「遊戯迷宮はお遊び用の迷宮という印象が強いと思われます。なぜなら、戦略迷宮では一般人は護衛をつけても中に入るのはためらわれるのに対し、遊戯迷宮は一般人でも5階層まで解放されているからです。」

「中には鍬やスコップでボスを倒した者もいるって聞いたんだけど、本当か?」


 遊戯迷宮の説明をしている眼鏡のガイドに黒髪の少年から質問がとんだ。

 その子の背には素振り用のバットが背負われていた。バッドでボスを倒してみせると意気込む少年に、ガイドは頬をかいて苦笑して見せた。さすがに無理だろう。

 それは、引退した元冒険者が行ったことであり、それくらい安全な迷宮だということを民衆に知らせようと冒険者ギルドが流布した噂なのだから。とは【アイテムボックス】の中に入れてある【白紙の魔導書】の言だ。変な知識ばかりある。


「どの程度のお遊び具合かは知れてるでしょうが、だからと言って魔物が全く出ないわけでもありません。わかっているとは思いますが、野生の魔物はとても危険です。こちらで用意した護衛用のテスターを連れてでの散策なら5階層までは大丈夫だと許可が出ています。」


 えーと野次をあげた少年に左に座っていた父親が拳骨をおとす。頭を抱えてうずくまる少年に、母は苦笑いをしながら、いつものことなんですよ、ごめんなさいね。とお辞儀をして謝っていた。

 ガイドもおどけたように一礼返すと説明を続ける。


「5階層には神秘的な水晶の祠があり、中には涙のしずくと呼ばれる紅色に光り、その光の帯は7色に輝く水晶が飾られています。今回はそちらを見学していきたいと思います。あ、左手をご覧ください、迷宮の横に赤い湖があるでしょう? あれは迷宮内から出てくる水によってできているものらしく、なぜ赤いのかはいまだに解明されていないんですよ」


 ひんを膝の上にかかえながらぼんやりと流れゆく景色に目をやる。馬車の速度と比例して素早く流れていく風景の中に、ひんを拾った赤い水の湖が見えた。なんとはなしにそれを見ながら、ぽかぽかとした陽気に眠気を誘われる。

 馬車の中は観光客がほとんどで、冒険者と見受けられるのは装備品と思われる胸当てをした赤髪やベルトに剣を通した金髪の2人しかいなかった。

 ちょうど観光客に対しガイドが説明している場面に立ち会えたため、一緒に聞いていたが、【白紙の魔導書】から事前に得ていた情報とは違いがないことだけを確認して、馬車の1番後ろ。周りに人のいないその席で、咲也子は心地よい振動と陽気に眠気の波にのまれた。


 がたんと馬車が止まった衝撃で目を開ける。一瞬感じた殺気に目を細める。あたりを見回してみると、赤髪と金髪の冒険者らしき装備を身にまとった2人が話し込んでいたり、観光客が楽しげに迷宮について語り合っているのが見えただけだった。


 御者が手を取って下ろしてくれるのに身を任せ、緑の広がる大地を踏んだ。すうっと息を吸い込むと、新緑の香りが胸いっぱいに満たされたような気がして、さっきまでの殺気を流されていくような感覚が気持ち良かった。


 そこに立っているだけで、何らかの強い力を感じさせる門が立っている迷宮の入り口には、ギルド職員の腕章をした女性が立っていた。ガイドは職員に迷宮を案内すること説明し、声をかけた。


「これから結晶塔の迷宮観光を始める前に、護衛用のテスターを配布しますね。また、迷宮はパーティを組まなくてもきちんと同じ場所に振り分けてはくれますが、何があるのかわからないため、この転移用の魔石を必ずもっていってくださいね」


 説明をしている間に冒険者は2人とも迷宮の扉に触れ中に入ってしまった。転移用の魔石とは、最初に対となる大きな転移石の場所に移動できるという道具である。ちなみに、これは迷宮品であるため、石にはメダルがついている。

 全員が石とカードをガイドが差し出す籠からとり、籠の中が空になったのを見て、ガイドが出発を宣言した。

 

 咲也子は黒髪夫婦の後ろに並び、さもこの2人が両親ですよと言わんばかりの雰囲気を出す。できるだけぴったりとくっついて、時折話に頷いているようなしぐさをするのがコツだった。


 基本迷宮でのことは自己責任であるが、きっと水晶の遺跡のパンフレットを見た子どもが両親にねだって連れてきてもらったんだろうなという生暖かい視線が咲也子たちに向けられていた。実は同じ手を使って証明なしに門をくぐり抜けてきたことは内緒である。

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