032 - 宴

「えぇ!? あんたなのかい!? 旅人ってのは!」

訪れた者達の開口一番の台詞はそれだった。その驚きの様子に

「もっとゴツイの想像してた?」と少女は悪戯っぽく笑う。


 辺りにすっかり夜の帳が張られ、夕食の祈りを終えた丁度その頃。小さなクミン村の一角、フィタニ家に大勢の村人が押し寄せた。

「旅人の歓迎会って、するもんなんだろう?」

というのが彼らの言い分で。

すっかり噂になってしまった赤い髪の旅人を一目見ようと、または何か珍しい話でも聞けるのではないかと、そしてこれを理由に宴会を……と思った者達が皆手に手に酒瓶やら料理やらを携え、旅人の滞在するその家を訪れたのだった。


 女の旅人だという噂だったが、一人旅をしているらしいということは人々にいかにもな姿を想像させていた。ところがそこに居たのは屈強な戦士などではなく、まだ歳若くそして可愛らしい娘。

驚かない訳が無かった。

「だから言っただろう!」

と鼻息荒く言ったのはこの村に着いて程なく村の通りで会った男、エドフだった。僅か数名が彼に同意して頷く。

噂を聞いただけで実際にその姿を目にしていなかった者達は、旅人の容姿に関する「とてもそうは見えない、細っこい娘」というエドフらの話を信じていなかったらしい。そのため、そのエドフらの話の真相を確かめようと訪れた者も少なくはなかった。

 得意気なエドフと、自分達の想像とは違うものを目にして驚く人々。だが覆された先入観などこの際どうでもよくて

「こりゃまた、別嬪さんじゃないか」

「そーだよっ! こんな地図にも載らないような辺鄙なとこに来るってんだから、相当な変わり者じゃないかって、ねぇ?」

「でも、わざわざでなくてたまたまだろう? いやぁ~ホント、よく来たなぁ」

という素直な感想がもれる。

 整った美形や綺麗な、という風ではないがアーシャの真っ直ぐに相手の目を見る大きな瞳と、快活で人懐こい猫のような表情は人々に好印象を与えた。

「しかも魔法が使えるんだって?」

「へぇそりゃスゴイ……!!」

「この村じゃあ司祭様だけよねぇ」

「魔法ってあの奇跡みたいに怪我治したりする、あれだよな?」

「どうやって覚えたんだ?」

「ホント、すごいねぇ」

「どんな魔法が使えるの?」

すっかり賑やかになった食卓を囲み、酒を呷り料理を口に運びながら訪れた人々は楽しそうに旅人に話し掛ける。

「女でも使えるもんなのかい? 魔法ってのは。あたしゃ司祭様が使われるから、てっきり男だけのもんかと思ってたよ」

一人の女が何気なく、だが感心したように言った。

「え? そういうものなの?」

「何言ってんだい、あんた。魔法使えるのが男だけ、なんてそれこそ聞いたことない話だよ、ねぇ?」

押しかけた者たちに自分達の客を取られてしまい、この家の者であるため給仕をする羽目になってしまっているマドーラが横から口を出す。アーシャの嫌がる言葉に気付いたのだった。

確かに、司祭という職に就いているのは男が大多数、一般的だが。

「そうね。あたしが知ってる昔語りには魔法を使う女の人ってよく出てきたわ。魔女っていうの。知らない?」

マドーラの心遣いをありがたく思い、そしてアーシャはわざときょとんとして見せた。

 女だからと卑下されることも甘やかされることも宜しとしないアーシャには無遠慮に向けられる言葉が気にならないわけではなかったが、先ほどの司祭の言葉、それからマドーラと話したことが心を静め解きほぐし、またそこにあるのが悪意に満ちた差別の心でないことが明らかだったので、アーシャは本来の明るさでもってそれらを受け止め、おどけて話すことさえできた。

 もっとも、こんな所でいちいち腹を立てたり意見を対立させて自らの居心地を悪くするなどすべきでないという思いもあった。大きな街では気にせずともよいことだが、それくらいの要領は心得ていた。

「あはは、言われてみりゃぁそうだな」

「だな。逆に魔男なんて聞いたことがないよ」

一同は妙に納得したように頷き、そして笑い声を上げる。

「つーか"マオトコ"なんて言ったら別のモノみたいじゃないかい?」

「また、なぁに言い出すんだかこの人は」

と冗談まで飛び出し、辺りは明るい雰囲気に包まれる。その中でアーシャもまた楽しそうな表情を浮かべている様子にマドーラはほっ胸をなでおろした。


「それで、あんた一体どこから来たんだい?」

其処此処で勝手に盛り上がり始めた者達をよそに数人の女が話し掛けてきた。30~40代後半、皆マドーラと同じような田舎の質素な格好をしている。話好きのおばさんといった感じだ。

