普通

たかたか

第1話 普通になりたい

 普通になりたい。そんなことを思うようになったのは、いつからだったろうか。そもそも、自分がなりたい普通、世間一般の普通の人とはどんな人だろうか。なぜこの世界は普通が求めるのだろうか。

 朝だ。また今日も僕は自分に与えられた佐々木啓一という人間をこなしていかなければならない。

 今日の講義は、午後からだ。そんな時は、いつも大学の図書館にこもって、パソコンに電子化文献を読み上げさせたり、自分で音読したりしている。そうしているのが、一番落ち着く。最近の大学生、特にイケイケというべきか、そういう大学生は、滅多に図書館に来なくなった。しかも、高校までの図書室と違って声を出すことが許されているエリアが用意されていて、口や耳を使って勉強することが得意な僕にとっては便利である。

 何かが変わると大学に入るとき思っていた。そんなことは、中学に入るときも、高校に入るときも、思っていた。いや、もしかしたら、これは親が言ったことかもしれない・・・と思ったが、すぐに取り消した。きっと、僕のよくする記憶違いなのだろうから。親とは、言った、言わないで言い合いになり、力で押さえつけられる。

 何も変わらない。それでいい。もう。結局は一人だ。一人で生きていく運命なのだ。

 大学では、同じ学部で飲み会が二か月に一度ほどのペースで開かれている。参加しないのも目立つと思って、参加はする。最初のうちは、文学部になぜ来たのかという話になった。僕は、文学部に来たのは、人の気持ちとか自分の心の動きがわからなくて、文学部に行けば、心理学を深く学べるだろうと思ったからだ。心理学は深くておもしろいと感じた。それに心理学を学べば人の心の弱さに寄り添えるかなと思って、それに文学部なら心理学と深く関わりがある哲学・思想史もじっくり勉強できると思って、というような話をした。苦笑いされた。なんで苦笑いされたかわからない。

 それに、その後の飲み会では、三時間ほど誰かしらが恋の話を喋っているのを永遠に聞かされて終わりである。喋っている方は、のろけたり、愚痴ったりと好き勝手にできるからいいのだろう。その立場が僕に回ってくることは、少なくとも大学にいるうちはないだろうが。というより、恋の話をしたところで、何が生まれるのだろうか?恋の話を相手のいない所で話したり、愚痴ったりしたらうまくいくのだろうか?いや、それはない。母が、陰口を叩いているつもりでも、相手には届いているとか言う話をしていた。それに、僕が考えるにうぬぼれ話を聞いたところで聞かされている自分たちが幸せになるということもない。こんなことを思うというのは、恋というものに自分が過度の執着があるということになるのだと、どこかの心理学の本に書いてあったのが一瞬頭によぎったが、恋をしたことのない僕に執着もくそもないだろうと、すぐにその本は間違いだと決めつけた。

 確かに、自分にも責任がある。自分から行動するのは教授との学問についての話だけだ。遊びに誘い出すことなどしない。遊ぶとは何かもよくわからない。ゲームか?スポーツか?そんな疲れるようなことに毎週、人によっては毎日興じていてよく大学に来れるもんだ。

 これまでは、キャンパスの中で、イチャイチャしているカップルを見ると、ふざけるなこんな公衆の面前でと憤りを覚えていた。しかし最近では、それと同時に羨ましく感じる。自分も彼女とかじゃなくていいから、せめてキャンパスで気軽に話せる人がいたらいいのに。なんでこんなに一所懸命努力して、大学に入ったのに、何も変わってくれないのか。大学でもきちんと勉強しているのだから、ちょっとぐらい甘い蜜を舐めたっていいじゃないか。

 講義に出ても、知り合い――といっても本当の意味で「顔」見知りなだけなのだが――から挨拶されるぐらいで、(もちろん僕も挨拶はするが)、それ以外話すことはない。

 そんなわけで、高校のころと全く変わらず、いや、高校時代は親友が三人いたから、そっちの方がまともか。大学では一人で黙々と勉学をするだけである。そもそも、大学は学問をするところであるのだから、僕は大学生として正しい生活を送っていると言えるだろう。これが普通である。これが。遊ぶ方がおかしいのだ。そういうのを金の無駄遣いと言うのだ。時間の無駄遣いと言うのだ。

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