エピローグ

 白いテーブルクロスの敷かれた、丸いテーブルを13名で囲む。 テーブルの下では咲也子の小さな足が嬉しげに揺れていた。


 猫のドアベルのかかった扉の両横にある磨きぬかれた窓からは新緑に萌える木々が見える。そんな窓辺には、銀の縁で作られた花びらグラデーションで柔い輪郭の葉に包まれている。そこにひっそりと慎ましくとまる蝶の羽には幾何学模様。ひと抱えもあるガラス細工や、多肉植物やサボテンを白いティーカップを模した植木鉢に寄せ植えし、取っ手には可愛らしく赤いリボンが巻かれたものなどが置かれていた。


 穏やかな春の日差しは、木製のカウンターの中に置かれた調味料や茶葉の入ったたくさんの小瓶をきらめかせて、店内に反射していた。ガラス瓶に混じって丸く眠る猫の置物やくちばしを小さく開けてつぶらな瞳で見てくる小鳥など可愛らしい物が所々に置かれていた。開けていた窓からはすうっと柔らかい風が吹き込んで、新緑の香りとともに白いテーブルクロスを揺らす。


 雪のように白く、紅石のように赤い苺が乗ったショートケーキ、ふんわりとブランデーが香るモンブラン、ずっしりとした見た目が濃厚さを語るチョコレートケーキ。多種のフルーツで彩られたフルーツタルトはきらきらと午後の木漏れ日に輝いていた。さっくりと焼き上げたスコーンはあらかじめプレーンと抹茶、チョコチップの3種類が用意されている。ソースにはチョコレートクリーム、ヤマモモジャム、ピーナッツバターを準備。鮮やかにティースタンドを飾るスイーツと、その横に置かれたのはクラッシュタイプのオレンジゼリーとティラミスの入ったバット。咲也子の前に並べられているそれらは才能へびたち……主にクロエが作ってくれたものだった。


 それぞれの前には日差しにきらめく紅茶が置かれる。甘く華やかな香りであるにも関わらず、酸味の強いロールテュップティーは甘やかなスイーツにちょうどいいと咲也子が準備したものだ。

 ティオヴァルトとツキヒ、シャーロットをいれて13人分の紅色の強い水面にはそれぞれの顔がうつる。


「みんな、ティオとシャロよー」

「やあ、こんにちは人の子。我が主が随分世話になったみたいだねえ、感謝するよ」


 どことなく横柄な物言いに教会で出会った青目持ちが浮かぶ。ティオヴァルトはわずかに目を細めた。白い髪の成人した少女はにやにやとティオヴァルトを見ている。困惑気にシャーロットは神殿にいる青目持ちによく似た雰囲気の少女を見る。


(もしかして、こいつがきーきゅん?)


 もしかしなくてもきーきゅんことキイナだった。


「我が主が世話になった。ありがとう」

「ありがとねー」

「ありがとう」


 クロエは咲也子の取り皿にチョコレートケーキを取りながら礼を言った。わざわざ粉砂糖で飾るあたり、咲也子に対する愛情加減がうかがえた。

 簡易な礼とともにティオヴァルトにティラミスとオレンジゼリーを取り分けたのはリヨとニナである。


「我が主、保護してくれてありがとね」

「礼を言う時くらいフォークを置いたらどうなんだ、次兄」


 取り皿いっぱい、口いっぱいにスイーツを詰めながらに言うマシロの礼に、ティオヴァルトとシャーロットの顔が引きつった。どこかの町の大食い大会で店主が泣いて謝るほどに食べていたどこかの青目持ちが目に浮かぶ。

 ヒイナは今日も次兄に物申すことがありすぎて頭を抱えていた。


(こいつがシロとやらで、あっちの小難しいのがみーたんか)


「『世界の気まぐれ』にも困ったものだよね」

「そもそも世界神である主に対して世界が気まぐれに干渉をすることなどあってはならないことだとは思うんだがな」

「てっめ、ちょっとは落ち着きを持てって言ってんだろ!」

「我が主ー! 長兄がユカリをいじめるぅ!」


『世界の気まぐれ』について話すミサキとマイの会話が耳に入る。はしゃぎすぎて椅子を倒したユカリはクロエに怒られて、咲也子のもとに走って避難していくのが見えた。


「いい子、ねー」

「ほうら! 長兄よりユカリの方が好きだって我が主も言ってるよ!」

「言ってねえだろ! ふざけんな」

「2人とも好、きー」


 才能へび2人がなおも言い合っているのを横目に、ふとヒイナからショートケーキを取り上げているキイナの方を咲也子は見た。そのままじっと見つめていると、視線に気づいたキイナが茶化してくる。


「どうしたんだい、我が主。そんなに見つめられてたら穴が開いてしまいそうだよ?」

「ごめん、ね。そういえばきーきゅんの、加護持ちにあったな、って」

「おや。どうだった? なかなかいい性格してただろう? まさかと思うけど、我が主に対して無礼なんて働いていないだろうね?」


 にこにこと告げられた言葉に咲也子はあいまいに首を傾げて見せる。咲也子の黒髪もさらりと一緒に流れる。本当にいい性格してたよ、とティオヴァルトは言いたくてたまらなかった。

 ふざけていたユカリとクロエも動きを止めて咲也子の挙動に注目する。いつのまにかすべての才能へびたちが咲也子の方を向き静かに見守っていた。

 小鳥のさえずりと、少し開いた窓から入ってきたやわらかい風がカーテンを揺らす。そんな小さい音が静まりかえった店内にはよく聞こえた。


「おもしろい子、ね」

「へえ、そうかい。何があったのか教えてほしいね」


 明確な言葉はないものの、あいまいな咲也子の態度から何かを感じたらしく、ティオヴァルトとツキヒ、シャーロットのほうにキイナは振り向いた。


「知らない」

「……」

「私も、主の奴隷となったばかりでして……」


 当然知らないツキヒとシャーロットは首を傾げて、ティオヴァルトは疲れたようにため息をつくと神殿で出会った青目持ちの話を説明した。話の間中キイナはずっとにこにこしていたが、だんだんとその青い目だけが冷たくなっていく。聞きながら、手持ち無沙汰にカーディガンの袖をいじる。


「苛立ってんな」

「袖いじくってるもんね」


 こそこそとクロエとユカリが、キイナを見て話していた。そのときもキイナの手は止まらず、不思議そうな顔の咲也子と心配そうな顔でキイナを見るヒイナ以外は触らぬ神にたたりなしと言わんばかりに遠巻きに見ているだけだった。

 できるなら、説明しているティオヴァルトもそちらに回りたかった。

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