黒騎士となって首なし騎士は少女の待つ廃屋へと帰還した。

 跪く黒騎士から兜を外し、露わになった詠歌の顔を観察するように眺めた後、少女は口を開く。


「あなたが久守詠歌さん、吸血戦姫ヴァンパイア・ヴァルキュリアの認めた勇士エインヘリアル、ですか」


 頭上からかけられた声に、詠歌の意識が微睡みから浮上する。体は気怠く、手足が酷く重く感じる。


「……君、は」


 辛うじて首と口を動かし、声の主を探す。すぐに自らを見下ろす少女と目が合った。その手には意識を失っている間に抜き取ったのだろう、詠歌の財布に入っていた学生証がある。


「ユーリ。神に与えられた名をバートレットと申します。昨晩はお話も出来ませんでしたから、是非お聞かせくださいな」

「一体、何を……」

「勿論、吸血戦姫ヴァンパイア・ヴァルキュリアとの馴れ初めを」


 楽しそうに、愉快そうに、年相応の笑みを浮かべ、ユーリは詠歌の頬に触れる。頬を伝い、首筋をなぞり、唇をくすぐる。


「……アイネは、何処にいる?」


 ユーリの問いを無視し、指から逃れるように首を動かして周囲を探るが、捕えられたこの部屋の全容を見渡す程の自由は許されていなかった。

 自らの体が今もあの首なし騎士、黒騎士の鎧に収められている事に気付く。手足を動かそうともがいても、まるで深い水底に沈んでいるかのように重く、動かない。


「僕たちはアイネを取り戻す……いや連れ戻す為に君を探してたんだ」

「ええ、ええ。存じています。吸血戦姫ヴァンパイア・ヴァルキュリアの使い魔が羽虫のように飛んでいるのをその子が見つけてくれました」

「……この鎧は何なんだ? 僕が詳しくないだけで、これもクトゥルー神話……対攻神話プレデター・ロアなのか?」


 詠歌と彩華は黒騎士の正体を『デュラハン』、或いは『スリーピー・ホロウ』と予測していた。外見的特徴にあまりにも合致していたからだ。だがそれらと対攻神話プレデター・ロアは結び付かない。しかしユーリとこの黒騎士が協力関係、もしくは主従関係にあるのは疑いようがない。


「いいえ。こんな無骨な存在、わたしたちが崇める神話には相応しくありません。この子はただの仕事道具です。何処かの片田舎で語られていたようですけど」

対攻神話プレデター・ロアに侵された存在……」


 シグルズが語っていた。対攻神話プレデター・ロアはいずれ北欧神話の領域すらも侵す可能性を持つという。一部地域に伝わる、神話とは呼べない都市伝説のようなもの、その程度であればもう既に対攻神話プレデター・ロアは呑み込んでいるという事なのか。


「どうして僕を連れて来させたんだ? 捕まっておいて言える事じゃないけど、アイリスはともかく、聖剣を持つ僕よりも会長――もう一人の女の子の方が捕まえるのは簡単だったはずだ」

「あらあら、うふふ」


 ユーリは笑い、今度は両手を詠歌の両頬に添えた。逃れようと首を振るよりも速く、両手が頭に回され、何の躊躇もなく床板に叩きつけられた。

 身動ぎ出来なかった体は今度は何の抵抗もなく、その勢いのまま床板に顔面から激突する。


「うぐっ!?」

「嫌ですね、久守さん。何を仰っているんですか? あなたであれもう一人であれ、別に同じ事です。どちらでも良かったし、どちらも簡単でした」

「っ、うっ……」


 鼻と唇に頬、ささくれた床板に擦れ、一瞬にして詠歌の顔に無数の傷が刻まれる。


「本当に嫌になりますね。吸血戦姫ヴァンパイア・ヴァルキュリア勇士エインヘリアル、『ウルタールの猫』を破った聖剣使い――あなた、まさかそれだけで自分が特別になったとでも勘違いしているんですか?」

