真夜中の夏みかん
通りすがりの家の塀からはみ出す夏みかんの木を見て、彼女は囁く。
「クリスマスツリー、見つけた」
確かに、色付き始めた果実がオーナメントのようだ。茂った葉っぱが濃い陰になる中、ぼんやりと浮かんで見える。
急に彼女はジャンプして、夏みかんに手を伸ばす。そのジャンプ力にも驚いたけれど、地面に降りた彼女の手にみかんが枝ごと握られていたのにはもっと驚いた。寝静まった住宅地に枝の折れる音が響く。
「何やってんのよ!」
大きな声が出そうになるのを抑えて、私は慌てて彼女の手を引いて走り出す。誰かに気付かれたらおしまいなのに。
「大丈夫だってば」
笑みを含んだのん気な口調で、彼女は速度を落とす。手を引かれて振り返ると、夏みかんが光っていた。蝋燭みたいな灯り。彼女は枝を持って掲げ、辺りを照らす。
「ほら」
釣られて見渡すと、さっきまでと景色が違う。建物が密集する住宅地だったのに、木が立ち並ぶ森の中だった。
湿り気を帯びた空気。土の匂い。アスファルトとは全く違う地面の感触に気付く。真っ暗で遠くはほとんど見えない。夏みかんだけが柔らかく光り、私たちの足元に曖昧な影を作る。木々はずいぶん大きい。見上げると、遥か上にわずかに空が見えた。
「もう少しだよ」
道もない森を、今度は彼女が先に立って進む。どこに向かっているかは聞かなかった。クリスマスツリーの夏みかんが先導するのだから、きっと私の想像通りだろう。
鈴の音が聞こえてきて、お互いに握る手に力がこもる。もう夜が明ける心配をする必要はないのだ。
終わり
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