断罪の暗殺者~なんか知らんが犯罪ギルドのトップになってた~

流優

始まり

気付き



 ――異変は、すぐに気が付いた。



「…………んぁ?」


 うっすらと目蓋を開いた俺が、一番最初に見た光景は――薄明かりに照らされる、岩肌。


 ……岩肌?


 のそりと上体を起こし、寝起きではっきりしない頭で周囲へと視線を走らせる。


「……?」


 ――何か、おかしい。


 岩の中を繰り抜いたような、全面が岩肌剥き出しの壁。

 唯一平な床には無駄に高級そうな赤の絨毯が敷かれており、その対面の天井には、吊るされた燭台がロウソクもなく独りでに炎を灯している。


 端っこのハンガーラックには、何だかゴテゴテした装飾のある、ちょっと中二病が疼いてしまいそうになるコートが掛けられており、その横には口元がニィ、と大きく吊り上がり、右眼の下に涙、左眼の下に星の描かれたピエロを彷彿とされる白の仮面も、一緒に掛けられている。


 そこそこの広さはある部屋なのだが、少し閉塞感を感じるのは、やはり周囲が岩肌な上に、窓がないためか。


 ……いや、まあ、この光景自体は別に、大しておかしなものじゃない。


 俺がドハマりし、何百時間もプレイしているVRMMO・・・・・――『アルテラ・オンライン』における俺の自室であり、何度も何度も見たことがあるものだ。


 だが……まず第一に、ログインした覚えがない。

 俺は昨日、普通にベッドに入って眠っただけで、ゲーム機に触っていないはずだ。


 そして第二に、仮に俺がログインしていたのだとしても……何と言えば良いのだろうか。

 

 いつもより、情報量が・・・・圧倒的に多い・・・・・・


 音、光、臭い、感触。それらの五感に訴えかける情報が、いつもより繊細で、そして膨大に感じられるのだ。


 VRMMOというゲームが生まれ、世界が新たなゲーム史の変遷に熱狂してから少し経つが……それでも、現実と見間違う程鮮明に世界を創り上げることには、未だ技術的に至っていない。


 例えプレイしていても、どこかに必ず違和感が生じ、そこがゲームの中であるとわかってしまうのだ。


 だが――ここはどうだ。


 自身が横たわっている木製のベッドの感触一つとっても、この木目のザラついた感触は、現実のものとしか思えない。


 視界に飛び込んで来る周囲の情報に関しても、いつもより圧倒的に色彩が豊かで、非常にリアルに感じられる。


 さらにそこから視線を下ろすと、布団に入る前に着ていたはずの寝間着ではなく、要所要所がプロテクターで守られ、ポケットの多い動きやすいズボンに、着心地の良い黒のTシャツが視界に映る。


 ゲームでよく見る冒険者的な格好であるため、ここがゲームの中であるという可能性の方が高いのは確かなのだが……。


 ――何が、起きてるんだ?


 寝起きの頭がようやくまともに動き出した俺は、むしろ訳のわからない思いでベッドを抜け出し、立ち上がって周囲を確認する。


 そして、立ち上がったことにより視野の広がった俺の眼に最初に映ったのは――ベッドの隣に設置された、少し造りの良い机の上に置いてある、ソレ。


 俺は机の前まで来ると、ソレ――手の平より少し大きいぐらいの、鉄の塊を、手に取った。


 ひんやりと冷たい、金属の手触り。


「……銀桜」


 そこにあったのは――拳銃・・


 ハンドガン、『銀桜』。


 シルバーのボディに、ところどころに為された桜の花びらの彫刻。

 通常のハンドガンより銃身が少し長くなっており、ズシリと来る確かな重さがある。


 コイツは俺が初期の頃から主武器にし、そして幾度となくカスタムして、最終的に伝説級の武器達とも引けを取らない威力を持つようになった、自慢の一品だ。


 そんな、ずっと使い続けて来た俺の愛武器であるが……しかし、いつも以上に克明に、肌触りや色彩などの情報を伝えて来る銀桜からは、以前よりもひどく手に馴染む感触がある。


 俺は、銀桜の銃身をそっと撫でてから再び机に置くと、今度はハンガーラックまで向かい、掛かっていたコートの内側を開く。


「……やっぱり、コイツもあったか」


 自身の予想が当たったことに、俺は何とも言えない苦笑いのような表情を浮かべる。


 コートの内側に覗いたのは、いくつものポーチが付けられたベルト。


 そして、そのベルトに収められた、鍔のない・・・・一本の・・・小太刀・・・


 ――幻刀、『妖華』。


 俺は、覗いた小太刀の柄を握ると、スルリと刀身を鞘から抜く。


 途端、ロウソクの明かりに反射して煌く、まるで血のように赤黒く、妖しく波打つ波紋の浮いた刀身。

 決して模造刀なんかではなく、その刃の鋭さは、何もかもを斬り裂けるのではないかと思う程鋭く研ぎ澄まされている。


 ――これがあるなら、あとは……。


 俺は、妖華を再び鞘にしまってから、目を瞑ってフゥ、と深く息を吐き出し――そして、再び目を見開くと、その言葉を唱える。


「メニュー」


 ――その瞬間、俺の眼の前に出現する、中空に浮く薄い半透明の表示。


 ゲームの・・・・メニュー画面・・・・・・


 開いた。


 開いてしまった。


 VRMMOが世に生まれる程昨今は技術が進んでいるが、しかし未だ、ヘッドマウントディスプレイも無しに、視界にこんなメニュー画面を開くことが出来るまでには、技術的に進んではいない。


 つまり、ここは地球ではなくゲーム世界であることは確実と言えるだろうが――しかし、そのメニュー画面に関しても、色々とおかしなところがある。


 ――ログアウトボタンが、ない。


 いや、ログアウトボタンのみならず、公式の告知ページもなければ、その他諸々の項目も無くなっている。


 あるのは、もはやカンストして久しいステータス画面と、装備画面、そしてギルドやマイホームなどの管理ページのみ。


 もはやここまで来れば、ゲームで使用していたメニュー画面とは別物といってもいいだろう。


 ――俺がよくやっていたゲームに酷似していながらも、しかし現実と見分けが付かない程膨大な情報に溢れた、ログアウトの存在しない世界。


 で、あるならば。


 考えられる一番大きな可能性として、ここは――。




「――アルテラに似た、別世界・・・、か……?」


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