4月7日(木) 雨
朝から降り続ける雨の音に混じって、派出所の奥の台所から
堀田はカップラーメンの蓋をめくると、奥から薬缶を持って来て、事務机の上に鎮座する遅い夕食の上に湯気を上げる熱湯を注いだ。時計を見れば時刻は午後九時十二分。三分後の晩餐に胸を踊らせながら、ぎしっ、と事務椅子に座った堀田の目が、ガラス越しにバス停を見て、あ、と見開かれた。
堀田の目がカップラーメンとバス停との間を行ったり来たりする。そして最後は天井を見上げて溜息を吐くと、椅子から立ち上がって傘を手に取った。
「また来たのか。安達サヤカ」
「お構いなく。どうぞカップ麺をお食べになって。堀田巡査」
「話は聞いた」
「……どの程度?」
「ご両親を、事故で亡くしてたんだってな。知らなかったとは言え、両親に連絡する、なんて言って悪かった。その……辛い思いをさせて」
傘の下で、堀田はきちっと頭を下げた。
サヤカは少し目を丸くして驚いた表情を作った。
「律儀な巡査さんね。いいのよ別に。未成年に対する順当な手続きだと思う。家族の死は、あたしにとってはもう受け入れたことだし、あたしが家族を亡くしたのはあなたの
堀田は顔を上げる
「今日も、バスを待っているのか?」
「ええ」
「君が、馬鹿とは思えない。事故のショックで正気を失ってるようにも見えない。保護者は人のいい苦労症の人で、君を気遣うあまり胃薬の世話になっていると聞いた」
「何が言いたいの?」
「何故、君はここでバスを待つんだ? それも決まって、雨の夜に」
「……」
少女は沈黙した。
その表情は動かない。前回のような屁理屈の回答も、今夜は跳ね返ってはこなかった。
雨がトタン屋根とビニール傘を叩く音。バケツに雨漏りが落ちるぺてん、ぺてんという音。
暫くの間、音色もリズムも異なる雨の奏でる様々な音が、その場の全てになった。
ばしゃ、と傘が畳まれる音が、唐突に沈黙を破った。
サヤカは、はっ、となって顔を上げる。
見れば堀田はバス停のトタン屋根の下に入って、サヤカの左隣に、少し間を空けて座ろうとしていた。
「何してるの?」
「警ら、さ。砕いて言えばパトロールだな」
「バス停に座り込んで? 」
「巡査がバス停をパトロールしちゃいけないって法律でもできたのか?」
「……何かされたら悲鳴を上げるから」
「そうしてくれ。そこに駆け付けて、助けるのが仕事だ」
サヤカはそれ以上何も言わなかった。
堀田も黙っていた。
雨がトタン屋根とアスファルトを叩く音。バケツに雨漏りが落ちるぺてん、ぺてんという音。
音色もリズムも異なる雨の奏でる様々な音が、再びその場の全てになった。
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