第2話 業、対等をプロデュース
「麗、テメェ......」
伊緒は扉の向こうから現れた麗を睨みつける。自分を圧死させかけた張本人、性欲を力に変えた
「そ、そんな睨まないでよ伊緒ちゃん。私が悪かったってば。まあ怒りに満ちた眼も少しいいなとは思うけど、普段通りで。」
「私の眼付が常に悪いって言いたいのね、アンタは!」
どこまで馬鹿にするのかこの女は。ただでさえ悪い伊緒の眼光が鋭くなる。
「あ、うん......これはこれで......」
「三田村さん、これ以上この
紅音が呆れながらつぶやく。
「なんか言った
「前から私ハーフだって言ってるでしょ、この
「今のはわかるわ!私馬鹿にされてるわ!なんかどっかできいたことあるし!」
「今日あんた殴った時に言ってたからねー。」
紅音が慣れた感じで麗を適当にあしらっていく。先ほどまで伊緒に接していた態度とはまるで違う。
「漫才コンビかよあんたらは......」
伊緒は思わず呟く。
「「それは無いわ!」」
「息ピッタリじゃねーか!」
「まあ、それはさておき......麗、ほら。あなた何か言うことあるでしょ。」
紅音が麗にせかす。
「えっと、その、ごめんなさい伊緒ちゃん!」
麗は伊緒に向かい、頭を深く下げ謝った。
「な、いきなり?」
「ごめんなさい、ちょっと私調子乗ってた......強気でいけばどうにかいけるかなーと思ったけど、結構マジで嫌がられてたし......」
「そりゃまあ、いきなり同性に襲われればああもなるでしょ、誰だって......」
「麗はあの見た目ですからねぇ......案外嫌がる人いないんですよこの学校だと。」
「正気かよここの生徒は。」
確かに麗のルックスは名前のとおり、麗しくはある。人というか、肉食獣のような麗しさではあるが。
「てことは、何?保寺さん、この女私以外にもこんなことしてたわけ?」
「えーと......私が知る限りでは、三田村さん相手にしかここまではしてないですね。」
「VIP扱いかよ私は......」
伊緒は頭を抱えた。こんなデメリットしかないVIP待遇があるか。もうなんか、これ以上会話してもろくな返答がかえってこなさそうだ。聞くだけ損をするような気がする......
「そうVIPなの伊緒ちゃんは!私にとって!」
「麗、
紅音が短く、突き放すように麗に言い放つ。
「すみません、調子乗りました......反省してます、もうこんな阿呆なことはもうしません......」
麗は再び伊緒に謝る。そこには今までの意気揚々とした麗の姿はなく、自責の念で縮こまった弱弱しい一人の女だった。
(無礼なやつだとは思っていたけど......)
先ほどとは打って変わって弱弱しい態度になった麗。次に口を開けば殴ってやろうかと思った伊緒も、さすがにその考えを改めはじめる。
しばらく、沈黙が続き。
「......許すかどうかはともかくとしてさ。」
「許してはくれないよね......そうよね......」
「なんで私だったの?」
伊緒が麗に質問した。
「確かに私も気になりますね。この
「
「日頃の行いでしょうに。早く本題はいって、時間勿体ないし。」
麗を看病していた人物と同じとは思えない、外国ドラマに出てくるチンピラのような態度で、紅音が中指をクルクル回しながら麗を煽る。
「保寺さん、優しい人だと思ってたんだけどわりと容赦ないとこあるんだね......」
「
紅音が申し訳なさそうにうつむく。
「いや、いい!そういうギャップ私は凄くいいと思う。」
「
伊緒が自分の醜い部分を肯定してくれたことに、紅音の眼が輝き始めた。
「そもそもあんま仲良くも無い私にここまで付き合ってくれさ、いい人に決まってるじゃん。それで麗に対するこの強さ!これはアリかナシかで言ったらYESでしょ、うん、嫌う要素ないよ。好感度バツグンに上がってるね。とても素敵だよ。」
伊緒は心の底から滲み出した笑顔で紅音に応える。
「今後ともよろしくね、私の女神さん。」
なにせ恩人だ、このぐらい言っても罰は当たらないだろう。その筈だった。
「
感激した紅音がその両手と大きな体で力いっぱい伊緒を抱きしめた。伊緒の身体が、高密度のマシュマロに挟まれ万力で締め付けられる。
「
「わかったから!ちょっと痛い!痛いよ保寺さん!色々柔らかいのが当たってるし!お腹とかお腹とか胸とか!」
「そんなこと言う悪い子にはぁ......えーい!」
「が、がgagaga!」
紅音が更に強く伊緒を抱きしめた。苦しいけど、麗のより少し気持ちいいのがまたムカつく。これ、抱き枕代わりに使えるのではないか?この全身から伝わる甘い匂い、ミント系?というか収納されてる私?伊緒の頭がどうでもいい疑問で埋まりはじめる。
「わ、私の時とはなんか反応が違う......