「別に、そんなつもりはないけどね……」

「うるさい」

「ぐっ!」


 上げた顔は再び床に叩きつけ、今度は両腕を放す事無く、ユーリは顔を上げる事を許さない。どころかぐりぐりと雑巾で汚れを拭きとるように詠歌の顔を擦りつけた。


「うるさいうるさいうるさいうるさい」


 抑揚のない声に、表情だけは変わらず少女らしい笑みを浮かべるその姿は酷く狂気的だ。


「あなた、もう大人でしょう? それなのにそんな降って湧いたような力に溺れて、自分が特別だなんて思い違って、頭がおかしいんですか?」


 詠歌の口内は血の味に染まり、埃と土臭さを感じていた鼻は鉄の臭いが詰まって他は感じ取れない。ただ耳だけがユーリの声を伝える。


「うっ……そう、だね。ごめん……」


 何十と顔が床を往復した後、ようやく上げる事を許される。血と土埃が入り、随分と狭くなった視界でユーリを見上げると詠歌はそう謝罪した。


「余計な質問だったね……もう訊かない。僕が言うべきなのはそんな言葉じゃなかったよ」

「まあ、分かってくれたんですねっ」


 ぽん、と可愛らしく手を叩き、嬉しそうに笑うユーリに詠歌も笑みを浮かべて口を開く。


「もう一回訊くよ……アイネはどうした?」

「……」


 ユーリの表情が笑顔のまま固まり、さらに力を込めて詠歌の顔を床に叩きつけた。


「うふふ、うふふ、うふふ! 馬鹿ですね、馬鹿なんですね、あなた、お馬鹿さんなんですね! ああ、気持ち悪い! 未だに自分が特別で、そんな態度が取れるなんて! 気持ち悪い気持ち悪いっ、気持ち悪い!」


 先程よりも長く、今度は床を擦るだけでなく何度も繰り返し頭を持ち上げられ、叩きつけられる。


「…………別に、自分が特別だなんて勘違い、してるつもりはないよ。大人であろうとはしてるけど……駄目だね」


 それが止むと、意思に反し震える唇を無視し、詠歌は言葉を紡ぐ。


「こんな事されるとさ、いくら子供のする事だからって笑って許す、なんて出来そうにないや」


 子供の力といえど、何度も繰り返される暴力に詠歌の顔は血に染まっていた。


(……僕にはアイリスのようなプライドなんてない。なのに大人しく出来ないのは、やっぱり僕は子供のままなんだろう)


 黙する事を良しと出来ず、ユーリを睨む瞳は閉じる事が出来ない。そして何より、ざわざわと波立つ心を、苛立ちを、静める事が詠歌には出来そうになかった。


「ふっ、ふふふ……傲慢ですね、あなたは」


 そんな詠歌の態度がユーリの苛立ちをさらに増幅させる。アイネにも感じた苛立ちがさらに増大し、それを解消すべく動き出す。


「わたしの仕事を教えましょう。『猫』を探しているという事は、薄々察してはいるのでしょうが」

「教団の異端審問官……そんな所じゃないのか」


 こんな子供が、とは今更思わない。対攻神話プレデター・ロアなんてものに関わる組織に常識など通用しない。


「ええ、その通りです。ですがどういう風に仕事をしているのかまでは想像が及ばないでしょう?」


 その体に教えてあげます、そう言ってユーリは膝を曲げて屈むと詠歌の額に手を触れた。少女の柔らかな手の感触とそこから流れ込む異様な何かを感じる。

 直感的に危険を感じるが今の詠歌は身をよじる事も叶わない。


「あっ、ぐぅ……!」


 痛みというよりは気色悪さが勝る。まるで蛆虫か何かを直接頭の中に流し込まれシェイクされているような感覚。鳥肌が立ち、言葉にならない声が漏れた。


「拷問技巧――焔淨炮烙えんじょうほうらく


 それはアイネにも行ったユーリの扱う魔術の一つ。拷問し審問する。対象者が答えるまで問い重ねる、精神を犯す魔術。その効果は覿面だった。


「っああああああああああああああああああ!!?」


 絶叫を抑える事は出来なかった。今まで感じた事のない激痛。熱した油に体を浸しているような、地獄の巨釜に入れられたような、熱の暴力。

 しかし詠歌の体に目に見える変化はない。苦しみ喘ぎ、汗を噴き出していてもその体は炎に包まれてなどいない。

 幻覚だ、と魔術の事など知らない詠歌にも理解出来る。けれどアイネが逃れられなかったこの幻覚から、特別ではない詠歌が逃れる事は出来ない。


(でも……! 痛みになら耐えられる……)


