第二十三幕:光りなくとも輝く虹
<<凪咲「柚樹君! 七夏が帰って来ないの! 何か聞いてないかしら?」>>
七夏ちゃんの帰りが遅いと凪咲さんが心配している。俺は七夏ちゃんを探しに民宿風水を後にする。
七夏ちゃんは学校の図書室・・・は、もう閉まっているかな。学校までの途中、書店、喫茶店、雑貨屋、写真屋・・・と、今まで七夏ちゃんと一緒に出かけたことのある場所を貫くように見て回る。書店の小説コーナーは、特に入念に探してみたけど居ないようだ。七夏ちゃんが携帯端末を持っていれば、すぐに連絡が付くのだが・・・そうだ! 七夏ちゃんのMyPad宛てにもメッセージを送っておこう。WiFiなので届かないかも知れないけど・・・。商店街を一通り小走ってみたが、見つからない。俺は一旦民宿風水へ連絡する。
凪咲「お電話、ありがとうございます! 民宿風水です!」
時崎「あ、凪咲さん! 時崎です!」
凪咲「あ、柚樹君! 七夏、見つかりました?」
時崎「いえ、すみません。心当たりのある場所を探してはみたんですが・・・」
凪咲「いえいえ。こちらこそ、ご迷惑をおかけしてしまって・・・」
七夏ちゃんは、まだ風水には帰っていないようだ。
時崎「俺、もう少し探してみます!」
凪咲「ありがとうございます」
この商店街に居ないとなると、駅前の大きな商店街か、学校か・・・もしかすると・・・。
時崎「・・・居ない・・・か・・・」
俺は、七夏ちゃんと初めて出逢った場所まで来た。辺りは、かなり暗く、光の残っている空を見ると、遠くの山とバス停がシルエットのように浮かび上がるのを見て、少し寒気を覚える。俺は、更に学校の方へ急ぐ。学校までの道のりに居なかったら、心当たりがなくなってしまう。焦る気持ちに足が追いつかなくなりそうだ。次第に早くなってゆく足音と荒くなる息に混じって自分以外の音が割り込んできた。
「ギギギ・・・」
時崎「!?」
俺は、足を止めて、音のした方に意識を送る。
「ギギギギ・・・カシャカシャ・・・」
時崎「この音は!?」
少し遠くから聞こえてくる機械的な音・・・。俺はその音のする方へ足を進める。
「カシシュワーシュワー・・・」
更に音が大きく、はっきりとしてきた。
??「だめだ!」
??「えっと、こう・・・かな?」
機械音に混ざって、会話が聞こえてきた。その声の中に聞き覚えのある声!!! 俺は声のする場所へと急ぐ。
時崎「七夏ちゃんっ!!!」
七夏「!!! ゆ、柚樹さん!?」
角を曲がった先、外灯が照らす小さな公園前・・・七夏ちゃんが居たことに安心したが、見知らぬ男の人も居る事に一瞬の安心が吹き飛ぶ。
時崎「七夏ちゃん!! 大丈夫!?」
七夏「え!? はい。大丈夫です」
七夏ちゃんが、こちらに駆け寄ってきた。その様子から、少し冷静になる。見知らぬ男の人も、こちらに声をかけてきた。
男性「すみません。彼女さんのお知り合いの方ですか?」
時崎「え!? あ、はい・・・一応」
男性「自転車のチェーンが外れてしまって・・・」
七夏「えっと、困ってたみたいで、私、なんとかならないかなって」
男の人が自転車のトラブルに見舞われ、困っている所に、七夏ちゃんが通りかかって声を掛けたらしい。それを聞いて、ようやく俺は本当の安心を実感した。凪咲さんにも七夏ちゃんの無事を連絡しておく。
時崎「七夏ちゃん、帰りが遅いから心配したよ」
七夏「えっと、ごめんなさい」
男性「引き止めてしまって、すみません」
時崎「あ、いえ。ちょっと自転車を見せてもらっていいですか?」
男性「はい。ありがとうございます」
時崎「七夏ちゃん、この辺りを照らしてくれるかな?」
七夏「はい」
七夏ちゃんの照らしてくれる小型の懐中電灯の灯りを頼りに、自転車のチェーンをかけなおす。
時崎「・・・よし! これで上手くかかったかな?」
ところが、少しペダルを回すと、再びチェーンが外れてしまった。
時崎「あっ!」
男性「やっぱり、だめか!」
七夏「すぐに外れてしまうみたいなのです」
時崎「これは、変速機の故障かな?」
今の様子から、リヤ側の変速機に不調があるように思えた。変速機をよく見ると、繋がっているワイヤーと固定ボルトの辺りに原因があるようだ。
