「だから、君の呪いを、解こうと思っ、て」

「神殿ですら解けねえって言ってんだろ」

「問題ない、な」


 神殿の総本山ともいうべき主神殿にすら理解不可能だと言われ投げ出されたそれを、問題ないという。ローテーブルから身を乗り出して裾越しに小さい手がティオヴァルトの両頬に触れる。

 ただ本当に触れる、というだけで固定などされていないはずなのに、そこから動かそうなんて気は微塵も起きなかった。



「だから、さぁ。もう……開いて」



 幼い少女の声が低くなり、空気がざわめく。さっきまで問題なくついていた部屋の電気がちかちかと点滅して消えた。


 '憂鬱'の全開放に青く染まったその瞳だけが、暗闇の中で強く光っている。


 そんな中でさえ、その闇と同化することなく咲也子の黒いワンピース、黒い髪、それだけは異彩を放つように周囲に溶け込むことはなかった。

 闇に抱かれるように、ティオヴァルトと咲也子以外のものは何1つとして感知できない世界に迷い込んでしまった気がして。その中でもぱきん、ぱきんと何かを踏み抜くような音が3回。案外近いところから聞こえているような気がした。

 青い瞳に見つめられ、さらされてどのくらい立ったのだろうか。

 

 ふと下ろされたまぶたに、ティオヴァルトは終了を知った。

 長い夢でも見ていたかのようにぼんやりとしていたティオヴァルトが周りを見渡すと、電気は危なげなく灯っていたし、咲也子のテスター入りのカードは変わらずにそこにあった。

 咲也子が入れてくれたミルクティーは飲みごろになっていて、その中にうつる自分の顔は、何の変哲もない半年前と同じように緑の瞳が2つ。

 目の中にはめ込まれた呪印は確かに消えていた。


「痛いところな、い?」


 ぼんやりと、呆然とティーカップをのぞき込むティオヴァルトに咲也子は声をかけたのだった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る