「七夏ちゃんの髪が乱れてるって話したら急に・・・」

凪咲「もう、しょうがない子ね」

時崎「すみません」

凪咲「いえ。あ、お布団は私が片付けますので」

時崎「ありがとうございます」


その後、七夏ちゃんは普段どおり、凪咲さんとお話をしているみたいだけど、凪咲さんは少し注意をしていたみたいだ。


七夏「柚樹さん!」

時崎「ん?」

七夏「えっと、その・・・色々とすみません」

時崎「気にしなくていいよ。いい写真も撮れたから」

七夏「・・・ありがとうです」

時崎「七夏ちゃん!」

七夏「はい?」

時崎「明日も、よろしくね!」

七夏「あ・・・はい☆ えっと、明日のお洋服・・・」

時崎「楽しみにしてるよ!」

七夏「くすっ☆ では、今から考えますから、これで☆」

時崎「ああ」


明日は、蒸気機関車展示のイベントがある。七夏ちゃん、凪咲さん、そして直弥さんにとって楽しい日となるように、そして良い思い出が残せるようにしなければ!

「とびだすアルバム」の件も気になるが、今は、明日のイベントの事に集中しようと思う。七夏ちゃんの衣装準備に負けないよう、俺も事前準備をしっかりと行う事にした。


第二十四幕 完


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次回予告


大きな夢が一つ叶う時、とても幸せに満ちた思い出となるはずだ。俺はその瞬間を残せるのだろうか?


次回、翠碧色の虹、第二十五幕


「蒸気と舞う虹」


大切な人には、いつも幸せであってほしい。そう思っている人を、大切に想いたい。

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