情報収集《1》


「おー、典型的なゴブリン」


「相変わらず醜悪なツラしてやがんな、コイツら」


 俺達の前にいるのは、腰巻に棍棒のみの、緑色の肌をした醜悪な生物。


 ――ゴブリンである。


 森の奥に数匹が集まっており、狩りの後らしく何かの生物の肉をモチャモチャと生で食っている。


 普通にキモい。


 ――と、俺が見ているその目の前で、突然ゴブリン達の頭部に連続でズカカ、とダガーが突き刺さる。


「ギギッ――」


 緑色の血を吹き散らして、短い断末魔の悲鳴を上げると、ゴブリンどもは二度と動かなくなった。


「ネアリア、貴方も手を動かしてください。マスターのお手を煩わせる訳にはいきません」


「はいはい、じゃあ次はアタシがやるからよ」


「では、五百六十メートル程先に熊型の魔物がいます。このまま進めば、恐らく七分程で接敵すると思われますので、さっそくお願いします」


「……アンタの索敵範囲は、絶対何かおかしいと思うぞ」


 呆れ顔を浮かべながらネアリアは、自身のアイテムボックスを開くと、その中から銃器――ドラムマガジン式グレネードランチャーを取り出す。


 ネアリアのクラスは、メインが『マイステン・テクニク』、サブが『トーデス・ガンスミス』である。


 前者は銃器全般を扱うことが可能となるクラスで、後者はいわゆる整備士、専用銃器の使用が可能となり、また銃器全般の与ダメージ及び装備弾数の増加、耐久の減った装備を回復させることが出来るクラスだ。


 整備士とか、ぶっちゃけネアリアのイメージとは全く合わないが、彼女は銃器特化のスキル構成にするつもりだったので、そのクラスでゲーム時代に育てていた。


「……それと、追加の敵です。森の中で初心者狩りをしていると思われる一団、十数名がこちらに向かって来ています。この者らの方が先に接敵するかと」


「お、目標か・・・。ヘヘ、ルーキー狩りをした後なら、ちょっとは金目の物も持ってんだろ」


「……初心者狩り野郎どもは殺してもいいが、初心者の装備品は見つけたら冒険者ギルドに渡すからな」


「言わなくてもバレねーだろうし、どうせ追加報酬として換金してもらえると思うが?」


「初心者狩りどもの幽霊に恨まれるようなら『ざまぁみろ。くたばれクソッタレ』って言ってやれるが、ソイツらに殺された冒険者の幽霊と、その遺族に恨まれるハメになったら俺は嫌だぞ。特に最後のヤツだ」


 その俺の言葉に、肩を竦めて答えるネアリア。


「ヘイヘイ、ボス。冗談だよ」


「それとお前、もう一つ言っておくが、森の中でグレネードランチャーはやめろ。燃えるだろ、森」


「んだよ、注文が多いな。わーった、これならいいだろ」


 大人しくグレネードランチャーをしまい、代わりに彼女が取り出したのは、ポンプアクション式のショットガン。


 木製の銃床に、黒鉄くろがねの太い銃身。

 洗練されたフォルムに、ゲームの武器らしく美麗な彫刻が掘られており、なかなかにコレクター魂をくすぐられる見た目をしている。


 確かアレは、そこそこ古い銃で『ウィンチェスターM1897』って名前だったはずだ。


 俺も、カッコよくて彼女に装備させているのとは別に自分でもう一挺持っていたりする。


 ちなみに、銃系統の武器は、アルテラにおいてぶっちゃけ不遇武器だった。


 何故なら、同じ遠距離攻撃手段として魔法があったからだ。


 魔法は何もなくともMPがあれば発動させられるのに対し、銃は銃本体と弾丸という二つのものを必要とする。


 コストがかさむため、あんまりお手軽な武器とは言えないのだ。


 また魔法は、単体に高火力攻撃を仕掛けたそのすぐ後に連続で広範囲攻撃を繰り出すことも可能だが、銃でそうしようと思えば持ち替えなければならず、その持ち替えという時間は致命的だ。


 割とマジで接敵から一秒以下のところで勝負が決まる節があったあのゲームにおいて、特殊な立ち回りをしなければならないその即応性の低さはかなり痛いのである。


 頭を撃ち抜いても、ゲームのキャラって即死しないからな。

 微妙に体力が残り、そのまま逃げられることもしばしばだ。


 ただまあ、その代わり銃には特殊弾丸『魔弾』というものが設定されており、魔法より遥かに高威力の攻撃を放つことが可能だったりする。


 運用次第によっては、魔法以上の効率で敵を殺戮することも可能だ。


 そして、何より俺が最も恩恵を受けているのは――その隠密性である。


 魔法は発動しようとすると、感知系スキルを持っている敵だとその時点でバレてしまい、避けられる可能性があるのだが、その点銃は発砲するまで完全にバレることが無い。


 撃った後であっても、サプレッサーを装着しておけば、現実ではあり得ないが完全に音を消して行動することも可能であるため、対人戦に特化しまくった結果『暗殺』という手段に辿り着いた俺にとって、最もしっくり来る武器だったのだ。


 まあ、使っていた一番の理由はカッコ良いからなんだけどな!