時崎「ここのボルトを調整すれば、なんとかなるかな?」
七夏「え!?」
時崎「まず、変速機をトップにして・・・六角ボルトをしっかりと回せるもの・・・」
写真機のメンテナンス用に小道具を持っていたので、その中から小型のラジオペンチで固定用のボルトを一度緩めて、ワイヤーを引っ張る。
時崎「七夏ちゃん、この方向から照らしてくれるかな?」
七夏「はい!」
七夏ちゃんからの光に照らされたワイヤーをよく見ると、本来固定されていた所が潰れて平たくなっていたので、その場所が固定用ボルトの位置にくるように調整して、ボルトを固定しなおす。あとは、さっきみたいにチェーンを掛け直す。
時崎「これで、大丈夫かな・・・」
少しペダルを回してみる。
男性「おお、凄い! チェーンが勝手に外れなくなった!」
時崎「あ、いえ」
七夏「柚樹さん、凄いです! あんなに苦労したのに・・・」
時崎「ただ、応急処置ですので、自転車屋さんに調整をご依頼ください」
男性「ありがとうございます!」
時崎「あと、変速はしないでください。チェーンが外れてしまうかも知れませんので」
男性「はい。分かりました」
時崎「ちょっと上り坂は辛いかも知れませんけど」
男性「いえ。その時は押してゆきますので」
時崎「はい。お気をつけて! 七夏ちゃん、急いで帰ろう! 凪咲さんも心配してるから!」
七夏「はい!」
時崎「それでは、ちょっと急ぎますので、これで失礼します」
男性「どうもありがとうございました。彼女さんもありがとう!」
七夏「え!? は、はい!」
時崎「七夏ちゃん!?」
七夏「・・・・・彼女・・・さん」
時崎「え!?」
七夏「い、いえ! 何でもないです!」
俺は風水へと急ぐ。七夏ちゃんは少し後ろを付いてくる形となる。少し歩いた所で七夏ちゃんが声を掛けてきた。
七夏「柚樹さん。はい☆」
時崎「え!?」
振り返ると七夏ちゃんは、ハンカチを差し出してくれていた。
七夏「えっと、手の油・・・」
時崎「あ、ああ。ありがとう」
七夏「柚樹さんが来てくれて、良かったです☆」
時崎「七夏ちゃん、帰りが遅くなる時は---」
七夏「はい。ごめんなさいです」
言い切る前に謝ってきた。
時崎「七夏ちゃんは人助けをしていたから、謝らなくてもいいけど」
七夏「すみません。でも、柚樹さん色々と詳しくて頼りになります!」
時崎「今回の場合は、スプロケットのトップギヤより外側にチェーンが移動して外れてたみたいだから・・・以前に自分も同じ事があってね」
七夏「すぷろけっと?」
時崎「え!? ああ、後ろの歯車の事」
七夏「歯車・・・はい! 分かります☆」
時崎「七夏ちゃんって、英語、苦手だったりする!?」
七夏「え!? えっと・・・はい・・・」
時崎「やっぱり・・・なんとなくそう思ってたけど」
七夏「うぅ・・・私、なかなか英語の言葉が覚えられなくて」
時崎「そうなんだ。ま、得意不得意はあるからね」
七夏「昔、国外のお客様がお泊りに来られて、それで英語でたくさん話しかけられて、私、全然分からなくて・・・」
時崎「それは、大変だね」
七夏「その時は、お母さんがなんとか伝えてくれたんですけど、私、それからそのお客様と話す事が怖くて、結局何も話せないままになってしまったのです」
時崎「なるほど」
七夏「だから、英語が怖くて避けるようになっちゃって」
時崎「そうか・・・」
七夏「あ、柚樹さん、足元に気をつけてください!」
時崎「え!? ああ、段差か!」
七夏「はい」
俺は、思った。
時崎「でも、『セブンリーフ』って英語じゃない?」
七夏「はいっ☆ ここちゃーが、そんな私の為に教えてくれました☆」
-----当時の回想------
心桜「つっちゃー!」
七夏「なぁに? ここちゃー」
心桜「あたし、いいの見つけたよ!」
七夏「え!?」
心桜「これ!」
七夏「あ、可愛い☆」
心桜「セブンリーフ!」
七夏「せぶんりーふ?」
心桜「っそ! ななつの葉!」
七夏「え!? わたし?」
心桜「つっちゃーの為にあるような気がして!」
七夏「くすっ☆」