 経験した事のない責め苦に声を抑える事は出来なくとも、心まで折れる事はない。そう考える者は今までも居た。

 パキリ、と音が届く。痛みが届いたのはその一瞬後だった。


「あぐっ……!」


 いつの間にか鎧に包まれていた手が手首まで解放されている。その内の一本、左手の人差し指を鉛筆か割りばしを折るような呆気なさでユーリは折り曲げていた。可動範囲を超え、手の甲に着きそうな程に折れ曲がった人差し指をぷらぷらと揺らしながら、ユーリが笑う。


「魔術によって拷問し、技術によって審問する。どちらも拷問に見えます? いいえ、これは異端審問。神に背いておらぬならあなたが傷つく事はないのです。けれど、ああ……あなたは苦しいのですね」


 単なる火炙りならそれは処刑、そこで終わりの責め苦でしかない。それを上塗りする苦痛を与える事は出来ない。

 それでは限界がある。決して耐える事の出来ない責め苦でなければ真実を問いただす事は出来ない。


「どうか罪の告白を。何故、吸血戦姫ヴァンパイア・ヴァルキュリアに与したのです?」


 骨折の痛みと未だ身を焼く炎の熱でユーリの言葉を詠歌は呑み込めない。何かを言っているな、としか思えなかった。

 それを見て嘆息し、パチンと指を鳴らす。


「っ、はぁっ、はぁ……!」


 熱気が弱まり、詠歌の悲鳴が止む。折れた指は痛むが耐えられない痛みではない。


「……」

「答えてくださらないのですね」


 答えない理由は詠歌にはない。吹聴する理由もないが、隠す理由もないのだ。しかもユーリは彩華のように巻き込みたくない一般人というわけでもない。

 だが――脳裏に過ぎる月下の記憶。アイネも知らない、詠歌だけが見た彼女の姿。それを口にする事は何故だか憚られた。


「君には話したくない……かな」


 ボキリ、と今度は右手の中指が音を立てて折れ曲がった。


「ぎっ……!」


 歯を食いしばり、悲鳴を抑える。これぐらいの仕打ちはあるだろうと覚悟しての返答だった。

 どうしてそんな覚悟を決めたのかは自分でも分からない。こんな有様では、こんな決断ではアイリスが不機嫌になるのも仕方がないのだろう。


「……あーあ」


 玩具に飽きた子供のように、ユーリは指先から手を放す。限界を迎え、詠歌はまたも地面に顔を横たえた。


「『猫』に使おうと思っていたのだけれど、『猫』は一足先に神様の御前。でもあなたは特別なんだもの、神様に捧げる前に下準備が必要ね」


 頭上でカチャカチャと何かを用意している音が聞こえるが、見上げる体力が今はない。ろくでもない準備である事は予想出来たが、詠歌はそれを待つ事しか出来なかった。


「さあ、お顔を上げて」


 優しい声だが、それに騙されてやれるはずもない。ユーリの声に反応し、鎧に包まれた手足が詠歌の意思とは関係なく、上体を起こした。

 屈んだユーリの手には試験管が握られ、封をされたその中には何かどろどろとした液体が中程まで注がれている。


「――ねえお兄さん、お医者さんごっこしましょう。お医者さんはお薬の事を患者さんに説明しなきゃいけないのよね?」


 見せびらかすように動く試験管の中で蠢くように液体が踊る。


「これは教団に残っている『ナコト写本』のほんの僅かな一欠片。劣化したとある一篇を読み解いて作られたもの」

「『ナコト写本』……?」


 記憶を辿る。クトゥルー神話の内容は難解で一度や二度、解説本を読んだ程度の詠歌には正確な内容は思い起こせないが、それは確かいくつかの物語で登場する魔本のようなものだったはずだ。だが、ますます分からなくなる。