麗が目いっぱいに涙を貯めながら叫ぶ。
「なわけないだろこの色ボケ女!!保寺さんお願いしますからちょっとこれ以上は危険ですって!」
「 No!三田村さんは
紅音は伊緒の言うことを聞こうともしない。
(ヤバい......麗とはまた違った意味でピュアだこの人......お世辞だよ本気にするなよ......)
また、肉に埋もれるのか。今度はガチで死ぬんじゃないか?伊緒の意識が遠のいていく......
「ほら!伊緒ちゃん!スマホ!これ伊緒ちゃんのでしょ!?」
麗の声が、伊緒の意識をかろうじて取り戻す。もてる意識をかけ、伊緒は声のする方に首を傾けた。
あぁ、あれは確かに私のスマホだ。肌身離さず付けていたオレンジのケースに、マスコットもないシンプルなゼブラ柄のストラップがゆらゆらと揺れている。そういえば倒れた時にはポケットにいれてなかったもんなぁ。見つかってよかったよ。たださ......
なんであいつの胸に挟まってるの?
「おまえは!雪の日の秀吉か!!」
「な!?私のホールドが解ける!?」
怒りにより覚醒した伊緒が、紅音によるがっちりと包み込んだ肉のカーテンを無理やり解き、麗の谷間に右手を差し込んだ。
「あ......っ!はぁん!!やっぱり伊緒ちゃん強引なのが好きなのねって痛い!!」
「人肌で温めておきました、なんてサービスいらねぇよ!!」
伊緒が双丘から手を引っこ抜き、同時に回収したスマホで麗の頭を殴る。汗で画面がしっとりと濡れていていて、思わず苦い顔になる伊緒。
「なんかさぁ!もうさぁ!お前等はダメだ!!ホントに!!何故だ!?何故こんなことをする!?」
「まあさ、好きと思ったら一直線が私のポリシーだし?やっぱ最後は力じゃん?」
麗が程よく鍛え上げられた二の腕を自慢げに見せつける。
「麗と被るのもなんですが、力でどうにかできるというなら、捻じ曲げてでも手に入れたいという気持ちは少なからず私にもありますね。」
「えーっ
「
「糞共め......」
伊緒はもう、逃げ場所がもう何処にもない事を悟った。話が、まるで、通じない。いい人だったし麗に対するカウンターとしても使えるか、と思っていた紅音もベクトルが違うだけで危険度が麗と同じだということも判明してしまった。麗が餓えた狼なら、紅音は猛る
しかし、この凶獣二頭は伊緒に結果的に被害を与えているだけで、好意が大車輪みたいな空回り方をしているだけだ。そうだ。そうに決まっている。
(ピンチはチャンス......ってねっ......!)