「ヴィナエから。フォンティンへ向かうとこだったの」

アーシャは出された料理を摘みながら答える。

「じゃなくて、ほら故郷は……」

「そんなことより、旅の目的は? 何か、あるんでしょ?」

と酒瓶を片手に別の女が割って入る。

「旅の目的?」

「そうそう。あんたみたいな若い娘一人で旅するなんてよっぽどの理由があるんだろう?」

「こう、例えばだけど、仇討ちとかさ」

興味津々の女達の問いに、気になる話題を聞きつけ他の者達もアーシャに注目する。

「う~ん……そんな大それたことじゃないんだけどさ」

彼らの思い描くものは容易に想像できたから、アーシャは思わず苦笑しながら

「住むとこ探してんの」

と軽く答えた。

彼らが思いもよらないであろう、彼らにしてみればおそらく「他愛もない」答えを重々しく口にするのは憐れんでくれと言っているようで嫌だった。

「へ?」

「住むところを、探す?」

「てのは、どういう……」

想像していたようなではない、あまり深刻と思えない理由とアーシャの様子に人々は戸惑う。

「そう。あたしの故郷ってすごく住みにくい……と言うか、生きにくい街だったから」

明るく言うアーシャだが、人々は「このような娘が1人で旅に出ようと思うほどに生きにくい街とはいかなものか」とその心情を思い、更に問う気にはなれなかった。

「で、でも、どこなりとあったんじゃないの?」

「そんなに見つけにくいもんなのか?」

「うぅん。贅沢を言わなければそうでもなかったと思うの。ただ、少しでも遠くへ行きたい気がして――でも、そう思ってよかったと思う。あたし、今まで大きな街ばかり辿って来てたのね。それで、今回ここへ来てよかったなって思ったから、手近なところで即決しちゃわなくてよかったって」

アーシャは微笑みながら言う。村人達にしてみればこの上ない口説き文句だ。

「まぁた、嬉しいこと言ってくれるじゃないの」

と、やっと傍に来たマドーラがアーシャの肩を抱く。

「なんだったら、このまま居着いちまったらどうだ?」

「そりゃぁいい!」

「そうだ。なぁ、ウチに丁度年頃の息子がいるんだが、どうだい? いや、父親の俺が言うのもなんだが、これがなかなか働……」

「みんな、いいかげんにしろよ! そんなこと言ったらアーシャが困るだろう!?」

好き勝手なことを言い出した村人達に見かねてイフルが声を掛けた。だが皆は悪びれる風でもなく

「なんだよぉイフル、いいじゃねぇか別に、なぁ?」

「この村気に入ってくれてるみたいだしよぉ」

口々に言い、がははと笑う。

「あ、もしかして……アンタさてはこの娘に気があるね?」

「ははぁん、そういうことかい。それでハーザが息子のこと言い出して焦っ……」

「そ、そんなんじゃないって!!」

酔っ払いの戯言だと思いながらイフルは思わず赤くなった。

ハーザの言葉を遮りたい気が自分の中にあったのは確かで、勘のいい女達に全てを見透かされているような気になってしまう。

「お、そういうことだったか! なんだ、こりゃぁ悪いこと言っちまったな」

ハーザは豪快に笑いながらイフルの背を叩き酒を煽る。続けて隣の女が話題にされた青年の母を小突きながら楽しそうに声を掛けた。

「そうよねぇイフルも今年で20歳だし丁度ぐらいなんじゃないの、ねぇマドーラ?」

「だからそういうんじゃないって、何言ってんだよさっきから!」

「そうだなぁ……アーシャちゃんはそりゃあ可愛いし、強いし……」

「で、どうだいあんたぁ、イフルみてぇな男はよぉ」

力いっぱい否定するイフルだが父までが悪乗りを始めてしまい、どうすることもできなくなってしまった。

 気心の知れた仲間と遠方からの旅人、そして酒に色恋の話となると宴はいよいよ盛り上がりを見せ、一人不毛な否定を繰り返すイフルがどこか可笑しく見えた。

 アーシャの知る宴と言うのはこんなにも暖かくはなく、旅に出てから街の酒場なんかで楽しげに酒を酌み交わす様子は見かけたものの、その中に自分が身を置くことはなかったから今、自分がそうやっていることが無性に嬉しかった。