「熊狩りだったら、やっぱりショットガンだろ。鎧着た人間にも風穴空けられるしな」


「……そうだな」


 彼女の言葉に俺は、苦笑いを浮かべる。


 人間に撃ったら風穴どころか、鎧の上からでも確実にグッチャグチャになるだろうけども。


 ……最近やっぱり思うのですが、普通に部下の思考回路が怖いです。


 何と言うか、他人は基本的にカモとでも言うか……。


 まあ、俺達自身もそういうスタンスでゲームをやっていたんですがね。えぇ。

 


   *   *   *



 その後、広域レーダー並みの索敵能力を有するセイハの案内により、彼女が言っていた通り数分もせず冒険者――初心者狩りをしていた犯罪者どもの近くへと辿り着く。


「……お? 冒険者か。お仲間さんだなッ――」


 一発の爆発音の後、にこやかな笑みを浮かべて話しかけて来た男の頭部が、ザクロのように弾け飛んで無くなった。


「なっ、き、貴様ら、何をッ――!!」


「黙れタコ。そういう三文芝居は他でやんな」


 慌てて武器を構えようとした別の男もまた、容赦の無いネアリアによる顔面への銃撃により、胸の辺りから上が大きく抉り取られた肉の塊に転生する。


「チッ、バレてやがるッ!!テメェら、戦闘グボっ――」


 男達の頭らしい、他より少し上等な装備をしたヤツが怒鳴る途中で突然、口から血を吐き出し、地面に崩れ落ちる。


 その背後に音もなく佇んでいたのは、ダガーを逆手で握っているセイハ。


「クソッ、クソクソクソッ!!何だテメェら!!俺達が誰だかわかってんのかッ!?」


「ただで済むと思うんじゃねぇッ――」


「そういうセリフはもう聞き飽きたぜ」


 冷めた表情でそう吐き捨て、ショットガンの弾をまき散らすネアリア。


 どうにか反撃を繰り出そうとする者もいるが、しかし散弾の嵐を前に為す術もなく、次々に屍を積み上げていく。


「クッ、に、逃げろ!!この強さ、恐らくⅤ級冒険者以上だ!!ギルドが討伐依頼を出しやがったんだ!!」


「俺達はまだⅩ級だぞ」


 彼女らだけに任せておくのもアレなので、俺もまたホルスターからハンドガン銀桜を取り出すと、逃げ出そうとする敵の頭部へ銃弾を連続で放っていく。


 ふーん……鎧って案外簡単に貫通するのな。


「ク、クソがァッ!!」


 と、決死の表情を浮かべ、襲い掛かって来る男の一人。


 俺は振るわれた剣をヒョイと身を捻って避け、引き抜いた妖華でカウンターを叩き込もうとするも――その前にソイツの首から上が胴体からずれ、ボトリと頭が落ちる。


「マスターに手を出そうなどと……愚かにも程があります」


「あんがと、セイハ」


「いえ……出過ぎた真似をしました」


 ――その後、ほぼ一方的な攻撃により、接敵から数分もせずに初心者狩りの集団は、ほぼ彼女ら二人の手で壊滅した。


「オイ、頭領。お目当の生き残りだ」


 辺りにむせ返るような血の臭気が漂う中、ショットガンを肩に担いだネアリアが、そう俺を呼ぶ。


 見ると、わざと生かしておいてくれたらしく、唯一の生き残りの男が、泣き顔を浮かべながら大木を背にするようにして腰を抜かしていた。


「ヒッ、ヒィッ……!」


「おう、わかった。――よう、クソ野郎。ちょっと聞きたいことがあるんだがいいか」


 男の前にしゃがんでそう言うと、彼は必死の形相を浮かべ、こちらに向かって捲し立てる。


「な、何でも答える!!何でも答えるから、い、命だけは!!」


「俺、探している武器があるんだ。『フルーシュベルト』っていう、呪い憑きとかって剣だ。使っていると人の命を吸うって噂があるヤツ」


「あ、あぁ! 聞いたことがある!!王都の裏役達が話していたのを聞いた!!凄まじい効果を持つが、その代償に命を吸い取る魔剣を使って、敵対勢力を次々に襲って弱体化させているヤツらがいるって!!」


「その襲っているヤツらってのは、誰だ?」


「し、知らねぇ!!目撃者は皆殺しで、噂だけが広がっている状況だ!!」


 あー……コイツもそれだけか。


「そうか、わかった。ありがとな」


「こっ、これで助けッ――」


 ――銃声。


 同時、俺の目の前の男の脳髄が吹き飛び、大木にもたれかかるようにしてゆっくりと倒れ、そして動かなくなった。


「人殺しが、ロクな最後を迎えられるわきゃねーだろ。――ハズレか。残念だったな」


 硝煙の立ち昇る拳銃をホルスターにしまいながら、ネアリアがそう声を掛けて来る。


「ま、正直あんまり期待はしていなかったけどな。帰ってジゲルの報告を待とう。――熊は?」


「さっき一緒にぶっ殺した」


 ……本当だ。少し離れたところに、いつの間にか角の生えたデカい熊の死体が転がっている。


「お疲れ、お前ら。えーっと……熊は丸ごとアイテムボックスに入れて持って帰るからいいとして、冒険者の犯罪者の証明ってのは、ドッグタグと武器、最悪ドッグタグのみ持って帰れば良かったんだよな?」


「そう聞いています、マスター」


「そんじゃあ……あー、ひどい状況だが、さっさと回収して、さっさと帰ろう」


「げぇっ、これをか?」


 嫌な顔をして、色々とひどいことになっている死体の山を指差すネアリア。


「……それは、貴方がオーバーキルをした結果です。私とマスターが殺した者達は、そこまでボロボロにはなっていません。先のことを考え――」


「わ、わかったわかった、やるって」


 セイハの物言いから逃げるようにネアリアは、ショットガンをアイテムボックスにしまうと、男達の亡骸を漁り始めた。

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