  『ウルタールの猫』という創作から生まれた怪物の存在を詠歌は知っている。だが『ナコト写本』とはその名の通り本だ。


(作中作まで現実になるとか、これ以上ややこしくしないでほしいな……)


 病に弱る子供が揺れる木々に魔王を生んだように、物語に酔った人々が怪物を生む。現実として『ウルタールの猫』を見た以上、それはもうそういうものだと受け入れたが、一体どうやって全てが明かされた訳でもない本の内容までが現実に存在するのか。

 アイリスもシグルズも、対攻神話プレデター・ロアの全容までは知らなかった。ただ一人の人間が神と世界に掛けた大詐術であると語っただけだ。それだけでは詠歌には考察のしようもない。

 果たして自分はこれから何をされるというのか。


「このお薬の効果が分かる?」

「……さあ。擦り傷に効くといいんだけど」


 その軽口にまた癇癪を起こしたように暴れるとも思ったが、そうはならなかった。ユーリは詠歌の眼前で試験管の封を開け、それを徐々に傾けていく。


「このお薬は人の魂を剥がれやすくするの。劣化がなければ人の魂を思うままに弄る薬が出来たそうだけど」


 それだけではどんな効能があるのかは理解出来ないが、ろくな結果にはならないだろう。口を噤み、顔を背けようと首に力を入れるが、いつの間にか鎧の内部から溢れ出た紫煙が詠歌の首元を覆い、拘束していた。


「魂が剥がれた人は眠り続けるだけ、剥がれた魂に触れる事は普通は出来ない……だけど、わたしは違う。だってわたしは特別だから。神様が選んで下さったのだから」

「っ……」


 噤んだ口に紫煙が入り込み、詠歌の意思に反して口が開かれていく。


「まずは気持ち悪いあなたの魂を治してあげる。じっくり、隅々まで」

「……!」


 何かを叫ぼうとしても、もう詠歌の口は動かない。ただ口を開け、流れ落ち始めた薬を眺める事しか出来ない。


吸血戦姫ヴァンパイア・ヴァルキュリアとの出会いも、『ウルタールの猫』との出会いも、それ以前の全部も見て、変えて、壊す。あなたがよく泣けるように、あなたがよく叫べるように。あなたがちゃんと怖がれるように」


 ゆっくりと薬は詠歌の口に侵入し、嚥下されていく。味らしい味は感じない、ただまるでゴムの塊が動く様に舌を滑っていく。

 薬の全てが喉を通った後で、詠歌の首から上の自由が戻った。すぐに吐き出そうと呻くが、その液体は異様に重く、上がって来ようとはしなかった。


「げほっ、ごほっ! ごほっ! おえ……っ!」


 どれだけ咳き込んでも胃液が床を濡らすだけ――そう思っていた。


「げほっ! げほっ……ぅ、え……」


 詠歌の視界がぐるぐると回り始める。眩暈によって視界が明滅し、気が付けば口から止めどなく涎が溢れている。


「う、あ……?」


 べじゃりと水音を立て、詠歌は自らが作った水たまりに濡れていた。何が起こっているのか理解出来ず、自分が何を見ているのかも分からない。

 視界は壊れたテレビのようにノイズが走り、チャンネルが変わるように視点が変わる。濡れた床、倒れた自分、笑うユーリ、一体自分が何処に居て、何を見ているのか。そもそも自分は本当に久守詠歌なのかすら分からなくなる。