「フレッド! フレッドはいるか!?」

そんな和やかな雰囲気を引き裂くように突然、男の声が響いた。

辺りは騒がしくその声を聞いた者は少なかったが入り口近くに席を構えた者が扉を強く叩く音に気付き、開けてやるとそこには息を切らした男が立っていたのだった。

「どうしたんだ?」という問いに「大変なことが起こった」とだけ言うと家の中に向かって更に声を張り上げた。

「フレッド! 来てくれ、大変なんだ!!」

叫ぶ様な呼びかけに一瞬辺りは静まり返る。

「よぉータキじゃねぇか、どうした?」

呼ばれた男、フレッドが戸口に立ったタキに向かって暢気のんきに手を振る。タキはその姿を認めると

「大変なんだ、フレッド! あんたのせがれが……ジョゼフが魔物に襲われて、ひどい怪我を……!!」

「なんだって!?」

赤ら顔の陽気なフレッドの表情が一瞬にして酒気が抜けたように青ざめる。辺りがまたざわめき立った。

「何? 何があったって?」

「ジョゼフがどうかしたって?」

「今、ダプタが司祭様を呼びに行ってるんだが、早く戻ってくれ!」

タキがそう言い終わる前にフレッドは家を飛び出し、タキの乗ってきた馬に跨るとすぐに闇へと消えていった。

「ウ、ウチの娘は!?」

不安げにタキに声を掛けたのはジョゼフの妻の両親だった。

「ジョゼフに付き添ってるよ。だが……状況が状況だ……。あんたたちも行ってやった方がいい」

促され、二人もまた不安げな表情を浮かべ扉を出て行く。

「ちょっとちょっと! どういうことなんだい?」

状況が読めない。堪らずマドーラがタキに問うた。

「ジョゼフと、それからルーテズ父子が二日前からトゥアハの方へ行ってたろ? その帰りに、魔物に襲われたらしいんだ。ルーテズ父子も、随分怪我してるみたいだけど……命に関わるほどじゃない。……おそらくだが……」

最後の方は自信なく、声をひそめるようにしてタキは答えた。

「あたしも行く!!」

ざわめく人々を押しのけ、宴の中心にいた少女が駆け寄る。

「あ……あんたぁ……」

タキは一瞬見慣れぬ娘に戸惑ったが、そういえば旅人を囲っての宴が設けられていたのだと思い出すと、その旅人だろうと思い当たり

「行くって、ジョゼフんとこに? 何で?」

だがこの少女に何ができるとも思えず怪訝そうに首を傾げた。

「少しくらいなら、力になれるかも!! 早く、案内して!」

「アーシャ!」

「アーシャちゃん!!」

言うが早いかアーシャは開いた扉の向こうへ駈けた。

扉から離れた位置にいたため詳細は聞き取れていなかったが「ひどい怪我をした者がいる」ということは認識できた。

昼間の疲れが十分に取れているとはいえなかったが、魔法が使えないほどではない。多少なりとも力になれるのではと、そう思ったのだった。

「わ、わかった……!!」

周りの者から「彼女は魔法が使える」と聞いたタキは慌て少女の後を追う。

「イフル! 馬、出してやれ!」

「へ?」

「たいした距離じゃあないが多少早いだろ。早く!」

「う、うん!」

突然父ムルスに追い立てられるように言われ何事かと思ったイフルだが、その意を汲むとすぐさま厩へと向かった。



飛び出したアーシャはそのままの勢いでなだらかな坂を駆けた。

「村の、真中、あるだろ!? あそこのっ……」

後を追ってきたタキが切れ切れに言う。

「村の……入り口んとこからっさ、三件目の家でっ行けばすぐわかるっ……!!」

「うんっわかった!」

丈の長いスカートを片手でたくし上げ、速度を緩めないままアーシャは前方、村の光の集まるところを見据えた。まだ冷たい夜風が髪をすり抜け、沢山の人に囲まれてほてった頭を引き締める。

 ジョゼフといえば昼間マドーラと話した時に出た名だ。最近、アニタという娘と結婚したばかりだと言う。

――助けたい……!!

"ひどい怪我"というのがどの程度のものなのか想像がつかなかった。

だが村で魔法を使えるのはギサノル司祭だけというなら今ここにいて力を貸せるのは自分だ。気のいい村人達と、ジョゼフの妻を思うとどうあっても助けたいと思った。

「アーシャ!」

背後から迫る蹄の音と名を呼ぶ声がすぐに横に並んだ。イフルだ。

「何!?」

「待って、アーシャ! ちょっと待って、乗って! 送っていくから……!!」

わき目も振らず走っていたアーシャだが、言われ目の前に手が差し出されると少し速度を落としてその手に縋った。

「行って!!」――。

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