第8話
「なんだ…これ」
白い煙を上げる消されたたき火の側にごろりと転がる。血に濡れているのか、ただでさえ黒い軍服をさらに黒く染めた北見蓮と飯島和音。
その周りには十数人の影族の死体があって、周りの木々は月明かりでもわかるほどに折れたり倒れたりと損傷しており、地面は抉れ血が散っていたりとそこで起きたであろう激しい戦闘を物語っていた。
意味が分からなかった。
なぜなぜなぜなぜなぜなぜなぜ。
なぜこんなことになる。飯島和音も北見蓮も強いのではなかったか、自分よりも長く風紀にいるだけあって場数も踏んでいるのだから、これくらい対処できるのではないのか。訓練では百人斬りとかしてたじゃないか、それがたかが十数人に殺されるなんて。
ああでも影族だ。戦闘能力に優れたとんでもない種族だ。だからきっと、これは仕方のない結果なのかもしれない。
絶望感に膝から崩れ落ちた螢丸は、地面についた手でぎゅっと砂を掴む。石が爪の間に入ったのか、じんじんと痛かったがそんなことは気にならなかった。
「なんで、なんでだよ」
「なにがかしら?」
「なんで、俺の大切なものはみんななくなるんだ」
「もしかして僕たちのこと? パパ感激ィ」
「あんたはいつもふざけすぎなんだ……よ?」
「やっほー、ミカくんびっくりしたァ?」
「今回の悪ふざけはやりすぎよレン。謝りなさい」
「えー、和ちゃんだってミカくんの本音聞きたいって言ってたくせにィ」
僕ばっかり悪者にしてー、班長怒っちゃうぞォ! 平然と起き上がりながらふざけた様子で持っていた血にまみれた刀・
土を握っていた手を離して、ぺたんと座り込む螢丸に、北見蓮の悪ふざけにのってしまった飯島和音も起き上がりながらうつむいていて表情の分からない螢丸に申し訳なさそうに眉を下げた。
螢丸にこみあげてきたのは、怒りというよりも安堵だった。唐突に吹いた風が、螢丸の髪を上げさせ、ぽたぽたと残った左目から落ちた涙が地面に黒い染みを作る。
それを見た飯島和音と北見蓮がぎょっと目を剥く。あの陰では冷徹とも鉄仮面とも呼ばれている螢丸が、泣くなんて思いもしなかったから。
6年前に螢丸を保護した北見蓮すら螢丸が泣くところを見たことがない。あの頃の螢丸は本当に人形のようで食事も風呂も全部北見蓮が促して世話してやっとするようなそんな虚ろな子どもだった。風紀に無理やりにいれて、家族を奪った影族に復讐するという目標を持つまでは本当に生ける屍のようだったのだ。それが、自分たちを大切だといい、泣くほどの安堵を見せるとは。
「ミカくん、パパ嬉し」
「あんたら、いつか、殺してやる」
「ええー」
螢丸の成長ぶりに思わず涙がこみ上げてきそうになった北見蓮だが、螢丸の一言に口を開ける。ひっくひっくと嗚咽混じりに、自分の軍服の袖で涙を拭う螢丸にさすがに堪えたのか飯島和音がごそごそとスカートのポケットから白いハンカチを出して、螢丸に近づきかがむと差し出す。
「ミカ、ごめんなさいね。悪いのは全部レンだから、恨むのはレンだけにしなさい」
「和ちゃん酷い!」
「わかった」
「なんで、和ちゃんにはそんなに素直なのォミカくーん!」
「あんたがそそのかした犯人だからに決まってんだろ…」
ぐっす、ぐっすと鼻をすすりながらいう螢丸に、気まずい北見蓮はしゅんとする。いくら班員同士で性格が筒抜けだとしても、やっていい冗談と悪い冗談がある。風紀はいつも人手不足だ。人類が選別されたあの日からずっと。なにせ戦うにしても相手は化け物級であるうえ、人間の5倍の身体能力を持っているとされる。つまりかなり強い。殉職するものがない日はないと言ってもいいくらいだ。これは確実にやってはいけない冗談である。
びしっと北見蓮を指さしてこいつだけにしなさいと諭す飯島和音に素直に頷く螢丸。彼女の機嫌を損ねることは食事情にも関係するのだ。出来るだけ逆らわないに越したことはない。
差し出された白いハンカチを受け取って、自分の涙を拭った螢丸はふとその濡れたハンカチでかがんでいる飯島和音の顔についた血を拭いた。
「ミカ?」
「顔に血ついてる。あんた顔はいいんだから綺麗にしとけば」
「ミカくんが、ミカくんが和ちゃんを口説いてる……!」
「本当? 嬉しいわ、ありがとうミカ」
「エリの方が天使みたいだったけど」
「ですよねー。ミカくんが和ちゃんを口説くとかないよねェ。君エリ君大好きだもんね」
嬉しそうにその白い面差しを笑みに緩めた飯島和音に、ある意味ショックのあまり開いた口に手を当てた北見蓮がびっくりしましたと全身で伝えてくるが。ツァルツェリヤのことが大好きな螢丸はどこまでも螢丸で、螢丸の言葉を額面通りにきちんと正しい意味で受け取った飯島和音はどこまでも飯島和音だった。
ありがとう、と言われて照れたようにふいっと視線を漂わせてこっくり無言で頷いた螢丸に2人はなんとも微笑ましい気持ちになりながらも、先ほど起こった不思議な出来事に首を傾げる。
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