馬車の中で《1》


「それ~!しゅっぱーつ!」


「しゅっぱーつ!」


 妖精族ファームの元気の良い掛け声の後に続く、妖狐の燐華の声。


 その二人の可愛らしい掛け声に呼応し、我が家のペット、ジグとレグドラの二匹が動き出し、彼らと繋がれたキャンピングカー風馬車の窓から覗く景色が、緩やかに後ろへと流れ始める。


「ジグ、レグドラ、まだあんまり頑張って走らなくていいからなー。あと、そこの三人は……」


「ファームはもうちょっとここにいるー!」


「燐華もー!」


「ウチは二人を見ております。主様は休んでおくんなまし」


「じゃあ、お言葉に甘えて頼もうか。玲は頼りになるなぁ」


「いっ、いえ……も、勿体ないお言葉で……」


「あー!玲が顔真っ赤にしてるー!かわいー!」


「かわいー!」


「う、うるさいんじゃ!」


 キャッキャと騒ぎ出した彼女らに笑ってから俺は、普通の車で言うところの運転席、馬車で言う所の御者席から後ろの居住スペースへと戻り、設置されたソファにボフンと腰掛ける。


「マスター、何かお食べになりますか?」


 と、すぐにススス、と隣に寄って来たセイハが、そう問い掛けてくる。


「いや、いいよ。ありがとな」


「では、何かお飲みになりますか?」


「あー……なら、お願いしようか」


「畏まりました。すぐに用意いたします」


 俺の言葉に、セイハはすぐに動き出すと、そのまま馬車の二階へと昇って行った。


 二階には、ギルド内部へと繋がる扉を設置したので、そちらに向かったのだろう。


「頭領、アンタも大変だな」


 いつの間に取り出したのか、ワインセラーに入っていたワインボトルをくい、と口に運んでから、「飲むか?」とそのボトルをこちらに向かって伸ばすネアリア。


 俺は、礼を言ってそれを受け取ってから、同じように一口あおり、彼女へと返して苦笑を溢す。


「……まあ、悪い気はしないけどな。それよりネアリア。今のうちに聞いておこうと思うんだが……その……あー、何だ」


「何だよ、はっきり言えよ」


 若干口ごもってから俺は、意を決して言葉を放つ。


「……お前達にとって俺は、どんな存在だ?」


「あん?ウチらのボスだが?」


「いや、そうじゃなくて、その……何と言うか、俺や、俺の仲間達は、頻繁にいなくなることがあったと思うんだ。その辺り、お前らはどう思ってんのかって、ちょっと気になってさ」


 つまり、俺が聞きたいのは、ゲーム時代・・・・・における記憶・・・・・・のことだ。


 今現在の彼女らは、もう疑う余地がなく一個の人格を持った存在であることはわかっているが……だが、以前は、確かに『NPC』というただのプログラム上の存在であった。


 少し、聞くのが怖い部分もあるが……その彼女らが、俺達のことを、俺のことをどのように認識し、そしてどこまでの知識と記憶があるのか。


 それが、気になるのだ。


 割と核心部分に近い質問だと思うので、戦々恐々とした様子で問い掛けた俺だったが――。


「あぁ、『神の使徒・・・・』の話か?」


 ――しかしネアリアは、あっけらかんとした様子でそう言った。


「か、神の使徒?」


 突然出て来たゲーム染みた単語に、思わずそう聞き返す。


「頭領達は、本当は上位世界に住んでるんだろ? だから、死んでも死なねぇ。生き返る。こっち――って、ここはもうウチらの世界じゃねぇんだったな。まあ、そう言う訳だからウチらがいたあの世界には、暇潰しに来てんだと思ってたんだが?」