「その後であなたは『猫』と一緒にその恐怖を捧げるの――『アイオド』様に」


 意識が混濁し、遠退いて行く。最近はこういうのがしょっちゅうだな、と詠歌は場違いにもそんな感想を抱いた。




 ◇◆◇◆




 この時を待っていたのだ、と暗闇の中で笑みを浮かべた。

 幾月にも渡る長い時の中で、この瞬間をこそ待ち侘びたのだ。

 隷属の日々が終わる、諸手を上げて歓喜を示したいが、まだその時ではない。

 取り戻さなければならない、奪われたもの全てを。

 己を縛り付けた者たちに示さなくてはならない。己が何であるのかを。




 ◇◆◇◆




 薬品を嚥下し、意志に反して流れ出る涙と唾液の海に沈んだ詠歌の瞳から光が消えるのを確認して、ユーリは溜め息を吐く様に大きく息を吐きだした。


「『猫』もあなたも、どうしてわたしを怒らせるの……!」


 気に入らなかった。ユーリの境遇を嘆くアイネの言葉も、ユーリを無視した詠歌の言葉も。

 自分の手にかかればこうも呆気なく終わってしまう存在のくせに、どうしてこんなにも苛立たせるのか。

 何故、神に逆らうなんて身の程知らずな行為が出来るのか。


「……聞こえているでしょう、久守詠歌さん?」


 詠歌の反応はない。あの薬品はそういうものだ。けれどユーリの声は肉体から剥離した魂へと届いている。


「『猫』には肉体の恐怖を、あなたには魂の恐怖を『アイオド』様に捧げてもらいます」


 それがユーリの使命であり、運命。神の命に従い、供物を捧げる。教団の自浄機関である審問会が信仰する神、『アイオド』へ。

 何人もの背信者をそうしてきた。アイネの言った魔女狩りのように。


「知りたがっていましたね、『猫』が何処に居るのか。教えてあげましょう。そもそも恐怖には種類がある、それが肉体と魂」


 物言わぬ詠歌へと語るそれは親切心などではない。さらなる恐怖へと誘う為の下準備だ。


「魂の恐怖というのはあなたにも分かるでしょう? 怖い、恐ろしいという感情。精神的苦痛によって生み出されるもの。勿論、肉体的苦痛によっても生じはします、けれどそこには限界がある。だからあなたの魂を剥がしたんです」


 もしも黒騎士が捕らえたのが吸血戦姫ヴァンパイア・ヴァルキュリアであったなら、言ったようにアイネが詠歌の代わりにそうなっていただろう。

 しかし失ったとはいえ『ウルタールの猫』を宿していたアイネと聖剣使いであってもただの人間でしかない詠歌では肉体の強度が違う。より恐怖を生み出す為にはすぐに壊れてしまっては駄目だ。


「では肉体の恐怖とは何か、簡単な話です。焼き鏝を押し付けられた囚人が逃れようともがくように、首を括られた罪人が涙を流して足掻くように、時に肉体は精神よりも先にその恐怖に屈するでしょう」


 ユーリの語る肉体の恐怖とは、科学の世界、常識の世界では条件反応などと呼ばれる類のものだ。

 先天的であれ後天的であれ、生物が獲得する反射行動。

 熱した鉄に触れ、熱いと感じるよりも速く手を放すように、振り上げた拳に、顔を覆うように。

 それは肉体の感じる恐怖の証だと。


「かつて傲慢なる人間が獣を使って肉体の感情を解き明かそうとしたのと同じです。『アイオド』様は『猫』を使い、肉体の恐怖を貪り喰らう」


 そこまで語り終え、ユーリはパン! と手を叩いた。そして次なる段階へと進む。


「さて、お分かりいただけましたか? 『猫』はその肉体が『アイオド』様の御前へと上がった。ではあなたはどうなるのか、そう、その魂だけを捧げるのです。脆弱な肉体から吸い出せる恐怖など微々たるもの、しかし精神ならばやりようによっていくらでも吸い出せる」


 ユーリの背後で闇が蠢き、それは触手となって詠歌へと伸びる。かつて見た『ウルタールの猫』よりも醜悪に、粘液を滴らせながら。


「さあ、あなたの全てを捧げなさい」

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