『テリアの店』と道具屋のマークが描かれている、その板の下方に虫眼鏡と迷宮の門が描かれた看板。武器屋の看板の下に連結されているそれは、どこか申し訳なさそうに風に吹かれぶら下がっていた。

 若干頼りなさそうなそれを見て、咲也子は迷わず青いステンドグラスがはめこまれた扉を開けた。


「はい、いらっしゃいませ」

「こんにち、はー」


 中には年若い店員が1人、カウンターの奥で山と積まれた商品らしきものを鑑定していた。

 咲也子を見る前にあいさつをしたからか、言葉には動揺が見られなかったものの、その表情は大きく困惑に揺れ鑑定をする手は止まっていた。


 咲也子の着ているフリルで縁どりされたケープは白く清潔で仕立てが良いものだ。家族からプレゼントされた大きなリボンのブローチもかわいらしく、真ん中の宝石は本物の蒼石である。ケープの隙間からかすかに見えている服は時代遅れなものの、気品のある清潔なもの。抱えているもアンティーク調でさらに、咲也子自身もフードをかぶっているが立ち方にはどこか品位を感じる。


 総合してぱっと見は清潔な子どもだが、よく見るとどこかの貴族のご令嬢が訪ねてきたよう見える。

 貴族の子どもが迷い込んできてしまったと考える方が難しくないだろうと、咲也子は少し首を傾げてみてから、なにやら凍りついている店員に話しかける。


「売りたいものあるんだけど、ね。迷宮品、大丈夫です、か?」

「は、はい。承っております!」


 店内に人影は見当たらないため、目の前の年若い青年が店主なのだろうか。

 鑑定を頼むと慌ててカウンターから出てきて自ら対応する姿勢と、他に店員が見当たらないことが疑問を確定へと変えていく。


 見かけは20歳いっていないかわからないくらいの童顔で、痩身。黒いスラックスに白いシャツに黒いベストと、リボンタイには紅い玉のついたピンを止めていた。銀縁のメガネがどこか鋭い印象を与えるが、慌ててカウンターから出てくるときにつまずくといった様子から、見かけ通りではないことがうかがえる。

 鮮やかな銀髪を後ろへとなでつけて、腰まで伸びたそれを肩のところで結び、動くたびにさらりと揺れた。


「お、お待たせしました!」

「これ、お願い、ね」


 よく見ると銀縁メガネのレンズになにかの術式がうっすらと浮かんでいることから、鑑定用の術式が埋め込まれた眼鏡だと思われた。鋭い印象を加速させはするものの、青年にはなかなか似合っている。

 そんなことを思いながら、咲也子が【アイテムボックス】から取り出しておいたティーポッドを差し出すと手袋をした丁寧な手つきで下から受け取り、店主は前かがみになって体ごと目を集中させた。鑑定を行っているのだろう。


 それを満足げに見て頷き、抱えていたを木造のカウンターへとさりげなく置く。おしべやめしべまで精緻に彫り込まれた薔薇の時計や迷宮品の証であるコインがついた呼び鈴が置いてあるのをさり気なくどかしながら。

 ふわりと若干の油とまだ新しい店なのだろうか、木の香りの強い店内へと視線を走らせるとカウンターから右手。コの字に配置された棚には迷宮品の証であるメダルがついたウエストポーチや財布、ポーションなとが種類ごとに間隔を開けて、見やすいように置いてあった。


 まだ店を開いてからそう経っていないのではと思われるのに、きちんと客に配慮されたいい店だなと咲也子は思った。

 ほかにも棚の壁部分に【魔道具高価買取中】の張り紙を発見した。


「魔道具……」

「はい? あ、はい。今、城の貴族様方が魔道具を集めて何かしているようで。国中から集められているので、魔道具が高く買い取られているんです」

「じゃ、これもお願いしま、す」


 即決だった。先祖代々から伝わっている【アイテムボックス】内の魔道具には実際に活用する機会が限られているものや、意味の分からないもの、使わないものが多くあったため、これを機会に少しでも減らしてしまおうと咲也子は思った。

 

 ケープの中を漁ったふりをして、【アイテムボックス】の中から10cm程の大きさ、黒い帽子に赤い軍服で白いパンツに黒いブーツの【くるみ割り人形】を店主へ差し出す。まあ、いろいろあってもバッグ一つ持っていない今、せいぜい出してもおかしくないものはこれくらいしかないのだが。


【アイテムボックス】が珍しいことくらい、咲也子は知っていた。正確には母から聞いていた。

 体ごとティーポッドに集中させていた店主が、咲也子に向き直り、頭を下げると【くるみ割り人形】を受け取り、そちらにも目を凝らして鑑定していく。


「……素晴らしいですね。革命以前にできたもののようですし、保存状態も良好です」

 

 ひたすら鑑定に目を走らせていた店主がぽつりとつぶやいた。その直後、はっとしたかのように咲也子を見て、顔を青ざめさせる。


「申し訳ありません! 失礼なことを……」

「ん、褒めてくれてありがと、う」


 あからさまにほっとした表情を浮かべた店主の顔には、貴族に対する恐怖よりも畏れおおいといった色が見え隠れしていた。その態度で、この大陸における貴族の立ち位置、この大陸の治安といったものがわかる。

 貴族、ひいては上に立つものがなめられていると政治や治安にまで及ぶ、というのが咲也子の考えだ。恐怖を感じるほど評判が悪いのも考え物だが、親しみ過ぎて同列に見られるのも困ってしまう。

 この大陸の貴族たちはうまいこと舵を取っているらしかった。

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