9/9 下山
「……
いつまでも平伏している夫婦が見えなくなるまで歩いて、少年は狼に向き直り頭を下げた。
ぼんやりと回想に
「いや、俺は何もしていないだろう」
「いいえ。人がいると怯えたり逃げ出したりして面倒なのです。動かないよう老狼が守ってくださったので、とても助かりました」
「……そうか。ならいいが」
丁寧な謝辞に居心地の悪さを感じて首の後ろに手をやると、下がった視界に少年の真白い姿が映る。
微動だにしない鳶色の瞳がじっとこちらを見ていたのに気付いて、狼は少しばかり考え込んだ。あたりを気にするようにくるくると耳を回して、首を傾げながら問いかける。
「あー、ところで、
それは少年が駆け出した時から感じていた疑問だ。
実に三里近い距離を、彼は一直線に駆け抜けた。上り下りに岩
それでも、崖の下を覗き込むまで、
「一度封じた
狼の仕草を真似るように首を傾げ、少年は思いついたように問い返す。
「……もしかして、老狼には分かりませんか」
「俺もさっき気付いたんだが、そのようだ。あそこまで行って、風がこっちを向いて初めて判った」
正直に言うと、少年は驚いたようにほんの少し眉を上げた。
「老狼。もしかして貴方、相当力の強い妖ですか」
「さぁ? 力の強弱なんて考えたことはないが」
「……そうですか。お願いですから、僕の敵にはならないでくださいね」
丁寧に頭を下げて、少年は再び歩き出す。
その細い背を追いながら、狼は再びぼんやりと考えを巡らせた。
目の前の少年と自分では、あまりにも知覚に差があるらしい。
象に鼠の世界は見えないと嘆いた友人がいたが、あれに近いのだろうか。
天地が分かれ固まり始めた頃から共にいた相手だから、嗅ぎ分けられないはずがないと思っていたのだ。
しかし、あれだけ目の前にいた妖の存在すら、認識できなかった。
その事実を突きつけられると、本当は何度も彼女の側を通り過ぎたのではないかと思えてくる。
姿が変わればものの見え方が変わることは、ぼんやりとは認識していた。だから、時には狼の姿で、時には今の、あるいはもう一つの姿で、ひたすらに
しかし、どれだけ
──だとすれば。
少年についていけば、違う何かが見えるのかもしれない。
そう結論づけて、狼は再び少年に声を掛けた。
「……なぁ
「はい、何でしょう?」
「次からは急ぐときは俺に言え。お前さんが先導するよりは早く連れて行ってやるから」
突然の狼の提案に、少年は思案するように首を傾げる。
「……考えておきます」
答えが返ってきたのは、かなり時間が経ってからのことだった。
──────【#0 災星散りし嵐のあとで・了】
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◆次回予告◇
里に下りた少年は改めて、と狼に同道の意志を尋ねた。
二つ返事で了承した狼に、少年は当面の目的を説明する。
このあたり一帯の気候を変えてしまった妖を探しに行くのだと。
妖を探して山奥へと分け入った少年と狼の前に立ちはだかったのは、怒りに髪を逆立てた少女とどこか気の弱そうな少年の二人組。
さて、吹っかけられた勝負の行方は?
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