格納区 5

 ……概ね作戦は上手くいっていた。


 魔法と遠距離攻撃で崩れたゴーレムたちは簡単に倒せた。


 勢いに任せて前へ前へ、あと少しで姫騎士へ戦線が届くかというところで、流れが変わった。


 中央、柱の螺旋階段、上へとばかり目がいっていたが、見えていなかっただけで階段は下にもつながっていた。


 そこから、ゴーレムの追加が登ってきていた。それも絶え間無く、隙間なく、びっちりと、だ。


 想定外の援軍登場に、突撃の勢いが鈍る。


 そして極め付けが姫騎士だった。


「ぐぅわぁあああああああああああああああああああああああああああああ!」


 必要以上に感情のこもった声を響かせ、戦線飛び越え飛ばされたのはドワーフの戦士だった。手に得物はないが、いかにも重そうで分厚そうな鎧の胸にはざっくりと斬られた痕があった。


 斬り飛ばした姫騎士は回っていた。


 下半身と頭部はそのままに、背骨を軸とし、両腕を広げて横に、加えて手首も回して縦に、合わせて立体的の回転で走るサーベルは近寄る全て切り刻んでいた。


 それに臆せず重武装のオークが突っ込む。


「ぐぅわぁあああああああああああああああああああああああああああああ!」


 だが立体斬撃は突破できず、斬られ、斬り飛ばされ、他の奴らを巻き込み落下する。


 この人外な回転攻撃を前に何人も近寄れず、それどころか遠距離攻撃も風圧だけで弾き飛ばされる。これに唯一有効であろう魔法攻撃も、絶え間無く沸き続けるゴーレムどもを押し留めるので手一杯な感じだ。


 こうしてる間に体力は減り、人数は削られ、士気は折られた。


 ここまで必死に切り開いた戦線も、ぶっ飛ばされる恐怖から間合いを取るやつからほころび始め、そこへすぐさまゴーレムが雪崩れ込んで距離が広げられる。


 漂う敗走感、撤退を待ちながら戦う前線に後方からの遠距離攻撃による援護がこなくなった。


 静まる戦場、おかげでやっと、俺が出られる。


 目の前の一体を斬り伏せ、倒れ切る前に踏み台に、跳ぶ。


 俺らの機動力は敵にも味方にも予想しにくく、何気に味方から撃たれることも少なくない。


 とはいえ指揮権もなく、遠距離攻撃を止める手段がない現状では、止まるまで待つしかなった。


 おかげで体力もかなり削られたが、やれない程度ではない。


 だが途中のゴーレムは相手するのも面倒だ。


 突き上げられる槍をかわし、頭だけを狙って踏みつけ、さらに跳ぶ。



 ヘケト流剣術『雨宿り』



 不安定な足場へ着地、瞬時に判断、次へと跳ぶ。正確には技ではなく鍛錬の名前で、そもそも由来さえもが雨宿りを、雨よけに軒下へ走り込む行為、と勘違いして名付けてるあたり、高尚なもんでもない。