 ……そういえば、もうあまり覚えていないが、確かゲームのプロローグがそんなものだったような気がする。


「――俺が、お前と出会った・・・・・・・のはどこだったっけか?」


「肥溜めみてぇな、クソどもの巣窟だろ?アンタがウチの元上司をミートパイに生まれ変わらせて、んで、勧誘してくれたんだ」


「……あぁ。そうだったな」


 彼女と出会い、ギルドの配下として勧誘したのは、とある街に巣食っていた『裏ギルド殲滅クエスト』の最中のことだった。


 その過程で、俺の攻撃により死に掛けだった裏ギルドの構成員――彼女が配下として勧誘可能なNPCだと知り、俺は何となくで回復させ、その頃はまだギルドを立ち上げていなかったためにゲームのマイホームへと連れて帰ったのだ。


 そう、彼女を彼女として造り上げたのは俺だが、しかし、大本の『ネアリア』としての個は、元々存在していたものだった。


 ……記憶は、俺と初めて出会った時からしっかりとありそうだな。


 というか、この様子だと俺と出会っていない頃の記憶も持っていそうだ。


 ネアリアがそうだとすると、恐らくは他の配下達も、同程度の記憶を有していることだろう。


 ……どういうことなのか気になるところだが……まあ、その辺りは俺がこんなところに来てしまった理由と同様に、考えてもわからないことだろう。


 ちなみに俺が雇い、創り上げた配下はセイハにネアリア、召喚獣の二匹で、他の配下達は俺以外のギルドメンバーがそれぞれ雇ったり本当に一から創り上げた者達だ。


 ペットの二匹はまあ、俺が一応の主人ということになっているが、配下を含めたギルドメンバー全員でパーティを組んで捕獲し、そして飼い始めたので、俺達全員の共有ペットと言えるだろう。


 そして、俺の配下として一番最初に雇い、一番長く一緒にいるのが、今ここにいないセイハである。

 

 あの謎に高い忠誠心も、その辺りが理由かもしれない。


「……こんな知らん世界に来ちまって、不安じゃねーか?」


「ハッ、頭領、誰に物を言ってんだ?」


 俺の言葉に、ニヤリと笑みを浮かべ、口を開くネアリア。


「アンタがアタシを誘ってくれた時から、アタシの世界は、頭領。アンタのいるところだ。だから別に、どこに行こうが構わねぇな。それに、アンタに付いて行くと、どこだろうと楽しいしな」


 コイツ……口は悪いが、意外と義理堅い性格してやがるんだな。


「何だ、俺は誘われてんのか?」


「頭領ならまあ、相手してやってもいいぞ?」


 肩を竦め、冗談めかしてそう言うも、にやにや笑いを表情に浮かべて言葉を返して来るネアリア。


 全く……大した女だことだ。



 ――と、その時。



 バギリ、と何かが潰れる音。


 二人揃ってその方向へと顔を向けると、レモネードらしい飲み物の入ったグラスを乗せた、木製のお盆の取っ手部分を握り潰し、階段に突っ立っているセイハ。


「……失礼、しました。マスター、お飲み物を、お持ちしました」


「あ、あぁ、サンキュー」


 いつもよりさらに感情の窺わせない声で、そう言いながら俺の前にグラスを置くセイハ。


「……あー、セイハ。言っておくが今のは冗談だかんな」


 思わず若干引き攣り気味の苦笑いを浮かべ、言葉を放つネアリア。


「いえ、構いません。マスターが魅力的な殿方であるのは自明の理です。貴方がマスターを誘惑することも、至極理解に及ぶことです」


 口ではそう言いながらも、固い声色で仮面の無機質な双眸を向けて来るセイハの圧力に押され、「アンタの部下だろ、何とかしろ!」と目線でこちらへ救援を求めて来るネアリアに、俺は苦笑を浮かべる。


 俺だって、ちょっとこの子、どうやって向き合って行けばいいのか未だ悩み中なんだがな。


 ネアリア程気安い態度を取ってくれると、俺も非常にやりやすいのだが、こう……崇拝染みた忠誠を向けられると、普通の日本人だった俺には、どう対応すればいいのかわからん。


 セイハのような美少女が懐いてくれていることに悪い気はしないし、男として仄かな優越を感じられることも確かだが、メイドさんにかしずかれた経験なんてある訳がないし。


 ……まあ、良い機会か。


 少し、この子ともしっかりと話をしよう

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