なら、私の手元に置ければいい。こんな強い女が二人も自分に寄って来ているんだから。分の悪い賭けなら『ソドブリ』のガチャで慣れっこじゃないか、こっちは少ない小遣いが減らない上に、リターンがとても大きい。伊緒は覚悟を決めた。
「保寺さん。今度の土曜日、空いてる?」
「土曜ですか?空いてはおりますが?」
「実はね、麗とちょっと遊ぶ予定が入ってるんだけど、もしよければ保寺さんもどうかなって。」
「ちょっ!伊緒ちゃんと二人でデートの筈だったのに!?」
麗が慌てふためく。
「麗?よく聞いて?断ってもよかったのよ、ホントは。そもそも行く義務なんてないんだし。」
「え、じゃあなんで?」
「貴女が本当に私の事が好きか、見てみたくなったのよ。ここまでされたらね。」
伊緒は麗を見つめながら、肩に手をぽんと置いて言葉を続ける。
「正直、参ったわ。こんな直球で、肉感的に私を求めてくる人なんていなかったもの。男ならわかるんだけど、貴女みたいな女になんて予測も付かなかった。てか初めてよこんなこと。」
肩に置いた手を麗の頬へ。
「わ、私は伊緒ちゃんのこと......」
「いいの、理由なんて。私はただね、嬉しかったの。伊緒、って呼んでくれたのがね。ちょっと恥ずかしかったけどね。」
伊緒は微笑みながら麗の頬から顎にかけて手をなぞる。
「こ、これは合意とみて、よ、よろしいんでしょう、か......」
「
麗の顔が真っ赤になり、膝が、腰が、がくがくと震えはじめる。その様子を見ていた紅音も思わず口元を手で隠す。
「それを決めるのは、今後の貴女次第よ。まず貴女の事を知らなきゃいけないしね、麗。それに保寺さんの事も。せっかくこうして知り合えたんだもの、仲良くしましょうよ。」
「そのくらいの私の我儘は聞いてもらってもいいよね、れ、い?」
伊緒はその名を、麗の耳元で囁いた。留まっていた理性の糸が切れ、ガタリッ!という音とともに麗が大量の鼻血を吹き出し、倒れる。
「はあ、恥ずかしかった......我ながらよくもここまでくっさい台詞が吐けたもんだわー。」
己の顔に付いた麗の返り血を、伊緒はハンカチで拭きはじめる。
「演技だとしても凄いですね......思わず息のんじゃいました私。」
紅音が恐る恐る口を開く。
「保寺さんと遊びたいのは、マジなんだけどね。ただ、こうでもしないと麗従わなさそうだったし。」
「麗は強情ですからね......」
「つーわけで麗ー?土曜の件はこれでいいねー?返事がないってのはOKってことでいいのかなー?いいよねー?」
伊緒は恍惚の表情で気絶している麗の頬をペチペチと叩く。叩いた際に、よだれが口から流れ落ちるのを見て、伊緒は不快そうに舌打ちをする。
「三田村さん、大人しい人かと思ってましたけど、結構攻めるタイプなんですね.....」
「ま、『狡兎三窟』ってやつ?使える道具は隠しとくってもんよ。」
「
「おっと。」
抱き着こうとする紅音を、後ろにステップを踏み伊緒は回避する。
「まあ、こんな感じでよろしく。これ、私のアドレスだから後で連絡してよ。麗にも教えといて。」
血まみれのスマホから自分のアドレスをQRコードに変換する伊緒。紅音もスマホを取り出し、伊緒のコードを読み取る。
「また、お友達増えちゃいました。嬉しいです。」
「ならよかった。もう私帰るわ......お先。」
「またね、三田村さん。」
伊緒は紅音に見送られ、保健室を後にした。
(疲れる一日だった......教室戻ってバック取りにいかないと......イベクエは明日でいいや、もう......)
教室に戻れば、服が血まみれの伊緒を見つけた同級生によってまた保健室に送り戻されるのだが、それはまた別の話。
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