 それでも十二分に役に立ってる。


 跳んで走ってゴーレムの戦線を超え、姫騎士の前へ。その六本の足が一歩踏み出すに連動し後方のゴーレムが一歩遠のく。


 どうやらこのゴーレム、巻き込まずに、あるいは巻き込みながら斬り裂くことが姫騎士にはできないらしい。


 ならば一騎討ち、なら問題ない。


 間合い、角度、拍子、覚悟、全てよし。


 蹴り、跳び、突く。



 ヘケト流剣術『花散らし』



 俺らは種として動体視力に長けている。ましてやこの程度、いくら速くとも一定間隔で回る刃など、飛び回る蝿にも劣る。


 脚力はさほど使えないが、それでも辛うじて必殺を保つ突撃は、姫騎士の片手指三本をまとめて飛ばした。


 破片と共に遠心力でぶっ飛ぶサーベル、それでバランス失った姫騎士はぐらつき、六本足を広げふんばり、代わりに回転が鈍る。


 それでも振り下ろされた残るサーベル、しかし速いが遠い。一蹴りで前へ、隙間へ、膝を曲げて滑りこんだのは六本足の中だった。


 で、固まる。


 このゴーレムが姫騎士ならばここはさしずめスカートの中、見上げるのは、恥ずかしい。


 がそんな問題ではない。


 刀を構えて見上げた先で一瞬だが姫騎士と目が合った。


 変わらず無表情、だからか冷たい感じの一つ目、それを遮る一本の矢が、サクリと小さな音を立ててその喉元へと刺さった。


 当然出血などない。だが、それでも姫騎士はぐらりと揺れて、崩れ落ちた。


「やったぞ!」


 一声はあの大弓の男だった。


 それに呼応し、沈んでだ自軍が、盛り返した。


 形容しがたい雄叫び、踏み鳴らしての地響き、まるでそれに恐れをなしたかのように竹槍のゴーレムたちが階下へと引いて行く。


 ……これは、問題なく勝利だった。


 ▼


 ……言ってはなんだが、この勝利に大きく貢献したのは俺だ。


 俺がいなかったらあの姫騎士の立体斬撃は突破できなかった、とまでは言わないが、それでも時間はかかっただろう。


 …………なのに俺は、俺らは、褒め称えられるどころか一触即発でにらみ合っていた。


 連戦から足に疲労を感じてる俺の左右にはダグとバニングさんが挟むように立っていた。


「だから話を聞けって」


「いや、話は止めの後だ」


 ダグの宥める声に、俺の真ん前に立つ大弓の男は弓を構えている。


 その鋭い眼光が睨むのは俺の背後、敗戦しながらも逃げ遅れた姫騎士にだった。


「奴がまだ死んでないならまだ脅威は残る。止めをさせなきゃ追い討ちを食らうかもしれない。ならば殺す。これは譲れない」


 それに賛同するように、大弓の背後にはその他大勢がひしめいていた。


 こんなところで睨み合ってる暇があるならさっさと上がればいいものを、と言いたいが、そこは黙っておいた。


 と、バニングさんが動いた。


「firm pupillo defendite viduam」


 短い呪文と共に杖を軽く振り、それに合わせて光が飛んで、背後に回り込もうとしてた男一人を弾き飛ばした。


 それに加えて多くの光が、姫騎士の周りを飛んでいた。


 遠くから見れば蛍の群れだが、やってることは死体に集る蝿だな、などど一瞬考えてしまった。


「だから何度も言ってんでしょうが」


 そんな俺を引き締めるようにバニングさんが強く、重く、睨む。


「この手のゴーレムはガーゴイルタイプ、つまり魔力を結界を通して外部から供給されてることが多いの。だから倒されたらその魔力が余って、それを切っ掛けに発動する罠もあるわけ。それも自爆して死なば諸共的な強力なやつがね。そのことを言ってたんでしょうが」


「そうはあの缶詰どもは言ってなかったぞ。やつらは交戦はおろか接触も禁止してきやがった。どんなにピンチでもだ」


 うんざりといったバニングさんに、返す大弓は怒りの口調だ。


「だから落ち着けって」


 揉め事を抑えようとするダグ、一歩も引かずに魔法を展開するバニングさん、ちょっと余韻に浸りながら休んでたら逃げ遅れた俺、この三人以外は全員が姫騎士を殺せと喚いていた。


 ……正直、俺はどっちでも良いのだが、問題として大きいのはバニングさんの方で、ならばそちらに備えておこう、というスタンスだった。


 まぁ、それを言ったら味方はいなくなりそうなので黙ってはいるが。


「あいつらは戦うことすら禁止してきやがった。こちらに死にかけの怪我人がいるにもかかわらずだ。戦うな傷つけるな壊すな、それも偉そうに命令だ契約だ、つまりは俺らに死ねと言ってきやがった。アレがどれほどの価値があるかは知らないが、俺たちには関係ない。そこを退いて魔法を退かせ」


 ガチャリと誰かが構える音がした。


 そろそろ限界、面倒だな。


「それとも役人缶詰と同じ目にあいたいのか?」


 ……この一言には、反応せざるを得なかった。


「……お前ら、身内に手を出したのか?」


 未熟にも、俺は殺気を隠しもしなかったが、そんなことは瑣末な問題だ。


 問題は、こいつらだ。


 身内に手を出す、大問題だ。


 無意識に腰の刀の鞘に指が行く。


 それに呼応して、彼らも構える。


 限界にて、先に動いたのは大弓だった。やらせるか。


「だから待てって」


 先読みも抜刀も回避も防御も牽制も、何かをやる前に、まるで示し合わせたかのようにダグの手が俺の肩を掴んだ。


 それを振りほどこうと二回試したところに大弓の大弓が鈍器として俺の顔面を叩いた。

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