心桜「最近できたブランドみたいだけど、これから色々な商品展開があるんだって!」
七夏「そうなの?」
心桜「という事で、このセブンリーフのノートをつっちゃーにあげる!」
七夏「え!? いいの?」
心桜「ふたつ買ったから、お揃いだよ!」
七夏「わぁ☆ ありがとです!」
----------------
七夏「それから、色々と『セブンリーフ』を集めるようになって♪」
時崎「そうだったんだ」
俺は時計を見る・・・。
時崎「20時半・・・」
七夏「え!? もうそんな時間なのですか!?」
いつもは、遅くなる時は連絡しているようだけど、今回の場合は七夏ちゃんも時間経過の感覚を見失っていたようだ。俺と七夏ちゃんは民宿風水へ急いだ。
☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆
時崎「ただいま!」
七夏「・・・・・ただいま」
凪咲「七夏! 心配したわ!」
七夏「ごめんなさい!」
凪咲「良かった! ナオには連絡しておいたから!」
七夏「・・・はい」
七夏ちゃんのお父さんも、帰りに七夏ちゃんを探していたようだ。
凪咲「七夏、帰りが遅くなる時は---」
時崎「凪咲さん! 七夏ちゃんは、困っている人を助けてて」
凪咲「え!?」
俺は、事の顛末を凪咲さんに説明した。
時崎「・・・という事です」
凪咲「そうなの・・・でも、連絡はしてくれないと」
七夏「ごめんなさい!」
凪咲「柚樹君、ありがとう。いつも助けていただいてばかりで」
時崎「いえ、七夏ちゃん。見つかって良かったです」
その後、七夏ちゃんは夕食を早々に切り上げて、部屋に戻ったようだ。今日は色々な事があって、七夏ちゃんも疲れているのだろう。俺も、自分の部屋に戻って、今日撮影した写真の確認とアルバム制作の続きを行う事にした。
☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆
どのくらいの時間が経過したのだろうか・・・トントンと扉が鳴る。
七夏「柚樹さん」
時崎「七夏ちゃん!?」
俺は、扉を開けた。
七夏「こんばんはです☆ 柚樹さん、まだ起きているのですか?」
時崎「え!?」
時計を見ると日付が変わりかけていた。
時崎「もうこんな時間なのか・・・」
七夏「くすっ☆」
七夏ちゃんから、いい香りが広がってくる。
時崎「七夏ちゃんも、今日は夜更かしさんみたいだね」
七夏「はい☆ 今日の分の宿題を済ませて、今お風呂に入ってきたところです☆」
時崎「なるほど。今日の午前中は学校だったからかな?」
七夏「はい☆ えっと、MyPadのメッセージを見ました♪」
時崎「ああ・・・今となっては意味がないけど」
七夏「意味はあります! 今とっても嬉しい気持ちです☆」
時崎「そ、そう?」
七夏「はい☆ えっと、今日は色々とありがとうです☆」
七夏ちゃんは間違っていない。人として正しい行動をしただけだから。
時崎「気にしなくていいよ。でも、あまり凪咲さんに心配を掛けないようにね」
七夏「はい。気をつけます☆ お父さんにも、さっき同じ事を言われました」
時崎「あはは」
七夏「私は、これでお休みしますね☆ 柚樹さんも、あまり夜更かしさんにならないように、お気をつけくださいね☆」
時崎「ああ、もう少ししたら休むよ」
七夏「はい☆ では、おやすみなさいませ」
時崎「おやすみ。あっ! 七夏ちゃん!」
七夏「はい!?」
部屋に戻りかけた七夏ちゃんを、呼び止めた。
時崎「七夏ちゃん!」
七夏「え!?」
時崎「明日は時間あるかな? 午前中は宿題かな?」
七夏「えっと、明日は土曜日ですので、宿題はお休みです♪」
時崎「そっか。土曜と日曜は宿題お休みだったね。時間はあるかな?」
七夏「はい☆ いつもよりはあります♪」
時崎「もしよかったら、凪咲さんへのアルバム作りで協力してもらえないかな?」
七夏「はい♪ もちろんです☆」
時崎「ありがとう。じゃ、明日、声をかけるよ」
七夏「はい☆」
時崎「ごめんね。呼び止めちゃって」
七夏「いえ。それでは、おやすみなさいです☆」
時崎「ああ。おやすみ、七夏ちゃん!」
