周りのみんなもミリーさんもどうして言ってくれなかったのかと思うが、常識的に考えれば試験に受かっているから冒険者になりたがっていると思うわけで。すさまじい思考力でここまで考えるのにわずか3秒。


 どっちにしろすぐには冒険者になれなさそうだった。

 ただ、ティオヴァルトによると試験は1時間程度の筆記らしいので、明日の朝一番に受けさせてもらってから、登録にうつろうと決意する。


 内容的には止まり木の談話室にある内容の本を読んでいれば問題ない程度だということなので、さっそく借りにいってきた。ティオヴァルトが吟味して示したのは10冊程度だった。

 受付のお兄さんに1晩借りることと明日に試験を受けたいことを伝えて部屋に戻ってきた。後ろでお兄さんが何か叫んでいた気がするが、咲也子の耳がまったく受け付けなかった。


(今夜中にこの本たちは‘暴食‘されるのだ!)


 気合を込めた目で見ていると、ひどく疲れたような顔をしたティオヴァルトと目が合った。今日はいろいろあったし仕方ないと思う。でも最後これだけは聞きたいと思っていたことを‘暴食‘予定の本を開きながら。

 風呂に向かうために背を向けていたティオヴァルトに問いかける。



「君に呪印を刻んだのはだ、れ?」



 一瞬でティオヴァルトのまとう空気が張り詰める。きりきりと音を立てそうなほどに引き絞られたそれには、先ほどまでのゆるみは一切消えてしまっていた。背を向けたままのティオヴァルトであるが、その表情は決して穏やかではないだろうことはわかる。

 そんなことは一切関係なく、咲也子は疑問首をかしげて見せた。


「君の呪印は、確かに魔物のものだったけ、ど。『全戦闘スキルの消失』ね。でも、数分で解けるはずのそれを『宿主の魔力で継続させる』ように上書きしてあったか、ら。不思議、で。『魔法をかけたことを忘れる』のが解けたなら、相手わかるでしょ、う?」


『全戦闘スキルの消失』以外は、明らかなほどに人が使う魔法だったから気になって。

 と続く言葉にティオヴァルトは呆然とする。背後から聞こえるページをめくる音と、あの冷めてしまったであろうミルクティーを飲み干す音に。ティオヴァルトはただ立ち尽くした。呆然と。唖然と。愕然と。


(そうだ、あの時。叡智の龍に、呪いをかけられたときに―――)


 まだ鮮やかな紅葉が靴にまとわりついてくるようなあの日に、ティオヴァルトは魔法も使え、前衛も出来るという赤い髪をした冒険者に一緒に探索してくれないかと頼まれて。強敵がいるという言葉につられて一緒に叡智の龍と呼ばれる存在がいる迷宮へと潜った。

 戦況はティオヴァルトたちが圧倒していて。叡智の龍の最期のあがきともいうべき呪いをかけられたときに。崩れた体制を持ち直しつつも、武器が持てなくなったことにすぐに気づいて前線を退いた。前線を交代しようと提案するために、後ろを振り向いたティオヴァルトにかけられたのは―――。

 

 ぎちりと握ったこぶしから音がして、爪が皮膚を割いたのが分かった。血が1滴垂れそうになり、あわてて着ていた服で拭う。行儀は悪いが装備品であるそれらは水で洗うだけで容易く血などは洗い流せてしまう仕様だ、何の問題もないと自分の中で結論付ける。


「ティオ?」


 ティオヴァルトを略称で呼ぶ主人にだけはなぜか知られたくなくて。本を読んでいる咲也子に風呂に行ってくると言って部屋を出た。

 行ってらっしゃい、とかけられる幼い声が、ティオヴァルトの中の煮え滾ったような怒りを少しだけ柔らかく溶かしてくれた気がした。

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