七夏「はい☆」
七夏ちゃん、今日は俺に探させた事からか、声を掛けてくれたのかも知れないけど、普段からわりと声を掛けてくれている事に気付く。民宿ってそういうものなのかも知れないけど、人によっては・・・いや、そういう場合は旅館にすればいいだけか。とにかく、俺は七夏ちゃんが声を掛けてくれる事は嬉しく思う。そう言えば、今日、七夏ちゃんと一緒に風水へ帰る夜道、心なしか七夏ちゃんの瞳が明るく輝いているように見えた。暗闇で猫の目が明るく光って見えるイメージだろうか・・・猫の目ほど明るくは無かったけど、とても綺麗な翠碧色の瞳だった。そう言えば、暗闇では七夏ちゃんの瞳の色が大きく変わることは無かったように思える。
<<七夏「あ、柚樹さん、足元に気をつけてください!」>>
<<時崎「え!? ああ、段差か!」>>
俺は暗くて段差が全く見えていなかったけど、七夏ちゃんには見えていた事から、暗闇での物の認識力は俺よりありそうだ。
<<時崎「20時半・・・」>>
<<七夏「え!? もうそんな時間なのですか!?」>>
これも、人よりも周囲が明るく感覚されているとしたら、不思議な事ではない。
七夏ちゃんの瞳が「光が無くても輝ける」のだとしたら・・・俺は、今頃になって改めて「ふたつの虹」の魅力に引き込まれてゆく。その持ち主である七夏ちゃんには、やっぱり本当の虹を届けてあげたいと思う。それが、今回の撮影旅行の一番の目的になっている事に間違いは無いだろう。凪咲さんへのアルバム作りと並走しながらアルバム制作を進めてゆきたい。
今日、撮影した七夏ちゃんの写真は笑顔だ。この笑顔が本当に写真であってほしい。いつか「ふたつの虹」が写真となるように、俺がするべき事は・・・。
明後日は七夏ちゃんのお父さんが運転士となって、蒸気機関車を運転するイベントがある。一応、当日の予定とか段取りを凪咲さんに聞いておくほうがいいだろう。現地の場所は地図で確認している。列車で一駅の場所だ。この街の事はある程度分かってきたけど、旅費の節約もあってあまり遠出はしていない。現状、凪咲さんのご好意に甘えており、七夏ちゃんの写真をたくさん撮るという目的があるから、俺単独での行動はなるべく節約しなければならない。地図でしか場所を確認しなかったのも、そのような理由があるからだ。
時崎「蒸気機関車・・・か」
俺は、それほど鉄道には詳しくは無いけど、蒸気機関車は分かる。イメージとしては黒くて複雑な形・・・煙突があって煙を出しながら走る、今の列車から見ると異型な姿だ。以前に、七夏ちゃんと一緒に楽しんだ鉄道模型の蒸気機関車を見ていたので、そのイメージなら、はっきりと出来ている。模型の蒸気機関車は電気で走るので煙は出なかったけど、小さいながらも、なかなかの迫力があった。あの時、七夏ちゃんが手を添えてくれた事が蒸気機関車の模型と強く結びついてしまっている。またあの時の感覚を楽しめたらいいなと思うのは、よくばりな事なのだろうか?
七夏ちゃんが、お父さんの蒸気機関車の模型を誤って壊してしまったお話があったな。俺は、壊れた物は直せる場合は直して使う考え方だったけど、直さないで思い出とする考え方もあるんだなと、あの時は思ったりした。
七夏ちゃんと出逢ってから本当に色々と、考え方が変わってきている。七夏ちゃんの瞳の色が変わるように、俺もまだまだ変わってゆくのだろうか。
時崎「・・・おやすみ。七夏ちゃん」
俺は、MyPadに写っている「昨日の七夏ちゃん」に挨拶をして、今日一日を閉じた。
第二十三幕 完
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次回予告
虹は半透明で輪郭もはっきりせず、ふわっとしている。俺はそんな虹をのんびりと眺めたいと思っていた。
次回、翠碧色の虹、第二十四幕
「のんびりさんの虹」
「ふたつの虹」を持つ七夏ちゃんは、虹以上にのんびりさんだと思っていたけど、それは俺の勝手な思い込みに過ぎないのかも知れない。
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